汎用ムーブメントモディファイ事典 Part.2

FEATURE本誌記事
2019.03.12

個性と付加価値を生むETA改造術

1983年のDD2000を皮切りに、時計業界を席捲したモジュール。今やそれは極めて複雑なものへと進化を遂げた。「安価に複雑時計を作る機構」ではなく、個性と付加価値を与えるための改良。それを支えたものとは、いったい何だったのだろうか。

Cal.DG DFR 17-89

Cal.DG DFR 17-89
6つの付加機構を持つ、極めて複雑なモジュール。ベースはETA Cal.2892A2だが、ドゥ グリソゴノへのエクスクルーシブムーブメント。動力源をすべて日の
裏車から取ることで、モジュールによる複雑化を可能とした。抵抗を減らす配慮は卓越しており、例えば第2時間帯表示のディスクは、5つのルビーで支えられている。自動巻き。2万8800振動/時。パワーリザーブ約36時間。


クロノ クアトロ

エベラール クロノ クアトロ
水平位置に30分積算計、12時間積算計、24時間計、スモールセコンドが並ぶクロノグラフ。「重い」付加モジュールは8枚の歯車と16の石で構成される。自動巻き(Cal.EB200)。53石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径40mm)。5気圧防水。60万9000円。問ダイヤモンド☎03-3831-0469
BC4“マイスターフリーガー

オリス BC4“マイスターフリーガー”
ETA Cal.2836-2をベースにモディファイしたムーブメントを搭載する。付加モジュールにより、センターセコンドを9時、時針を3時位置に移動している。自動巻き。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(直径42.7mm)。100m防水。18万9000円。問ユーロパッション☎03-5295-0411
ウィリアム・ボーム

ボーム&メルシエ ウィリアム・ボーム コレクション ジャンピングアワー
ETA Cal.2892A2ベース。デュボア・デプラ製ジャンピングアワーモジュール搭載。石数を増やし、低トルクを志向した設計はデュボア・デプラらしい。自動巻き(デュボア・デプラ14400)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。日常生活防水。18KRG(直径41mm)。189万円。問ボーム&メルシエ☎03-3288-6335


 1980年代以降、スイス時計業界の躍進を支えたのは、多彩な付加モジュールだった。しかし、こういったモジュールは、今や単なる付加機構以上のものへと進化しつつある。

 理由はふたつある。ひとつは厳密なトルク計算が可能となり、「重い」機構が搭載できるようになったこと。もうひとつは、小さく精密な部品を作れるようになったことである。とりわけ、前者のメリットは小さくなかった。スイスの設計者は、伝統的にトルクに余裕を持たせる設計を好んできた。例えば、針を軽くしたり、付加機構を減らしたりである。しかし、コンピュータの普及は、「勘」に頼っていたトルクの管理を厳密にした。結果、ムーブメントは、かつて想像できなかったほどの複雑化・多機能化を果たすこととなった。モジュールも、もちろん例外ではなかった。

 コンピュータが可能とした「重い」モジュール。代表作は、エベラールのEB200だろう。これはETA2894-2にモジュールを重ねて、横一列表示を実現したクロノグラフである。追加した歯車は8枚。コンピュータ以前なら、決して実現しなかったことは間違いない。

 歯車を増やす手法同様、ジャンピングアワーとレトログラードも、コンピュータ以降に普及したものである。これらをすべて併載したのが、ドゥ グリソゴノのDFR17-89である。外装こそ簡潔だが、中身はモジュールの域を超えている。

 コンピュータやワイヤ放電加工機が可能にしたムーブメントの複雑化・多機能化。こういった進化も、トルクの大きなムーブメントを前提とすればこそ、である。ETAの搭載機に複雑時計が多いのも、なるほど納得ではないか。

FG ONE N02

ドゥ グリソゴノ FG ONE N02
ドゥ グリソゴノの傑作。デュアルタイム機構、デイ&ナイト表示、ジャンピングアワー、分針・秒針のレトログラードを持つ時計。付加機構にトルクを要するため、パワーリザーブはベースのETACal.2892A2より1割程度短い。SS+ブラックPVD(縦58×横33mm)。3気圧防水。174万3000円。問ドゥ グリソゴノ ジャパン☎03-6212-8100
インストゥルメント BR01 レーダー

ベル&ロス インストゥルメント BR01 レーダー
3枚のディスクで時分秒を表示。通常の回転ディスクの重量は針の30倍にも達するが、このディスクは軽い素材を採用することで実用化できた。自動巻き(ETA Cal.2892A2)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS+ブラックPVD(縦46×横46mm)。100m防水。限定100 本。59万8500円。問ワールド通商 ☎03-5977-7759
model 142.ST.Ⅱ.M

ジン model 142.ST.Ⅱ.M
レマニア5100に代わり、DD2000系の改良版を搭載。初出2005年。モジュールの改良により、特徴的な60分のセンター積算計を継承する。自動巻き(デュボア・デプラ2070、ETA Cal.2892A2ベース)。33石。2万8800振動/時。リザーブ約42 時間。SS(直径44mm)。36万7500円。問ホッタインターナショナル☎03-6226-4715




増殖するETA代替機 改の現在

セリタ社長のミゲール・ガルシア氏が証言するように、今年いっぱいでETAからのパーツ供給がストップするのは事実のようだ。いわゆる「ETA2010問題」を機に、ETA代替機が市場に出回るようになった。汎用ムーブメントのモディファイという観点から見ると、その存在は、閉塞したETAの供給体制に突破口を見出し、メーカーの創造活動の一助になったのは間違いないようだ。

Cal.FC-335

Cal.FC-335
ETA Cal.2824の代替基幹キャリバーであるセリタSW200-1をベースに、ムーンフェイズとポインターデイトのモジュールが追加される。自動巻き。ムーブメント径25.60mm、厚さ4.60mm。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。


 セリタやソプロードのように、ETAが2002年にエボーシュの供給削減と停止をアナウンスして以来、そこに新たなビジネスチャンスを見出し、準備を進めてきた代替機のサプライヤーにとっては、ETAからのパー供給が停止される11年以降がビジネスの主戦場になるだろう。彼ら、ETA代替機の存在は、小ロットによる製品開発を余儀なくされる中小メーカーや、例えばヤーマン&ストゥービのような新興ブランドにとっては救世主であったのは明白だ。

 また、モーリス・ラクロアのような小規模とは呼べないメーカーであっても、非ETA機の存在意義は決して小さくなかったようだ。同社が06年にブランドイメージの変革を掲げて発表した「ポントス・オフセンターGMT」は、市場で初めてセリタSW200を採用し、そこにモジュールを追加したモデルである。結果として、このモデルは、それまでの保守的なイメージを払拭し、同社に新たなアイコンをもたらすことに成功した。その製品開発を担ったサンドロ・レジネリ氏がかつて「これはトライだ」と明言したように、ロット数による制限と限られた供給ルートによって、多くの時計メーカーにとって、ETA汎用機のモディファイはもはやままならない状況にあった。その突破口となったのが、ETA代替機の存在だったのだ。

 汎用機を標榜しながら、その供給体制の制約によってメーカーの創造性を奪ってしまうとしたら、これほど不条理なことはない。そこに活路を拓いたETA代替機によるモディファイの機会創出は、硬直したETA汎用機の供給体制に対するカウンターパートとして、ますます大きな意義を持つことは間違いない。


クラシマ エグゼクティブ

ボーム&メルシエ クラシマ エグゼクティブ シースルーウィンドウ パワーリザーブ
ソプロードのムーブメントを採用することで、凝った装飾が施されたクラシカルな意匠と魅力的なミドルレンジの価格帯の両立を実現している。自動巻き(ソプロードCal.9040)。24 石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径42mm)。日常生活防水。39万6900円。問ボーム&メルシエ☎03-3288-6335
ポントス・オフセンター・ムーンフェイズ

モーリス・ラクロア ポントス・オフセンター・ムーンフェイズ
オフセンターのダイアルにジャンピングアワー、ムーンフェイズ、デイ/ナイトディスクを搭載。セリタSW200をベースにモジュールを追加。自動巻き(Cal.ML122)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。Ti(直径45mm)。50m防水。限定500本。73万5000円。問DKSHジャパン☎03-5441-4515


ロイヤルオープン

ヤーマン&ストゥービ ロイヤルオープン・コースタイマー&GMT
耐震装置をふたつ備え、500G以上の耐衝撃性を誇るゴルフウォッチ。ムーブメントは6つのラバーボールで保持される。自動巻き(ソプロードCal.A10ベース)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS+ブラックPVD(直径44mm)。100m防水。57万2250円。問モントレソルマーレ☎03-3833-4211
ハートビート デイト カレ

フレデリック・コンスタント ハートビート デイト カレ
デイト表示をスケルトナイズすることで、同社のアイコンであるハートビートの小窓を塞がないように工夫されている。トランスパレントバック仕様。自動巻き(Cal.FC-315、セリタSW200ベース)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(縦47×横30.7mm)。3気圧防水。15万2250円。問GMインターナショナル☎03-5828-9080
マキシム ハートビート

フレデリック・コンスタント マキシム ハートビート ムーン&デイト
サンレイとギョウシェ模様で装飾されたシルバーダイアルには、手作業で磨かれたポリッシュ仕上げの針とアプライドアラビア数字インデックスが配される。針には蓄光塗料が施される。4つのスクリューで固定されたトランスパレントケースバック仕様。SS(直径42mm)。5気圧防水。ブラックアリゲーターストラップ。19万9500円。