時計史上初!? “ジェンダーレスウォッチ”の登場

FEATURE役に立つ!? 時計業界雑談通信
2019.02.02
ウォッチジャーナリスト渋谷康人の 役に立つ!? 時計業界雑談通信

SIHH2019個人的大トピック Vol.1

渋谷ヤスヒト:取材・文・写真
Text & Photographs by Yasuhito Shibuya

「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」を日本のプレスに向けて、自らパワフルでユーモアあふれるプレゼンテーションをするオーデマ ピゲCEO、フランソワ-アンリ・ベナミアス氏。ジョルジオ・アルマーニなどラグジュアリーファッションビジネスを経て、1994年にオーデマ ピゲのフランス支社に入社。2012年に同社暫定CEOに任命され、翌13年1月より現職。


 1月開催は今年で最後になるSIHH(ジュネーブ・サロン)が終わって2週間あまり。筆者の思い違いかもしれないが、時計店にとっては売りやすい魅力的なモデルが充実したフェアだったと思う。でも、フェア全体の評価となるとプレスにとっても小売店にとっても「今回はイマイチ盛り上がりに欠ける」という印象が一般的なようだ。
 時計業界を覆うムードを考えると、それは無理もないことのように思える。何しろ、高級時計の世界で今最も勢いのある「リシャール・ミル」と、スイスの老舗ブランドの中では別格な存在である名門「オーデマ ピゲ」が今回を最後にSIHHを去ってしまうというのは、フェアのイメージ的にもかなりのダメージ。おまけにフェア直後には、あの超名門ブランドの身売り話の噂が流れたりもした。

 取材者としても、会期が5日から4日に短縮されたのは大いに不満だったし、実際に始まってみると、心配していた通りの取材になった。筆者はどこの媒体専属でもないから、ひとりで全ブランドをカバーしている。ゆえに、可能な限りすべてのプレスカンファレンス(記者に対する新作の説明会)に参加することにしているが、今年はメジャーなブランドのプレスカンファレンスに出席するのが精いっぱいで、会場の一角、カレ・デ・オルロジェにブースを構えた独立系ブランドのプレスカンファレンスは泣く泣く失礼したことは、つくづく残念に思っている。

 とはいえ個人的には、今回のSIHHは超エキサイティングだった。それは時計の未来に対する果敢な挑戦に出合えたからだ。
 そのひとつが、広田雅将編集長がすでに取り上げた名門オーデマ ピゲが満を持して13モデルを一気に発表した、1993年のロイヤル オーク オフショア以来の完全新作コレクション「CODE 11.59 by AUDEMARS PIGUET(読み方:コード イレブン・フィフティーナイン バイ オーデマ ピゲ)」だ。
 この腕時計は、SIHH2019はもちろんのこと、この四半世紀の腕時計の中で、最もアヴァンギャルドで未来的な“問題作”だと思う。

 一見普通に、特に正面から見るとごく普通に見えるこのウォッチ。ムーブメントや複雑造形のケースとラグの構造、反射防止加工されたダブルカーブという複雑なフォルムのサファイアクリスタル風防など、時計としての具体的な内容がアヴァンギャルドで先進的なことの説明は、広田編集長にお任せすることにして、なぜ筆者が“時計史上初の問題作”と考えるのか。その理由を一言でお伝えしよう。それは「高級時計史上初の本格ジェンダーレスウォッチ」だからだ。

 カジュアルウォッチ、ファッションウォッチと違い、高級時計の世界では、メンズウォッチとレディスウォッチはまったくの別物。例えば、サイズが小さなことがレディスウォッチのコードである。ところが「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」は全モデルを同じ直径41mmサイズに統一。特殊なラグとケースの構造を備え、性別を問わずに快適に着用できると宣言している。そしてプレスカンファレンスでは、解説と映像でプレスリリースには書かれていない、あるひとつのキーワードが登場した。


 それが「ジェンダーレス」。これは世界を席巻する現代ファッションの最新キーワードでありトレンドである。性差の境界をなくそうという考え方であり、性差にとらわれないで自由にという「ジェンダーフリー」よりもさらにアヴァンギャルドでフリーなコンセプトだ。つまり「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」は、男女の性差を超越したモデルなのである。

 そしてオーデマ ピゲは、このコレクションを「コンテンポラリー・クラシック」と呼んでおり、全コレクション中で最もクラシックでスタンダードな「ジュール オーデマ」の後継として位置付けている。入れ替わりに従来の「ジュール オーデマ」コレクションはディスコンとなって姿を消す。


風防のダブルカーブと独特のラグ&ケース構造がひそかに、しかし強烈に主張する。


  ところで、あくまで個人的な確信だが、この「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」コレクションは、「ジュール オーデマ」を脱構築した、「ジュール オーデマ」のポストモダンバージョンなのだ。「脱構築」とか「ポストモダン」とか、普通の方にはあまり馴染みのない現代思想用語を使って恐縮だが、これ以外にうまく説明する言葉はない。

 この10年間の時計界は、クラシックでレトロな、悪く言えば「過去に向かった」デザインが全盛だった。その中でオーデマ ピゲは今、唯一その呪縛を振り払い、誰も踏み出したことのない未来に向かっている。しかも、コンセプトモデルではなくスタンダードなコレクションで。これほどアヴァンギャルドで大胆不敵な挑戦はない。

 すでに賛否両論続出のこの挑戦。他のブランドなら、早々にこの挑戦を引っ込めてなかったことにするだろう。しかし、オーデマ ピゲなら簡単に旗を降ろすことは絶対にない。なぜなら、それがオーデマ ピゲであり、だからこそオーデマ ピゲは偉大なのだから。

 最後に、筆者がこう確信した理由である、同社のオフィシャルサイトに掲載されている力強いコピーを、翻訳版の日本語で転載しよう。これは、このコレクションの持つ意味と価値が分かる奥深いコピーでもある。
“TO BREAK THE RULES, YOU MUST FIRST MASTER THEM.(型を極める。型を壊すために。)”というメッセージに応えるかはあなた次第だが。



<以下、オーデマ ピゲ オフィシャルサイトより引用>

今 姿を現すものは…ルールを破ることで生まれた
失敗と不満
希望と確固たる信念
すべてを手に入れることは不可能だと人々は言った

今 姿を現すものは…超越することで生まれてきた
精度と創造性
デザインとクラフツマンシップ
完璧なまでの堅牢性
果敢に挑戦(Challenge)する

今 姿を現すものは…歓喜を与えるために創られた
私を見つめてください
本当の姿を知るには
時間を要します
それは想像を超えるもの
CODE 11.59

TO BREAKE THE RULES,
YOU MUST FIRST MASTER
THEM.

AUDEMARS PIGUET
Le Brassus