2025年に発表された新作モデルのうち、「気になる1本」「お勧めの1本」を、著名な時計ジャーナリストらが取り上げる企画。時計ライターの新居賢人が選出したのは、ザ・シチズンの「AQ4106-26L」である。ブランドの誕生30周年を記念して登場した、“叢雲(むらくも)絞り染め”の藍染和紙ダイアルを持つ本作について、選出の理由とともにその魅力を語りたい。

Text by Kento Nii
[2025年12月28日公開記事]
叢雲(むらくも)絞り染めの藍染和紙ダイアルを持つAQ4106-26L
2025年に発表された膨大な数の腕時計の中から、たった1本を選出するのは至難の業だ。特に今年は、多くのブランドがアイコンコレクションを小径化したモデルを発表しており、手首回りが比較的細めの自分にとって、豊作の年であったように思う。それゆえ、今回の原稿のために選出するのには、大いに苦心した。
悩んだ末に、実際に販売店へ足を運び、実機を確認したモデルの中から「今年の1本」を取り上げることにした。そうして行き着いたのが、特定店限定で300本のみが販売されている、ザ・シチズン「30周年記念限定モデル 高精度年差±5 秒 エコ・ドライブ」Ref.AQ4106-26Lである。

光発電クォーツ。Tiケース(直径38.3mm、厚さ12.2mm)。10気圧防水。特定店限定300本。48万4000円(税込み)。
1995年に誕生した「ザ・シチズン」は、人の生活に寄り添う時計というシチズンの理念に原点回帰し、精度や品質、普遍的なデザイン性、ホスピタリティーを追求してきた、同社におけるフラッグシップラインだ。その30周年という節目に登場した本作は、年差±5秒の高精度を誇る光発電エコ・ドライブムーブメントに、伝統工芸の「藍染」を施した土佐和紙ダイアルを組み合わせたモデルである。
ザ・シチズンは2022年に初めて藍染和紙ダイアルを採用して以来、限定モデルを中心にこの趣深い仕様を採用してきた。しかし、本作で特筆すべきは、従来モデルに比べていっそうダイナミックな模様がダイアルに描かれている点だ。これは「叢雲(むらくも)絞り染め」という技法によるもので、藍色の中に白い雲が湧き立つような、文字通り“叢雲”と呼ぶべき濃淡が表現されている。

スーパーチタニウム™を使用したケースは、直径38.3mm、厚さ12.2mmという、着用者を選ばないサイズ感。デュラテクトDLCによって黒く仕上げられており、軽やかでキズに強く、アレルギーフリーという特徴を持つ。加えて、10気圧防水も確保されており、毎日着用する腕時計として好ましい1本と言えるだろう。
ザ・シチズンのこの新作時計を選んだ理由
さて、筆者がこのモデルに引かれる理由として大きいのが、当然ながら藍染和紙ダイアルという仕様だ。実を言うと、筆者は藍染の名産地である徳島県の出身である。それゆえ、地元で親しまれる伝統工芸が日本を代表する時計メーカーのアニバーサリーモデルに採用され、世界に向けて発信されることには、同郷の人間として誇らしさを感じずにはいられない。
しかしながら、単なる郷土愛だけで本作を選出したわけではなく、その技術的な挑戦にも感心させられるものがあったことには触れておきたい。
そう、本作で用いられる「叢雲絞り染め」についてだ。これは、和紙にシワを作ることで、あえて染まり具合にムラを出し、ランダムな模様を生み出す技法である。ここで重要となるのが、エコ・ドライブの存在だ。光を動力源とする以上、ソーラーセルに光を供給するために、ダイアルはある程度の透過率を備えていなければならない。しかし、藍染で染まり過ぎれば透過率は下がり、十分な電力が二次電池に供給されなくなる。
つまり藍染の職人は、ただ無作為に染め上げるだけでなく、光の透過率をも考慮し、染まり具合を制御しながらこの豊かな表情を作り上げているのである。その製作の裏には、シチズンの開発陣との綿密な打ち合わせがあったことがうかがえる。この藍染和紙は、徳島に本拠を置く藍染工房「Watanabe's」が手掛けたというが、その卓越したクラフトマンシップには、ただただ感服するばかりだ。

もちろん、本作の実用時計としての完成度の高さも見逃せないポイントである。我々はシチズンの技術力の高さに慣れてしまっているが、定期的な電池交換が不要で、かつ時刻合わせもほぼ必要ない年差±5秒という精度は、冷静に考えれば標準電波を受信しない腕時計において、破格のスペックと言わざるを得ない。さらに、日付調整の手間がいらないパーペチュアルカレンダーや、この優れた精度を維持するパーフェックス(JIS1種耐磁、衝撃検知機能、針自動補正機能)なども搭載しており、機能面は万全と言えるだろう。
加えて、デュラテクトDLCが施されたスーパーチタニウム™製のケースも、単に表面を黒く硬くしているだけでなく、優れた仕上げ技術によって、なめらかで艶のある質感を実現している。控えめながら高級感のあるブラックケースと、有機的な藍染ダイアルのコントラストは、300本限定という稀少性も相まって、高級腕時計を持つ所有欲を十分に満たしてくれるはずだ。
「勝色(かちいろ)」ではなく「叢雲」を選んだ理由
なお、本作を選出するにあたって、最後までどちらにするか悩んだモデルがある。それが、同じくザ・シチズンの30周年記念モデルである「AQ4100-65M」だ。こちらには、「勝色(かちいろ)」の藍染和紙が採用されており、これ以上染まらない藍色とされる色合いに染まりながらも、叢雲モデルと同様にエコ・ドライブへの光の透過条件をクリアしている。さらに、古くから強さの象徴とされてきた色合いであることからも、甲乙つけがたい魅力を感じていた。

勝色(かちいろ)の藍染和紙ダイアルを採用した数量限定モデル。勝色は、武具や祝賀の品に重宝されてきた背景を持つ縁起の良い日本の伝統色だ。光発電クォーツ。Tiケース(直径38.3mm、厚さ12.2mm)。10気圧防水。世界限定550本。46万2000円(税込み)。
その上で、最終的に筆者が「叢雲絞り染め」のモデルを選んだ理由は、その“親しみやすさ”にある。以前、藍染の職人に話を聞いたところ、この叢雲絞り染めは、筆者のような藍染の素人でも実践できるほど単純な技法であり、古くから人々に親しまれてきたという。
これを踏まえると、“市民に寄り添い、ともに生きていく腕時計”をコンセプトに掲げる「ザ・シチズン」の節目を祝うモデルとしては、躍動感と親しみやすさを兼ねたこの叢雲(むらくも)絞り染めダイアルの方が、筆者にはより好ましく感じられたのである。



