ゼニス「エル・プリメロ」/時計にまつわるお名前事典

FEATURE時計にまつわるお名前事典
2019.11.30

 どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか?このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
 第8回は、1969年に世界で初めて発表された自動巻きクロノグラフムーブメントとして知られ、2019年に誕生50周年を迎えたゼニス「エル・プリメロ」の名前の由来をひもとく。

福田 豊:取材・文 Text by Yutaka Fukuda
吉江正倫:写真 Photographs by Masanori Yoshie

ゼニス「エル・プリメロ」

エル・プリメロ クロノグラフ A384

エル・プリメロ クロノグラフ A384
エル・プリメロは1969年1月10日に発表されたが、上のモデルは同年秋に発売された最初期モデルのひとつで、2600本製造された非常に稀少な個体。自動巻き(Cal.3019PHC)。31石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径37mm)。個人所蔵。

 2019年はゼニスの「エル・プリメロ」の誕生50周年。「エル・プリメロ」というのは1969年に発表された自動巻きクロノグラフムーブメント「キャリバー3019PHC」に付けられた名称だ。

「エル・プリメロ」の一番の特徴は、世界で初めて発表された自動巻きクロノグラフムーブメント、ということである。

Cal.3019PHC

Cal.3019PHC
1969年初出。キャリバー名の「3019PHC」は、直径30mmの「30」、クロノグラフの識別番号の「9」、自動巻き(=Power)を意味する「P」、12時間積算計(=Hour)を意味する「H」、カレンダーを意味する「C」から成る。伝統的な水平クラッチを採用したクロノグラフ機構に、コンパクトにまとめたリバーサーを組み込むことでクロノグラフの自動巻き化を成し遂げた。上の写真の31石仕様と、アメリカ市場向けに17石仕様が存在した(当時、アメリカは石数で関税が異なった)。自動巻き。31石(アメリカ市場向けは17石)。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。直径29.33mm、厚さ6.5mm。

 1969年は時計界にとって特別な年で、世界最初期の自動巻きクロノグラフムーブメントが3機種、ほぼ同時に誕生した。なお、クロノグラフの自動巻き化は1940年代から模索されていた時計界の悲願であった。そのためここでいう「世界初」とは、世界で初めて実用化に成功し量産可能となった自動巻きクロノグラフムーブメント、という意味である。

 その最初が「エル・プリメロ」で、1月10日にジュネーブにてデビュー。次いで、ホイヤー・レオニダス、ブライトリング、ハミルトン・ビューレン、デュボア・デプラの4社共同による「キャリバー11」が3月3日にジュネーブとニューヨークで同時発表された(ホイヤー・レオニダス=現タグ・ホイヤー。ハミルトン・ビューレン=現ハミルトン。ハミルトンが1966年にムーブメントメーカーのビューレンを買収してハミルトン・ビューレンという社名になった)。「キャリバー11」は1968年初頭に完成していたが、4月にバーゼルで開催される国際時計宝飾展での発表を予定していたため、「エル・プリメロ」に先を越され、急遽3月に大々的な発表会を開催したのだ。そして最後にセイコーが、5月21日に「キャリバー6139」を搭載した「61 ファイブスポーツ スピードタイマー」を発売した。

 そういうことで「エル・プリメロ」は世界で最初に発表された自動巻きクロノグラフムーブメントとなったわけだが、しかし、どうやらその時点では完全には完成していなかったようだ。というのも、設計図のなかには1月以降の日付のものも見られ(改良かもしれないが)、発売も大幅に遅れて秋になってからであった。そんなことから「キャリバー11」を世界最初の自動巻きクロノグラフムーブメントだと主張する者も少なくない。そして間違いのない事実は、世界で初めて発売された自動巻きクロノグラフはセイコーである、ということだ。

 と、まぁ、そんな出足でのつまずきは多少あったものの、しかし「エル・プリメロ」は他のふたつに比べて圧倒的な長所を備えていた。その筆頭が3万6000振動/時という超ハイビートで、それにより「エル・プリメロ」は1/10秒の計測と、クロノメータークラスの高精度を可能とした。

 また「キャリバー11」も高性能ではあったが、同機がビューレンのムーブメントにデュボア・デプラのクロノグラフモジュールを重ねた2階建てであったのに対し、「エル・プリメロ」が一体型であったのも注目点といえる。それはすなわち「キャリバー11」が開発の容易さや生産性の高さに考慮したものであったのに対して、「エル・プリメロ」がじっくりとつくられた高級機であったことを表すからだ。事実、「キャリバー11」の共同開発は1966年1月の3社提携契約(この時点ではデュボア・デプラはまだ未参加)から実質2年ほどのハイスピードで終了したが、「エル・プリメロ」は設計開始から発表までに7年かかっている。

 さらにもうひとつのセイコーの「キャリバー6139」も革新的ではあったが、低価格化を実現したハイコストパフォーマンス機であったことは見逃せない。つまり「エル・プリメロ」は高級・高品質ということで抜きんでていた。要は、完成度が優れて高かったのだ。そして、その完成度の高さにより「エル・プリメロ」は、ゼニスの以降の50年間の名門マニュファクチュールとしての地位と名声を、ほぼ単独で支えてきた。そんなムーブメントはほかに聞いたことがない。

 が、しかし、何にもまして稀有なのは、その知名度だ。「エル・プリメロ」ほど名前の知られたムーブメントはほかにない。おそらくゼニスというブランド名の知名度と、ほぼ変わらないのではないだろうか。