パルミジャーニ・フルリエの成熟が生み出した 新しいデイリーウォッチ「トンダグラフGT」

FEATURE本誌記事
2021.05.07

創業以来、ユニークかつ高品質な時計を作り続けるパルミジャーニ・フルリエ。しかし、ここ数年は、押しの強いデザインが控えめになり、一方で、パルミジャーニ・フルリエの個性とも言える質はより強調された。そんな変化を象徴するのが、いわゆるラグジュアリースポーツウォッチの「トンダ GT」とそのクロノグラフ版の「トンダグラフ GT」である。あえて優等生的な作りに徹したのは、マーケティングというよりもパルミジャーニ・フルリエの自信の表れである。

トンダグラフ GT

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年5月号 掲載]


シンプルなデザインが示す、パルミジャーニ・フルリエの原点回帰

 “神の手”を持つと言われたミシェル・パルミジャーニ。彼は、古典の技術を盛り込んだ今の時計を作ろうと志し、スイス・フルリエの地に小さな時計メーカーを興した。1996年のことである。スイス屈指の財閥であるサンド家の援助を得たパルミジャーニは以降、さまざまなサプライヤーを傘下に収めることで、世界でも稀な一大マニュファクチュールへと成長を遂げたのである。今や、スイスの高級時計メーカーで、パルミジャーニ・フルリエの恩恵を受けていないものは少ないだろう。

 もっとも、その急激な発展は、さまざまな試行錯誤を伴った。例えば、女性用の華やかなクォーツモデルや、ヨットをイメージしたスポーツモデルの「パーシング」など。これらは、パルミジャーニの名に恥じない質を備えていたが、お世辞にも、パルミジャーニならではとは言い難かった。生産規模を拡大する中で、同社は向かうべき方向性を模索していたのだろう。

トンダグラフ GT

 筆者の見た限りで言うと、そんなパルミジャーニが立ち位置を自覚したのは、新しい「トリック」と、それ以上に「トンダ GT」および「トンダグラフ GT」からではないか。前者は、ベーシックな3針モデル。本誌で再三取り上げてきたように、搭載する自動巻きは、設計こそクラシックだが、仕上げや感触は申し分ない。加えて緩急装置を、緩急針のないフリースプラングに進化させることで、携帯精度や耐衝撃性もより向上した。そんな優れたムーブメントを包むケースは、古典的なゴドロンを刻んだ、やはり良質なものである。かつてのパルミジャーニは、ユニークさを出そうとするあまり、一風変わったデザインに頼る傾向があった。しかし、このマニュファクチュールは、長い紆余曲折の末に、質こそがアイデンティティーという原点に回帰したのである。素っ気ないケースのデザインは、実のところ、パルミジャーニの自信の表れと言っていいだろう。

 2020年の「トンダ GT」コレクションも同様である。これは、今流行のラグジュアリースポーツウォッチにカテゴライズされる。以前ラインナップにあったパーシングに比べて、意匠と色はずっと控えめになり、ケースの質はいっそう向上した。加えて、良質なブレスレットが付いている。

 経験に乏しいメーカーが、良いブレスレットを作るのはかなり難しい。部品の加工精度を上げるのは簡単だが、むしろ、滑らかさからはほど遠くなるのである。その証拠に、最新のブレスレットのいくつかは、仕上げの美しさにもかかわらず、お世辞にも腕馴染みが良いとは言い難い。着けて疲れるブレスレットは、どれだけきれいでも、価値を持たないのである。

トンダグラフ GT

パルミジャーニ・フルリエ「トンダグラフ GT」
パルミジャーニ・フルリエがトンダに追加したエレガントなデイリーウォッチ。搭載するのは古典的なCal.PF331をベースにした年次カレンダークロノグラフだが、緩急装置がフリースプラングに変更された。コマ数が少ないにもかかわらず、ブレスレットの遊びも適切だ。内容を考えれば、価格も戦略的。自動巻き(Cal.PF043)。56石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS(直径42mm、厚さ13.7mm)。100m防水。世界限定200本。247万5000円(税込み)。

 ブレスレット製造のノウハウが足りなかったにもかかわらず、パルミジャーニは新しいブレスレットの開発に取り組み、ついに優れたものを完成させた。グループ内に外装工場があればこその強みである。個人的な好みを言うとクロノグラフよりも、3針のほうがヘッドとブレスレットの重量バランスはなお良い。しかし、一度バックルを留めてしまうと、滑らかな仕上げといい、コマの適度な遊びといい、腕に着けるものとしては申し分ない。

 加えてパルミジャーニは、このモデルにユニークな特徴を加えた。トンダグラフ GTのSSモデルには年次カレンダーが付いている。パルミジャーニの時計に「お買い得」とは似つかわしくない評価だが、同社が新しい客層に目を向けたのは間違いない。とはいえ、特徴的な雫型のラグは継承され、文字盤には伝統的なクル・トリアンギュレールギヨシェが施される。さらに、高技術で細部まで仕上げられたムーブメントを搭載するなど、同社の美点はそのままだ。

 正直このモデルは、今までパルミジャーニを触ったことのない人にこそ、手に取って欲しい。確かに、見た目は今流行の〝ラグスポ〞だ。しかし、優れた仕上げは、このモデルに、ひと味違うニュアンスを添えることに成功した。つまりはそれが〝パルミジャーニ流〞ということなのだろう。



Contact info: パルミジャーニ・フルリエ Tel.03-5413-5745


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