編集部の勝手に討論会〜ハミルトン「カーキ パイロット パイオニア メカ」〜

FEATUREインプレッション
2020.04.20

『クロノス日本版』編集部の3人が、話題のモデルのインプレッションを語り合う鼎談連載。第2回は、ハミルトンの1970年代軍用時計を再現した「カーキ パイロット パイオニア メカ」を論じてみた。

カーキ パイロット パイオニア メカ

ハミルトン「カーキ パイロット パイオニア メカ」
1940年代に米軍のサプライヤーとなり、60〜70年代には多数の腕時計を英国軍に供給したハミルトン。今回のテストモデルは70年代に英国陸軍へ納入された「W10」のデザインを忠実に復刻しつつ、性能の面で現代的なアップデートを施している。手巻き(Cal.H-50)。17石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SS(縦36×横33mm)。10気圧防水。9万6000円(税別)。
吉江正倫:写真
Photographs by Masanori Yoshie
阿形美子:文
Text by Yoshiko Agata

ハミルトン「カーキ パイロット パイオニア メカ」

細田「僕はこのモデル、一目ぼれでした。このザ・ミリタリーなデザインが好き! 小ぶりだから僕には似合わないと思っていましたが、腕に載せると案外しっくりきました。3-9時位置方向の径が33mmしかないですが、手首の太い人が着けても問題ないですね。そういえば、こういうラグまでつながったケースデザインはいつ頃からあるのでしょう?」

広田「このタイプを量産できるようになったのは、1960年代に入ってから。先駆けはオメガの「Cライン」ケース(1962年)でしょうね。プレス成型が一般的だった当時において、ラグを太く抜くのは大変だったんです。それ以前にラグとケースを一体成形していたのは、ロレックスぐらいでしょう。でも、技術の向上で低価格帯でも作れるようになって普及したわけ。
シンプルなベゼルレス構造はコストカットにもつながるし、かつ見た目には若々しさが加味されてウケた。パーツを少なくすることで破損の原因も減らせるから、軍用モデルに採用するのも理にかなってる。でも、ベトナム戦争後はプラスティックケースが採用されて軍用時計は使い捨てになっちゃった」

鈴木「オリジナルはプラスティックケースに変わる前の、でもコストダウンが図られた時代の軍用だったってことだね。それにしても、復刻モデルも非常にコストパフォーマンスが高い。粗く処理した文字盤が時分針を邪魔しないから視認性も高いし、実用性があっていいよね」

広田「でも、この文字盤はどう作ってるんだろう? ベースとインデックス、一部のロゴは立体的な型押しだし、色もしっかり載ってる。何にせよ、プレスの技術は確かですよね」

カーキ パイロット パイオニア メカ

文字盤を粗くマットに仕上げ、インデックスを盛り上げることで、視認性を高めている。時分針とインデックスの蓄光塗料には、褪色した風合いのベージュカラーが採用されている。

鈴木「貼り付けのアプライドインデックスじゃないから外れることもないし、ミリタリーウォッチとしてぴったり」

細田「オメガを筆頭に、スウォッチ グループの各ブランドって近年、復刻モデルに分かりやすく注力し始めましたよね。アーカイブモデルを3Dスキャンすることで、寸法やデザインがオリジナルにいっそう忠実になった。このモデルも、当初はデイト表示を付けるか迷ったらしいのですが、潔く省いた点が良いですね。それまではせっかくの復刻でも使用ムーブメントにデイト表示が付いていたら、オリジナルがデイトなしだろうがお構いなしにデイトを付けていた。良い意味で吹っ切れたように感じます」

広田「惜しむらくは、粗い文字盤がちょっとチープに見えることかな。ただこの方がミリタリーウォッチらしいのかも。あと、文字盤の反射が少し気になる。強い光に当てると、ちょっと白濁するんですよね。これもミリタリーウォッチっぽいけど」

鈴木「一般的には、文字盤を粗く加工すると凸凹になるから反射が抑えられるわけだけど、粗さと塗料の相性なのか、光を分散できない瞬間があるね。これ以上細い凹凸にするのが難しかったのかもしれないし、反射しない塗料を選べば避けられたかもしれないけど」

細田「そこはコストダウンの都合だと思いますが、とはいえ、税抜きで10万円を切る価格としては素晴らしい出来ですよね」

抜群のコストパフォーマンスの秘密はムーブメントにも

カーキ パイロット パイオニア メカ

リアルヴィンテージを彷彿とさせるデザイン。写真のグレーのNATOベルトのほか、ブラウンのカウレザーストラップのモデル(10万2000円、税別)も用意される。

細田「コストダウンといえば、気になるのは搭載ムーブメント。Cal.H-50は、カーキ フィールド メカにも採用されていたETA2801-2の改良機で、振動数を2万8800振動/時から2万1600振動/時に落とすことで、パワーリザーブを約80時間に延ばしています。その上、フリースプラングを採用していると聞くと、てっきりコストアップムーブメントのように思えるのですが、実際のところはどうでしょう?」

鈴木「確かに、フリースプラングって聞くと普通は高級機だと思うよね」

広田「でも、これはコストダウンさせているんです。スウォッチ グループはコストをかけずにフリースプラングを作る技術を確立しちゃったんです。フリースプラングって歩度調整に緩急針ではなく、マスロットを用いるから耐衝撃性能はすごく上がるわけですが、その分、調整幅が緩急針ほど広くないから、精度を出そうとしたら、もともと調整がなくても精度が出せるような高級ムーブメントを使うしかなかった。そうすると必然的にコストがかかるんですけど⋯⋯。このムーブメントのベースは汎用品。もちろん、そのためにオメガが載せているフリースプラングなどとは根本的に違うんですけれど」

鈴木「目的が違うってことだよね。オメガはシリコン製ヒゲゼンマイを使うために、ヒゲ棒でヒゲゼンマイを触らないフリースプラングを採用した高級機だけど、こちらはあくまでコストダウンが目的。ただ、もともと基礎体力のあるムーブメントを使っているから、緩急針でなくてもそこそこ精度を出すことができる」

広田「そうですね。(ムーブメントの画像を見ながら)でも、すごく良い機械だな〜。あとこれ、一応調整機能付いてますよ! 一対のマスロットが付いてるから、ある程度の歩度調整もできる。低価格なのに。ソコ良いですねぇ〜。グッとくるなぁ」

鈴木「僕が着けたところ、2日(48時間)で日差それぞれ+9秒だったな。C.O.S.C.とまではいかないけど、普通に使う分には問題ない。さすが、スウォッチ グループのムーブメントだね」