ブレゲを極める Timeless Style of Breguet(前編)

2020.08.03

伝統の継承と研鑽が叶えるタイムレスな意匠
創業者の天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲが1775年にパリのケ・ド・ロルロージュに工房を構えてからすでに245年もの年月が経過した。現在のブレゲはもとより、他の多くのウォッチメーカーに影響を与えてきたのは、トゥールビヨンをはじめとする画期的な発明にとどまらない。アブラアン-ルイ・ブレゲの考案によるブレゲ針やブレゲ数字、ギヨシェ彫り模様で装飾したダイアルの意匠などもそうだ。2世紀以上も継承される伝統的なデザイン・コードを生かして、これほどタイムレスの極みを体現するのはブレゲをおいて他にない。

ブレゲ クラシック 7337

(左)クラシック 7137
大型のパワーリザーブ表示や天地逆のムーンフェイズ表示が印象的なダイアルの意匠は、1787年製作の有名な自動巻き懐中時計「No.5」が原型。「7137」の新作では「クラシック」で初となるブルーのギヨシェ彫りダイアルも採用する。自動巻き(Cal.502.3 DR1)。37石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWG(直径39mm、厚さ8.65mm)。3気圧防水。433万円。
(右)クラシック 7337
アブラアン-ルイ・ブレゲの独創とされるオフセンターの意匠を再現した2020年新作。ムーンフェイズやカレンダー表示が独特なダイアルは、1823年に販売されたクォーター・リピーターウォッチ「No.3833」から想を得た。自動巻き(Cal.502.3 QSE1)。35 石。2 万1600振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KRG(直径39mm、厚さ9.9mm)。3気圧防水。466万円。
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
菅原 茂:文 Text by Shigeru Sugawara

Classique 7337 / 7137

ブレゲの「クラシック」コレクションを代表する「7337」と「7137」は、18世紀や19世紀の懐中時計のダイアルデザインを現代に継承する逸品である。クラシックというその名の通り、隅々まで紛れもない正統派のブレゲ・スタイルが表現されていることもさることながら、今年の新作は、異なる模様を組み合わせたギヨシェ彫りや、「クラシック」コレクションのギヨシェ彫りダイアルでは初めて採用される“ブレゲ・ブルー”、これまで以上に凝ったムーンフェイズなど見所は実に多く、一段とワザが冴え、深みを増したブレゲ・スタイルが見て取れる。

「クラシック」コレクションは、ブレゲ創業者アブラアン-ルイ・ブレゲが多用した意匠を継承する代表作だ。「クラシック」というと、第一義的には「古典」に他ならないが、古くからの伝統のみならず、時代性を問わず広く知られる「典型的な」スタイルをも意味する言葉だ。過去の偉大な遺産を受け継いで現代的なブレゲ「らしさ」を表現するのにこれほど適切な言葉もないだろう。

 独特のブレゲ・スタイルが確立されるのは、1775年にパリで創業してから1820年代の約半世紀。現在に受け継がれるギヨシェ彫りダイアルやケースバンドのフルート装飾(コインエッジ状の縦溝模様)といった古典的な意匠が腕時計に採用されるようになったのは1930年代の終わりからとされ、現代のブランドとして再生した1970年にはそうしたデザイン・コードをブレゲの正統なアイデンティティーとする「クラシック」の基本的な意匠が確立した。

 2020年に発表された「クラシック」コレクションのふたつの新作は、伝統に根差す典型的なブレゲ・スタイルの進化、さらに言えば現代的な深化を知るうえで非常に興味深い。

クラシック 7337

クラシック 7337
「3330」発表から23年後の2009年に発表された「クラシック 7337」は、チャプターリング内の4時-5時位置にスモールセコンドを追加し、ケース径も39mmに大型化。その2020年新作では、クル・ド・パリ、グレン・ドルジュ(麦粒)、ダミエ(市松模様)の3種類のギヨシェ模様を用い、ブルーに彩った初のダイアルも登場した。

 まず「クラシック 7337」だが、ローマ数字が並ぶ時刻表示のチャプターリングを6時方向にずらし、ダイアル上方のスペースにムーンフェイズ、左右対称に曜日と日付の表示を配置する特異なデザインの原型は、ブレゲが1823年に販売したクォーター・リピーター機能を持つ懐中時計の「No.3833」である。このように表示要素を分散させて視認性の向上を図り、当時「エキセントリック」と呼ばれる特異なオフセンターダイアルを採用した懐中時計に通じる腕時計の例は、1986年発表の「3330」モデルに見られる。「3330」の場合、参考にしたのは1831年製作の「No.4691」とされるが、オフセンターのチャプターリング、ムーンフェイズ、曜日および日付表示のレイアウトを継承しながら、チャプターリング内にスモールセコンドを加え、ケースサイズを39㎜にアップしたのが2009年に初めて発表された「7337」だ。

(左)「クラシック 7337」のチャプターリング内側に直線的なクル・ド・パリ、外側には扇状に展開するグレン・ドルジュ(麦粒)のギヨシェ彫り。ムーンフェイズの月はゴールド素材を手で叩いて成形し、立体感を強調。月を覆う雲のモチーフにも手彫りの彫金を施す。
(右)「クラシック 7137」の日付表示の円内に直線彫り機でダミエ(市松模様)を施す。模様はシンプルだが、手動のギヨシェ彫り機で垂直と水平線を規則正しく刻むには高度な熟練技が必要。ブルーのメッキ仕上げもムラなく模様を引き立て、完璧な仕上がりだ。

(左)チャプターリングや各表示の境界にもギヨシェ彫りで繊細な凹凸のラインによる縁取りを施して、それぞれが目立つようにするのが懐中時計の時代から受け継がれるブレゲの伝統的なスタイル。肉眼では見るのが困難な部分にさえ手作業が施されている点に注目。
(右)「クラシック 7337/7137」に共通する基本ムーブメントCal.502は厚さ2.4mmの超薄型自動巻きで、平面配列の輪列やシリコン素材の脱進機とヒゲゼンマイが特色。オフセットされた22Kゴールド製ローターにもギヨシェ彫りでグレン・ドルジュ模様を施し格別な美観を演出。

さらに約10年を経て誕生した新しい「クラシック 7337」では、ギヨシェ彫りに従来のモデルとは違うパターンを採用し、高度に熟達した職人技を印象づける。さらに注目すべきは、ギヨシェ彫りのダイアルに、古典に忠実なシルバーで仕上げたものに加え、「クラシック」では初の〝ブレゲ・ブルー〞で彩ったものも同時に発表したこと。ダイアルカラーによってまったく見栄えが異なるふたつで、ブレゲは伝統と革新的手法とを同時に表現したのだ。

(左)3330
1986年に発表された「3330」は、1831年製作の懐中複雑時計「No.4691」から着想して腕時計のダイアルをデザイン。その全体的なイメージは「No.3833」にも通じるものがある。ムーンフェイズの左右に曜日と日付の表示窓を対称的に配置する「3330」のカレンダー表示は「クラシック 7337」へと受け継がれる。ケース径35mm。
(右)No.3833
6時側に時刻表示を寄せたエキセントリック・ダイアルは1810年代に登場。1823年に販売されたクォーター・リピーター「No.3833」は、チャプターリングに時・分針と9時位置にスモールセコンドを配置。ギヨシェ彫りダイアルの余白を生かし、チャプターリングの真上にムーンフェイズ、右側に日付、左側に歩度調整窓を置く。

 ブレゲはもうひとつの新作「クラシック 7137」にも同じ手法を駆使する。大型のパワーリザーブ、逆向きのムーンフェイズ、指針式のデイト表示が特異なバランスを保つユニークなダイアルは、ブレゲの初期の傑作として有名な1787年製作の自動巻き懐中時計「No.5」からインスパイアされたものだ。この懐中時計のダイアルを腕時計にアレンジして1983年に発表されたのが「3130」モデル。2008年にはダイアルやケース径、ムーブメントが進化した「クラシック 7137」へと生まれ変わる。今年、従来のモデルとは模様の異なるギヨシェ彫りやブレゲ・ブルーを採用したのは、「クラシック 7337」と同じ。腕時計ひとつにかくも長い歴史をたどることができるところがまさにブレゲの神髄だ。

クラシック 7137

クラシック 7137
2008年初出の「クラシック 7137」は、3種類の異なるギヨシェ彫りを施してダイアルの魅力を高めた。2020年の新作では、ダイアル主要部のクル・ド・パリを踏襲しながら、パワーリザーブ表示のセクションをパニエ(編み籠)、日付表示のサークル内をダミエ(市松模様)に変更し、従来モデルとはひと味異なる味わいを演出する。

(左)3130
1983年発表の「3130」は懐中時計「No.5」のアイコニックなダイアルデザインを腕時計に採用。ギヨシェ彫りシルバー仕上げダイアル、大型パワーリザーブとムーンフェイズ表示を再現する一方、スモールセコンドは日付表示に置き換えられた。2008年には細部の意匠を変え、ケースを39mmに拡大した「クラシック 7137」が登場。
(右)No.5
アブラアン-ルイ・ブレゲの初期の傑作「No.5」は、1787年に製作された画期的な自動巻き懐中時計で、クォーター・リピーター機能を搭載し、ギヨシェ彫りシルバー仕上げダイアルに60時間のパワーリザーブ表示、ムーンフェイズ、スモールセコンド、ブレゲ針などを配置。機能とデザイン、装飾のあらゆる点でブレゲ・スタイルの原点である。