【2021年トレンド】なぜパテック フィリップはカラフルな文字盤を採用するようになった?

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2021.12.31

パテック フィリップといえば、時計好きなら誰もが知っている老舗中の老舗だ。そんな同社は最近、今までになかったカラフルな文字盤に取り組むようになった。2021年に出たティファニーブルーやカーキグリーン、オリーブグリーンといった色は、ジュネーブの名門というイメージからちょっと離れたものだ。なぜ同社は、かつてない色に挑戦するようになったのだろうか?

広田雅将(本誌):文
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)

ノーチラス 5711/A-018

パテック フィリップ「ノーチラス 5711/A-018」
ティファニーとのパートナーシップ170周年を記念したモデル。いわゆるティファニーブルーの文字盤カラーはラッカー塗装によるもの。自動巻き(Cal.26-330SC)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。30石。SSケース(直径40mm)。12気圧防水。世界限定170本。

PVDとラッカー、2種類のアプローチが可能にした発色に優れた文字盤

 パテック フィリップの強みのひとつは、文字盤メーカーのフルッキガーを傘下に持つことだ。1860年創業のフルッキガーは、2004年に買収されて以降、文字盤の質をそれこそ劇的に高めた。世界にはいくつか優れた文字盤工場があるが、質と量を両立するだけでなく、文字盤の製造手法を一通りマスターしている会社は、そう多くない。グラスヒュッテ・オリジナルの傘下に収まった旧T・H・ミュラーは極めて優れた文字盤を作っているが、使える手法は限られる。日本のエプソンや昭工舎はさらによい文字盤を製造しているが、得意とするのは主にペイント文字盤だ。ジュネーブやジュウ渓谷にも傑出した文字盤メーカーが存在するが(ヴティライネンの文字盤会社であるコンブレマインは完全なレストレーションもできる)、生産数は極めて少ない。

 フルッキガーの強みは、ペイント(塗装)とメッキという文字盤製造の基本をマスターしているだけでなく、ギヨシェ仕上げといった古典的な手法もやり、さらに新技術にも取り組んでいることだ。そのひとつがPVDである。2021年、パテック フィリップはカーキグリーン、オリーブグリーンといった、かつてない色を新作に採用した。普通、文字盤への彩色は、メッキかペイントで行う。メッキを使えば鮮やかな色を出せる可能性は高いが、グリーンのような中間色を出すのは極めて難しい。

ノーチラス 5711/1A

パテック フィリップ「ノーチラス 5711/1A」
5711/1Aのラストイヤーである2021年限定で生産されることが発表された“グリーンノーチラス”。オリーブグリーン・ソレイユ文字盤の着色にはPVDが用いられた。自動巻き(Cal.26-330 S C)。30石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS(10~4時位置の直径40mm、厚さ8.3mm)。12気圧防水。401万5000円(税込み)。

 塗装ならグリーンの再現は容易だが、厚塗りしないと発色が安定しないため、文字盤が単調に見えてしまうし、色味も安定しにくい。ペイント仕上げでありながらも優れたグリーン文字盤を持つグランドセイコーのような例は、極めて稀なのである。対してフルッキガーは、蒸着メッキの一種であるPVDを使うことで、下地が透けて見えるだけでなく、鮮やかなオリーブグリーン文字盤を作り上げた。ひょっとして、アクアノートの文字盤はペイント仕上げかもしれないが、それ以外はPVDである。

 筆者の見聞きした限りで言うと、PVDを文字盤にまず採用したのはロレックスだった。同社のいわゆる「グリーンサブ」は、かつてペイント仕上げのグリーン文字盤だったが、後にPVDで彩色した、実に素晴らしい文字盤に置き換わった。この文字盤を製造したのはフルッキガーという噂を聞くが、おそらくは事実だろう。パテック フィリップとロレックスは直接の資本関係こそないものの、かなりの協力関係にある。ロレックスで試したPVD文字盤を、2021年からパテック フィリップも採用するようになった、というのはありうる話だ。あくまで筆者の個人的な私見だが、ロレックスとパテック フィリップの文字盤は、作り方がかなり似ているように感じる。もちろん、同じ仕上げであっても、パテック フィリップのほうが良いのは言うまでもない。薄く均一に施された白い印字は、知られざる、しかし実に魅力的な現行パテック フィリップのハイライトである。