新連載「時計の賢人、その原点と上がり時計」/ザ アワーグラス ジャパン代表取締役社長、桃井敦氏に聞く

FEATURE時計の賢人その原点と上がり時計
2019.05.31
安堂ミキオ:イラスト

 時計業界で活躍するウォッチパーソンの原点となった最初の時計、そして彼らのような時計スペシャリストたちが最後に手に入れたいと願う最後の時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか。
 東京・銀座に高級時計専門店「アワーグラス 銀座店」を展開する、ザ アワーグラス ジャパン代表取締役社長の桃井敦氏に取材を行った。原点にある時計はロレックス、そして上がり時計はパテック フィリップだと語る桃井氏の言葉をお届けする。

今回取材した時計の賢人

桃井敦

桃井敦 氏
ザ アワーグラス ジャパン/代表取締役社長

東京都生まれ。1988年、ザ アワーグラス入社。長期間、オーストラリアならびにシンガポール等の海外勤務を経て、1996年、ザ アワーグラス ジャパン株式会社を設立。ジェラルド・ジェンタ、ダニエル・ロートなどのジュウ渓谷ブランドの日本における輸入総代理店業務を行う。2002年に東京・銀座にハイエンドブランドの上級モデルばかりを取り扱う、日本初のスペシャリティストアをオープンさせる。パテック フィリップのP.O.R.モデルや、オーデマ ピゲのグランソヌリ、またはジャガー・ルクルトの歴代ジャイロトゥールビヨン等々、歴史的な傑作の数々を販売。
●ザ アワーグラス ジャパン 公式サイト http://www.thehourglass.co.jp/


桃井敦氏の原点と上がり時計

Q.最初に手にした腕時計について教えてください

A. おぼろげに覚えているのは、小学生のときに父親からもらった国産のデジタルクォーツ腕時計です。当時はまだバックライトなどがなく、ボタンを押すと豆球が光るようなものでした。
 残念ながらこの時計に関してはあまり記憶が残っていません。ただこの時計が電池切れを起こしたとき、父親の自動巻き腕時計の巻き上げを真似して、一生懸命振って動かそうとしたことはよく覚えています。機械式時計とクォーツ時計の違いを理解するのは、それからずいぶん後のことになります。

 自分の力で手に入れた最初の腕時計のことは、よく覚えています。22歳くらいの頃に、アルバイト代を貯めてステンレススティールのロレックス オイスター パーペチュアル デイトジャストを買いました。今思い出すと恥ずかしくて汗が出ますが、当時は帰宅したらすぐにセルベットで磨き上げて、付属の箱にきちんと収めることを日課にしていました。それぐらい大事にしていましたね。とにかく憧れを募らせて買った最初の腕時計なので、手にした瞬間は自分が少し強くなれたような気持ちになれました。
 時計屋を始めて31年。それよりもはるかに高価な腕時計を取り扱ってきましたが、当時の嬉しかった記憶は色褪せていません。

デイトジャスト

桃井さんの記憶に残る1本、ロレックスのオイスター パーペチュアル デイトジャスト。


Q.人生最後に手に入れたい腕時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。

A. 時計屋を生業にしてきたこともあり、憧れの腕時計というものはもう一巡してしまった気がしていました。でもこの機会に改めて考えてみた答えは、パテック フィリップで特注する、ユニークピースのミニッツリピーターですね。プラチナかホワイトゴールド製ケースの、シンプルな2針、もしくは3針のものが良いです。
 パテック フィリップは基本的にワンオフの注文を受け付けませんが、実は過去に機会があって特別に注文された方が当店のお客様から何名かいらっしゃいます。そういう経緯から、私にとっても雲をつかむような話ではないように思われるかもしれませんが、加えてパテック フィリップには「お客様を優先、関係者は後回し」という不文律があります。私の立場から注文できたとしても、交渉には非常に時間がかかるでしょう。しかしこの業界から引退するまでには、何とかそれを達成させたいものです。手に入れた暁には、『クロノス日本版』の表紙にどうですか?(笑)

ワンオフ

桃井さんの「上がり時計」は、まだこの世に存在しないワンオフのパテック フィリップ、ミニッツリピーター。


編集後記

 腕時計に興味を持ったきっかけに、父親の影響があるという桃井さん。現在のような高級腕時計店が日本にまだ存在しなかった昭和30年代から、お父様はパテック フィリップやヴァシュロン コンスタンタンなどの海外製高級腕時計収集を始めていた。そんなお父様が日夜楽しげに語る時計のうんちく話を聞いて桃井さんは育ったのだという。
 桃井さんが高級時計業界に足を踏み入れることになったきっかけは海外滞在中に偶然に訪れたというが、「父親の“刷り込み”を得ていた自分にその機会が訪れたことは、今となって思えば運命的だった。何よりも、その配属に父親が喜んでくれたことが嬉しかった」と話す桃井さんの表情に、煌びやかな印象とは異なる柔らかな一面を見た。