にぎやかな東京・渋谷の中心に静穏な空気に包まれた日本料理店「捨我(しゃが)」が誕生。ミシュラン三つ星に輝く「日本料理 かんだ」をはじめ、日本料理を代表する名店で研鑽を積んだ合田峻(ごうだしゅん)氏が、多彩な経歴のスタッフとチーム一丸となって腕を振るう。2026年5月15日から3カ月間限定のポップアップとしてスタートした後、常設店としての展開を予定しているのだが、幸運なことにいち早く訪れる機会を得た。フードジャーナリストであり、『クロノス日本版』巻頭コラム「この世ならぬ美味のクリエイター」を連載する外川ゆいがその魅力を紹介する。

Photographs & Text by Yui Togawa
[2026年5月21日公開記事]
店名「捨我」に込められた想いとは?

「捨我」が位置するのは、東京・渋谷駅に隣接する複合商業施設Shibuya Sakura StageのSHIBUYAタワー 38階という、都会の中心の上層階。少々分かりづらいので、初めて訪れる際には事前にルートを確認していくのがいいだろう。ラウンジバーやダイニングなどから構成される施設「manoma(マノマ)」内にプライベートレストランとして、隠れ家のような扉の向こうに贅沢な空間が広がる。カウンター内にある厨房は圧巻の広さで、客席からすべての調理工程を見ることができるのも興味深い。

オープンの知らせを受け、まず“捨我”という店名に引かれた。料理人が店主となって店を構えると、とりわけ日本料理の場合は自身の名を冠することが多い。そこをあえて捨我と命名した想いや感性に興味を持たずにはいられなくなった。
「捨我」― 料理人が消え、風土が立ち上がる
「捨我」とは、自己を消すことではありません。料理人があえて前面に立たず、店舗空間の中で素材・季節・お客様が自然と調和することを目指す思想です。
開業前の案内にはこのように書かれていた。その想いにたどり着いた経緯など、よりじっくりと話を聞きたくなるが、それはまたいずれ良き時期のお楽しみに。今回は実際に味わった料理から捨我の魅力をお伝えしたい。合田氏はコースを供するなかで、それほど多くを語らないが、目の前に運ばれてくる料理は実に雄弁だ。
強い味ではなく、静かな余韻で記憶に残すコース

最初に供されたのは、徳島県で栽培される椎茸「天恵菇(てんけいこ)」を主役にしたすり流し。一般的な椎茸の2倍ほどのサイズで芳醇な味わい、という素材そのものも素晴らしいのだが、白神山地の水と淡路島の塩のみという仕立て方が実に見事。少し高さのある蓋つきの器に入っており、豊かな風味を丁寧に閉じ込めたよう。一口目から捨我の想いがダイレクトに伝わってくる名刺代わりと言える味わいだ。


2品目は、障泥烏賊(あおりいか)にじゃばらに包丁を入れ、なかには白味噌と木の芽をあえたものを忍ばせ、上には天草文旦と日向夏を使ったゼリーをかけた一品。提供直前にすり鉢で擦ったという木の芽の香りが生き生きとし、白味噌の上品なまろやかさと引き立て合っている。個人的に白味噌の風味が非常に好きなのだが、こちらの一皿はこれまで味わったなかで最も秀逸だと感じた。白い皿に白い料理というシンプルなビジュアルだが、その中に幾重にも重なる要素が潜んでいる点も面白い。合わせるお酒「HEAVENSAKE」は、フランスの高名なシャンパン醸造家であるレジス・カミュ氏と、日本の著名な酒蔵・七賢とのコラボレーションによって生まれたラグジュアリー日本酒。瑞々しい香りと清涼感ある風味が、柑橘と重なり合う。

お椀には、訪れた時期に旬を迎えた油目、蕨、筍を使用。聞けば、通常なら木の芽や柚子などの強い香りのあるものをのせるが、あえてそういった食材をのせないことでそれぞれの風味が調和しあうのだとか。確かに素材の風味を存分に感じることができた。お造りは、明石海峡で朝に水揚げした直後に締めて空輸する鮮度抜群の鯛。合田氏が研鑽を積んだ店など限られた料理人しか扱うことができない稀少なもので、特殊なルートで仕入れられる最高峰だ。腹と背の部位の食べ比べも楽しい。皿に添えられている塩は、お造りで使わなかった鯛の身を塩漬けにして乾燥させて作ったもの。醤油は、鯛のアラと醤油を煮出して作ったもの。愛知県の長珍酒造が醸す純米大吟醸「禄」と共にいただく。
出来立ての茶碗蒸しには、しじみの出汁を合わせた薄衣豆(うすいまめ)のペーストをはり、白魚をのせて完成。いずれも旬の素材で、移り行くわずかな季節を切り取ったような儚さを感じる。合わせるお酒は、徳島県の川鶴酒造による「純米さぬきよいまい」を30度の日向燗(ひなたかん)にして。ころんと丸い揚げ物は、自家製のおかきを衣にまとわせた瀬戸内海の虎魚(おこぜ)。頬張った瞬間に目を見開くような感覚になるのだが、それは計算された衣に秘密がある。まず糯米に虎魚の出汁を吸わせて、瀬戸内海の海苔と共に一度炊き上げ、粉末状にし、再度海苔を加えてようやく完成する。最初に口に当たる衣から虎魚の出汁や磯の風味を感じることで、なかに潜む虎魚を一層味わい深くさせてくれるのだ。「本来一番内側にあるものを一番外側に持ってくるような構造にしています」という合田氏の発想に感性の豊かさを感じた。「HEAVENSAKE LABEL ORANGE 純米大吟醸 レジス・カミュ & 浦霞」のドライな余韻は揚げ物と好相性だ。


焼き物でも捨我らしさを感じさせてくれた。炭火で火を入れるかと思いきや、なんと溶岩石を使用。炭の香りで料理を支配せず、素材そのものの輪郭を表現するためだ。一般的な当たり前のように存在している炭火を引き算することで、こんなにも素材の個性をしっかりと感じることができるのだと驚かされた。レモンを合わせた爽やかな幽庵地(編集部注:ゆうあんじ。醤油や酒、みりんなどの調味液に柑橘を合わせた漬けだれ)のソースと素揚げした空豆、そして、香川県の日本酒「悦凱陣(よろこびがいじん) 山廃純米 遠野亀の尾」が、穏やかに包み込むように引き立て合う。器は、陶芸家・古松淳志氏による三島。合田氏がセレクトする器は凛と存在感がありながらも、素材を引き立てることに徹しているように感じるものばかり。


続いては、大根と胡瓜、独活に細く包丁を入れてそうめんに見立てた箸休め。日本酒と梅干しで作る日本古来の調味料である煎り酒に鰹と昆布の出汁を合わせている。穏やかな酸味がコースのアクセントに。こちらは、合田氏ではなく、共に働く中山皓仁(なかやま あきひと)氏が考案した一品。料理長の合田氏だけでなく、スタッフ皆の持ち味を出していきたいという考えも捨我の店名に通ずるところ。
素材が育った“風土”との関係性を一皿に映す日本料理を目指す捨我。熊肉と山菜の鍋仕立てのお椀では、岩手県産のツキノワグマのバラとネックの2種の部位に、新潟県産のたらの芽、こしあぶら、せり、三つ葉、メカンゾウ、ふきのとうといった天然の山菜を合わせている。これは、熊が冬眠から目覚めると山菜を食べるという習性にちなんでいるそう。物語を宿した一皿は、噛みしめる度、静かに語りかけてくるようだ。融点が低い熊肉は、脂が口に残らず口溶けが良い。香川県の川鶴酒造による「川鶴 純米吟醸 まめ農園雄町」が寄り添う。

艶やかなご飯は、南魚沼の地で240年以上お米を作り続けているこまがた農園が手掛ける逸品。玄米で取り寄せて厨房で精米し、土鍋でふっくらと炊き上げている。赤出汁の味噌汁もほっと体に染み入る味わい。精米した際に出るぬかで作るぬか漬けやちりめん山椒、穴子の煮付けなどのご飯のお供に箸が止まらなくなる。


甘味は2種。柑橘をカットしたような愛らしい一皿は、和歌山県産のデコポンのゼリー。表面には、皮を乾燥させたものと山椒を散らしており、爽やかさのなかに感じるわずかな辛みが食後に心地よい。もうひとつは、出来立て熱々の甘酒饅頭。自家製の甘酒を練り込んだ生地のなかに白大豆から作る白餡を包んでいる。「子供の頃に食べた地元のお菓子屋さんが作るお饅頭をイメージして作りました。温かいひと品で食事を終えていただきたいという想いもありまして」と合田氏。食べ手の気持ちをくみ取ってくれるような和やかな味わいだった。
「捨我」― 料理人が消え、風土が立ち上がる
厳しい修行を経て、いざ自身が店を構えるとなった時、あえて己を消すという店づくりを選んだ合田氏。その思想を具現化した料理が出される度に、心が揺さぶられ、静かな感動の連続だった。感銘を受ける味わいを超越し、味覚が研ぎ澄まされるような感覚を受ける料理というのはなかなか出合えるものではない。ぜひ「捨我」を訪れ、心身ともに真っさらになるような感覚をご体験いただきたい。季節ごとに訪れることができたならどんなに人生を豊かにしてくれるだろうか、と期待に胸が弾むような掛け替えのない一軒だ。
店舗概要
捨我(しゃが)
住所:東京都渋谷区桜丘町1-1 Shibuya Sakura Stage SHIBUYAタワー 38F manoma内
営業時間:18:00~
定休日:日曜、月曜
価格:3万3000円(サービス料10%別)
URL:https://www.instagram.com/shaga_restaurant
予約:https://www.tablecheck.com/ja/shaga/reserve/message
外川ゆい氏のプロフィール

フードジャーナリスト。つくり手のストーリーや思いを伝えることを信条に、レストラン、ホテル、スイーツ、お酒など、食にまつわる記事を執筆する。『クロノス日本版』巻頭連載IN THE LIFEにて「この世ならぬ美味のクリエイター」を担当。



