時計愛好家の生活 腕時計依存症(手遅れ)さん「ローレルの次に興味を持ったのは、1960年代のキングセイコーでしたね」

2026.10.16

自らを「腕時計依存症」と呼び、しかも「手遅れ」と言う。一種の自虐的ギャグで人を和ませるセンスはなかなかのもの。集める時計の基本は、徹底して手巻きのノンデイト。この条件に合わない時計が多いという理由から現行品には興味が湧かないそうだ。コレクションは、国産ヴィンテージをはじめ往年のスイス機械式など全部で70点近く。ヒマさえあればオークションサイトで時計を探してきた。腕時計なしには生きられない末期症状に陥っている。

腕時計依存症(手遅れ)さん

腕時計依存症(手遅れ)さん
大量のコレクションを携えて都内某所の隠れ家的なバーに現れたご本人。現在52歳、仕事はIT関連という。外見はごくふつうの会社勤めの人に見えるが、SNSで発信しているように、もはや手遅れの腕時計依存症だ。お目当ての時計を手に入れるとバーにやってきて、グラスを傾けながら時計を愛でるのがルーティンだ。
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
菅原茂:取材・文
Text by Shigeru Sugawara
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]


「なんといっても手巻き。その魅力をどこまでも味わうために収集を続けてきました」

グランドセイコーのGMT

時計愛好家への道を歩むきっかけとなったグランドセイコーのGMT。そろそろ良い時計が欲しいと考えていた30代前半の2005年に出合ったのがこのモデルだった。自動巻き、ステンレススティールのブレスレット仕様、日付表示とGMT機能付きなど、実用時計としての使い勝手に優れるものの、時計趣味はその真逆ともいえるヴィンテージ、手巻き、ノンデイトの方向へと進むことになった。

 高級時計のコレクションを拝見し、収集歴を拝聴する―― 本特集の取材でそうした少々堅苦しい接し方をしてきた時計愛好家も確かにいた。しかし、今回はまったく違う。親しい友人の趣味の品々を見ているような、そんな気分にさせるのだ。初対面であっても「君も好きだよね、こんなに集めちゃって」と思わず言いたくなる、同好の士のような親近感を覚えたのである。そんな腕時計依存症(手遅れ)さんは、本誌関係者の間では知られている趣味人らしい。

「ほぼ全部持ってきました」と言って、所狭しとバーのテーブルに披露してくれたのは、国産とスイスのヴィンテージウォッチ。

「まあ、似たようなものばかり集めて、今では70本ほどになりました」と言うように、確かにざっと見ただけでは「似たようなもの」の集まりに違いないのだが、話を聞き進めると、コレクションに一本筋の通っていることが次第に分かった。

「グランドセイコー クロノメーター セカンド」、ヘンチェルの「H1クロノメーター」

(右)ノンデイトという、コレクションに一貫する基本方針を外れるが、「グランドセイコー」の中で実は一番好きなモデルと明かすのが、1964年の日付付き「グランドセイコー クロノメーター セカンド」だ。35石の手巻きで、クロノメーター精度の稀少ムーブメントCal.430を鑑賞するために、シースルーのケースバックを入手し、交換したほど。(左)デザインと同様に、彼のムーブメント愛を感じさせる逸品が、ドイツ、ヘンチェルの「H1クロノメーター」だ。手巻きのオールドムーブメント、ア・シルトCal.AS1130をベースにしたCal.HUW1130 Premiumは仕上げがこれまた絶品。

「就職して10年目にそろそろ良い時計が欲しいと思い、グランドセイコーのGMTを買いました。もともと趣味らしい趣味はなかったのに、時計収集を始めるきっかけは、これだったと思います」

 それ以前は時計を着けない生活を送ってきた彼だが、ここからがけっこう興味深い。その後10年をGMT1本で過ごした後、時計収集を始めたのだ。

 初めに彼が着目したのは、セイコーが1990年代に展開していた「ローレル」だった。ローレルのクラシックシリーズは、ムーブメントがすべて手巻きで、モデルによってシルバー925や18Kゴールドを用いて上品な高級感を演出するなど、クォーツを主力にしていた当時のセイコーにしては異色の存在だった。このローレルを面白いと思い、こつこつ集めるうちにラウンドモデルとトノーモデル、合わせて10本がそろうまでになった。

ヴァシュロン・コンスタンタン Ref.6562、オールドインター

国産のみならず、1950年代や60年代のスイス製時計も興味を引いた。(右)自動巻き中3針のヴァシュロン・コンスタンタン Ref.6562は、当時のドレッシーなデザインの典型だが、貴金属主体の同ブランドでは珍しいステンレススティール製。ハイブランドであっても、基本的にステンレススティールを選ぶ。(左)ヴィンテージウォッチの愛好家の間で人気の高いオールドインターもコレクション入り。手巻きの名機Cal.89を搭載し、ケースやダイアルがカラトラバによく似たこのモデルは、右のRef.6562と同様に端正なドーフィン針が特に気に入っているという。

「ローレルの次に興味を持ったのは、1960年代のキングセイコーでしたね。ファーストモデルやクロノメーターに始まり、グランドセイコーなどを次々に集めました。そうしているうちに気付いたのは、自分が好きなのは手巻きでノンデイト、それとスモールセコンドのタイプということでした」

 彼が最初に言った「似たようなもの」とは、このことだ。その後は、全部が全部ではないにしても、基本的に手巻き、ノンデイト、スモールセコンドを軸にコレクションが形成されていくことになる。

「でも、ひとつ例外はあります。実はコレクションの中で一番好きなのは、グランドセイコー クロノメーター セカンドなんです。このモデルには日付表示がありますが、まあ、良しとしましょう(笑)」

ジャガー・ルクルト「ビッグ・レベルソ」、パテック フィリップ「カラトラバ 3796」、「ティファニー スクエア」

(右)ジャガー・ルクルト「ビッグ・レベルソ」は、2000年代前半に西武百貨店が別注した特別限定モデル。極めて珍しいシースルーバック仕様で、現行カタログにはないダイアルデザインも味わい深い。(中)50歳の節目に購入を考えていたパテック フィリップ「カラトラバ 3796」を48歳の時に入手した。80年代の小径モデルは、ひと味異なるダイアルカラーが上品。(左)ティファニーの創業180周年を祝う記念限定モデル「ティファニー スクエア」の2018年SSバージョン。20年代アーカイブに基づく復刻デザインが実に印象的だ。

ジャガー・ルクルト「レベルソ」、パテック フィリップ「カラトラバ」、「ティファニー スクエア」

彼にとっては、右の3点についても手巻きムーブメントが大きな魅力。(右)ジャガー・ルクルト「レベルソ」は、ケースを反転すると、名機Cal.822が姿を現す。Cal.822をもろに見せる「レベルソ」は今ではまず見当たらない。(中)パテック フィリップ「カラトラバ」は、Cal.215を鑑賞できるようにシースルーバックをネットで入手し、仕様変更した。(左)「ティファニー スクエア」は、20年代のデザインのみならず、往年のプゾーCal.7001を基に設計されたと思しき角型ムーブメントも見どころ。

 このグランドセイコーの場合、もう好きすぎて、あの獅子マークを配したケースバックをシースルー仕様の裏蓋と交換してムーブメントを鑑賞できるようにした。大胆な変更といえば、パテック フィリップ「カラトラバ」の裏蓋もシースルーバックを見つけてきて、付け替えている。ふつうの愛好家ならまずオリジナルの状態を保つところだが、彼はこうした仕様変更も厭わない。見たいから、見えるようにカスタマイズするという願望に本気の“手巻きムーブメント愛”が滲み出ていた。シースルーバック仕様の限定モデルとして、かつて日本で発売されたジャガー・ルクルトの稀少な「レベルソ」も彼のコレクションの1本。これも名作ムーブメントを見たいという心理では同じだ。他にもオールドムーブメントをアレンジしたヘンチェルやクロノスイスも気に入っている。

「もう、ヒマさえあればヤフオクなどを見て、気になる時計を探していましたね。ただし、このモデルならここまでという価格設定が自分の中にあって、それに合ったものしか買わないようにしています」

ローレル

セイコーが1913年に作った国産初の腕時計の名を冠して1990年代半ばから展開したブランドが「ローレル」。当時「SEIKO」の名を用いず、「LAUREL」の名で多種多様なモデルをシリーズ化したコレクションだ。10年ほど前から買い集め、ラウンドやトノーといったケース形状、ダイアルのカラーやディテールの仕様などバリエーション豊かなモデルがそろった。クラシックシリーズに搭載された手巻きムーブメントは、ラウンドモデルがセンターセコンドのCal.4S24、トノーモデルがスモールセコンド仕様のCal.4S28。右上のラウンドモデルは、シルバー925ケースと琺瑯ダイアルを用いた逸品。また左端のトノーモデルもシルバー925のケースに18Kピンクゴールドのベゼルを組み合わせるなど、ドレッシーなデザインを引き立てる上質な素材もまた魅力的だった。

 熱中しても、無理はしないというのは賢明だが、それにしても今まで手に入れた時計の多くがネットオークションと聞いて驚いた。外装やムーブメントのコンディションは心配ないのだろうか。しかし彼は状態の良いものにしか入札しなかったと語る。現物を見なくても分かるとしたら、素晴らしい目利きに違いない。取材の場で実際に見せていただいた数々の時計は、年代ものながら、どれも新品のデッドストックかと見紛うほどきれいなのだった。

「ネットや専門店で探すのは、ヴィンテージウォッチのみ。現行品には興味がありません。たいてい日付が付いているし、それに高いから」

 では、手に入れたヴィンテージウォッチは日常的に着けているのだろうか、それとも鑑賞用なのか?

「どれも普段使いしています。ただ、ヴィンテージウォッチの場合、夏はどうしても防水性が心配なので、もっぱらロンジンのレジェンドダイバーを着けています。これも最初の復刻モデルで、やはりノンデイト仕様です」

キングセイコー、グランドセイコー

「ローレル」の次に興味を持ったのは、1960年代に機械式全盛期を迎えたセイコーの手巻きの名機だ。まず手に入れた1本目が「キングセイコー」の初代モデル(右端)。続いて同じく第二精工舎製で高精度を誇った「キングセイコー 44KS クロノメーター」(右から2番目)と「グランドセイコー 44GS」(中央)。1960年代の幕開けを告げる諏訪精工舎製「グランドセイコー」の初代モデルもコレクションに加えた(左から2番目)。5振動でクロノメーター級の高精度を出した44GSの次に、10振動で高精度に挑んだ第二精工舎製「グランドセイコー45GS」(左端)もそろう。ミュージアムコレクションとも言うべき充実した内容で、どれも新品に見えるほどきれいなのには驚く。

 ところで、彼は時計収集と同時に自身をバー好きと語り、よく足を運ぶという。

「時計を手に入れると、まずバーに着けていって、カクテルなどを飲みながら時計を楽しんでいますね」とは、なんという素敵なリラックスタイムの過ごし方! そんな彼に影響されたのか、バーのマスターも今や時計好きに。

 次に狙っているのはパテック フィリップの「カラトラバ 565」という。どこまで腕時計依存症が悪化するのか、自分でも分からないと笑うのだった。

クロノスイス

時計師ゲルト・ラングが妥協することなく時計を製作していたミュンヘン時代のクロノスイスも好みだ。白いポーセリンダイアルやブルースティールのブレゲ針が美しい2点の「オレア」は、やはり手巻きスモールセコンドのタイプ。発表時期は1990年代になるが、ゲルト・ラングのクラシック趣味はヴィンテージルックの洗練されたデザインのみならず、オールドムーブメントにも表れている。最初に手に入れた左のモデルは、50年代のマーヴィン製手巻きムーブメントCal.700をブラッシュアップしたもの。次に手に入れた右の小さいモデルは、1970年代の手巻きプゾーがベースのETA7001だ。


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