ロレックスの歴史を年表形式で解説

FEATUREその他
2020.04.18

1954年

ロレックス初のダイバーズウォッチ
ダイバーの友、サブマリーナー

ロレックス サブマリーナー

 1954年、バーゼルの時計見本市を訪れた来場者は、5つあるロレックスのショーウィンドウのひとつで、これまでにない新作を発見した。マットブラックのダイアル、特大サイズの夜光インデックス、夜光塗料を塗布した時時針、分針、秒針を備えた腕時計である。これには、ミニッツスケールを配したグリップの良い回転ベゼルも装備されていた。Ref.6204のニューカマーの横には、 "Submarinerーthe diver's friend(訳注:サブマリーナー、ダイバーの友)"と書かれた小さなプレートが置かれていた。

 その1年前 ロレックスはすでに自動巻きダイバーズウォッチRef.6200 を作っていた。このモデルでは、二重に保護されたリュウズによって防水性が100mに向上していた 。潜水開始時、当時はまだ両方向に回転していたベゼルに刻まれたミニッツスケールのゼロ位筐と分針を合わせておけば、ダイバーはいつでも潜水時間をひと目で確認することができた。ロレックスがプロフェッショナルな観点から開発に取り 組めたのは、当時の社長、ルネ・P·ジャンヌレの貢献によるものである。熱狂的なアマチュアダイバーだったジャンヌレは、ケースや回転ベゼル、ダイアルの設計についても助言している。

 こうした経験が目覚ましい飛躍をもたらすことになる。地中海西域の水深12mから60mの海中で132回、潜水実験を行ったカンヌ深海海洋学研究所は、1953年10月に"ロレックス防水時計、サブマリーナーを使用した潜水実験"の中で次のように報告している。「実験時は、この時計に保護対策をまったく講じなかった。それどころか、上陸時には、(中略)約2m低い場所にあるコンクリートの岸壁に、時計を落としてしまった。激しい衝撃か加わったにもかかわらず、時計の精度はまったく損なわれず、分針の夜光塗料がわずかに剥離したことが唯一、確認された損傷だった。回転ベゼルが装備されたことで、潜水時の安全性が大幅に向上した 。潜水時間はセーフティーボードによって到達する水深ごとに規定されているか、回転ベゼルを確認することで、規定時問を超過してダイバーか水中に留まるのを防ぐことができるからである。こうした理由から、我々は今後、少なくとも潜水チームの貴任者にはこうした時計を着用するよう、指示するつもりである。なぜなら、これこそがまさに、著しい進歩をもたらす安全対策だからである」。

 200mの防水性を備えた後継機は、特オにーストラリア、イギリス、カナダの海兵部隊から高く評価され、サブマリーナーは公式時計として選ばれるようになった。今日の最新モデルは、水深300mまで携行できる。三重に保護されたねじ込み式リュウズは、リュウズガードによって損傷から守られている。また、傷に強い“セラクロム”を採用したベゼルは、安全上の理由から、120ステップで反時計回りにしか回せないようになっている。


1954年

ミルガウス 磁気との戦い

ロレックス ミルガウス

 機械式時計には敵がいる。伝統にのっとって常に比較的厚く設計されていることから信頼性の高いロレックスのムーブメントでさえ止めてしまうほどの敵とは、強力な磁気である。発電所の技術者や飛行機のパイロット、また、エンジニアは、常に磁気の影響に悩まされてきた。彼らの要望に応えるべく、ロレックスは 1954年に伝説的な“ミルガウス"(Ref.6451) を作り上げる。

 常磁性の構成部品を搭載し、モディファイされた自動巻きCal.1065Mと、磁気の発生を妨げる伝導性の軟鉄製インナーケースの恩恵により、ミルガウスは最大1000ガウスの磁場においても確実に正しい時刻を表示することができ、欧州原子核研究機構(CERN)も1970年8月10日にこれを実証している。それにもかかわらず、ミルガウスは採算性を確保できるほど生産されなかったことから、1990年には公式カタログから姿を消してしまった。2007年、コレクターの間で高い人気を誇るこの時計はリバイバルを果たす。ミルガウスというモデル名は、フランス語で千を意味する"mille"の短縮形"mil"と、ドイツの有名な物理学者、カール·フリードリヒ・ガウスの造語である。当時と同じく、前述の耐磁性には今日もさまざまな要素が貢献している。
1:ロレックスが自社で開発、製造したニオブ とジルコニウムの合金に酸化被膜処理を施した巻き上げ式パラクロム・ヘアスプリング。耐磁性に優れ、従来のヒゲゼンマイより耐衝繋性も最大10 倍
2:常磁性素材を使用したガンギ車を搭載した脱進機
3:C.O.S.C.認定クロノメーターの自動巻きCal.3131全体を覆う、ロレックスが開発した磁場シールド

 スティールケースは100mの防水性を備えている。特に人気が高いのは、ほのかな緑色を発するグリーンサファイアクリスタルを風 防に採用したモデルだ。稲妻をかたどった秒針は、旧モデルヘのオマージュである。


1955年

初代GMT マスター
手首のためのコスモポリタン

初代GMT マスター

 1945年、ロレックスはすでに、24すべてのタイムゾーンを同時に表示する初の腕時計を発表していた。だが煩雑さゆえに時刻は読み取りづらくなっていた。とは言え、全世界で通用するこのタイムピースがあったからこそ、パンアメリカン航空がロレックスに関心を寄せたとも考えられる。いずれにしても、パンアメリカン航空が、ローカルタイムとホームタイムのふたつのゾーンタイムのみを表示する腕時計が作れないかとロレックスに依頼したのは、1953年のことである。パリのリッツホテルに滞在していたハンス・ウイルスドルフは、頭に浮かんだアイデアを原案にまとめ、ジュネーブに送った。この貴重な手紙に基づき、共同開発チームは仕事に着手した。

 "GMT マスター"は1954年に完成し、ロレックスはその1年後、Ref.6542として発売する。通常の時針と同軸上に取り付けられた24時問で1回転する2本目の時針が大きな特徴であった。第2タイムゾーンの時刻は、GMT針に対応する24時間計回転ベゼルで合わせる。パイロットの視界を妨げる光の反射を防ぐため、コーティング処理を施したプラスチック製の回転ベゼルには当初、裏側からプリントしたアクリルガラスか象嵌加工されていた。だが、プラスチックを組み合わせた素材は、コックピット内の高い負荷と温度に対する耐性を十分備えていなかった。サブマリーナーと同様、ロレックスはここでもメタルの採用を決定する。オリジナルのアクリルガラス製ベゼルを備えた初期のGMTマスターは、コレクターの間で人気が高い。当初のモデルでは、防水性が最大50mで日付用の拡大レンズもオプションで注文しないと付いていなかった 。パンアメリカン航空がいかに満足したかについては、GMTマスターがオフィシャルウォッチに選ばれたことからもうかがい知ることができる。

 GMTマスターが成功し、人気モデルに上り詰めるまで、それほど時間はかからなかった。1960年には既存のモデルと並行してC.O.S.C.認定クロノメーター証明書を付与された第2世代のRef.1675がスタートラインに立つ。時計愛好家は、リュウズガードで両者を見分ける。1981年に供給が始まった新型の自動巻き Cal.3075は、GMTマスターのRef.16750から搭載されるようになる。ロレックスは1982年に、Ref.16760としてGMTマスタ―IIを市場に導入した。GMTマスタ―Ⅱでは、日付早送り機能を犠牲にすることで、リュ ウズを半分引き出した状態で、時針を1時間刻みで任意に送ったり、戻したりすることができた。


1956年

デイデイトの誕生 月曜日から日曜日まで

デイデイト

1956年は、バーゼルの時計見本市で新作時計Ref.6511を発表した年といわれている。1955年、ロレックスはすでにこの新作のために特許を申請し、取得していた。風防に設けられたレンズで見やすく拡大されている有名な日付窓に加え、12時位管に開けられた弧を描く幅の広い開口部からは、フル表示される曜日の文字が堂々と姿を現す。ラグジュアリーウォッチ市場において、このニューカマーはロレックスを再びパイオニア・ブランドとしての地位に押し上げた。"デイデイト"という機能を主張する名を持つ腕時計は、18Kゴールドあるいはプラチナモデルのみでの供給である。非凡な腕時計への高い務持は、ゴールド無垢の"プレジテント"ブレスレットによってさらに強調されている。

厚さ7mmの自動巻きCal.1055 では、今では世界のほぼすべての言語で入手可能な曜日ディスクが日付リングの上で回転する 。最大 の特徴は、曜日ディスクに開けられた7つの小さな窓である。窓はいずれも、3時位置で正確に止まり、各曜日に対応する日付が窓からの ぞくように、賢く計算されている。

 1957年にリリースされた同じデザインのRef.6611では、すでにCal.1055Bが時を刻んでいた。Cal.1055Bは、ムーブメントから 1日を通じて少しずつ動力が供給されるように、日付機構が改良されている。1972年に導入された後継のCal.1556には、待望のハック機能が搭載されていた。さらに、カレンダーの早送り機能も開発され、リュウズを半分引き出せば、日付と曜日を素早く修正することができた。


1960年

オイスターケースの驚くべき実力を証明した
ディープシースペシャルの歴史的偉業

ディープシースペシャル

 長年にわたる成層圏研究から突如、深海へと関心が向かったのはなぜか、という疑問に、オーギュスト・ピカール教授は次のように答えている。

 「私は、自分の意見を変えたわけでもなく、方法を変えたわけでもありません。成層圏気球と潜水球はまったく同じものなのです。両者とも、過酷な環境でも生き延びられるように作られており、耐圧球が装備され、周囲の媒体よりも重く、重力を調整するための“球”を備えています。ただ、パラメーターだけは修正する必要があります。個別のケースによって、圧力環境がまったく異なるからです」

 1953年9月、ピカールは自身で発明したバチスカーフ FNRS-2に乗って、太平洋の水深3131.8mの深海に到達する.この記録的な偉業にはロレックスも一枚かんでいた。潜水器具の外側に取り付けられた特殊な時計が困難な環境をものともせずに乗り越えたことは、極めてセンセーショナルな出来事であった。だが、間もなく、より素晴らしい成果を上げることになる。

 1960年1月23日、潜水球を備えた潜水艇"トリエステ” 号は、65回目の潜降に挑戦した。目的は、太平洋で最も深いグアム島沖、マリアナ海溝の“チャレンジャー海淵”である。 海底ならどこでも到達可能であることを証明するのが課題であった。“トリエステ”号と、 クルーのジャック・ピカールとドン・ウォルシュには、特別なロレックス・ウォッチがもう一度、同行した。防水ケースのスペシャリスト、 ロレックスは、"オイスター”ケースの高い性能をあらためて実証したかったのである。この目的を達成するため、技術者は特別に開発した腕時計を、重さ13トンの潜水球の厚さ 12cmの外殻に固定した。体積が著しく大きく、生産数も少なかったこの腕時計には、水深 1万916mの場所で約1125kg/㎠の水圧に耐えることが求められた。そして、球形の厚い風防を備えたディープシー スペシャルはここで、称賛に値する仕事をやり遂げたのだ。