時計史に残る伝説的な自動巻き、オーデマ ピゲ「2120系」〜傑作ムーブメント列伝〜

FEATUREその他
2022.02.21

『クロノス日本版』の広田雅将編集長が独断で選び、解説する「傑作ムーブメント列伝」。
記念すべき初回はオーデマ ピゲがロイヤル オーク等に採用した「2120系」ムーブメントだ。1967年のジャガー・ルクルトCal.920をベースとする同機は高級な自動巻きと高い審美性、そして圧倒的な薄型設計によって歴史に名を刻む名ムーブメントである。

Cal.2121

吉江正倫、三田村優:写真
Photographs by Masanori Yoshie, Yu Mitamura
広田雅将(クロノス日本版):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
2022年2月21日公開記事


オーデマ ピゲ Cal.2120/2121が名機たる所以

 世に優れた自動巻きは数多くある。しかし、審美性と実用性を高度に両立させた(正しく言うと、両立させようと試みた)ムーブメントは多くない。筆者の私見を言うと、そのトップに挙げられるのが、パテック フィリップのCal.27-460AM、ショパールのCal.L.U.C 1.96、そしてここで紹介するオーデマ ピゲの2120系である。いずれも普段使いできる性能と、好事家を喜ばせるような構造や仕上げを持っている。

 1960年代に入ると、各社は自動巻きの薄型化に取り組むようになった。大きく変わったのは設計である。それ以前、各社の自動巻きは手巻きのムーブメントにモジュールを重ねる設計を持っていたが、ムーブメントに自動巻き機構をビルトインした、一体型自動巻きが主流になったのである。そのひとつに、主ゼンマイを巻き上げるローターをオフセットさせた、マイクロローターがある。ユニバーサル・ジュネーブ、ハミルトン・ビューレン、そしてピアジェなどの自動巻きは、ローターの位置をずらし、輪列と同じレイヤーに置くことで極端な薄型化に成功した。

 一方、部品を薄くするという手法で、薄型化の限界に挑んだのが、オーデマ ピゲの2120系だった。ベースとなったのはジャガー・ルクルトのCal.920というエボーシュ(設計1967年)。同社はこの優れたエボーシュを、ヴァシュロン・コンスタンタンとオーデマ ピゲ、後にはパテック フィリップにも供給した。

Cal.2121

Cal.2121
Cal.2120にカレンダーを追加したのが、Cal.2121である。直径28mm、厚さ3.05mm。36石。1万9800振動/時。パワーリザーブ約40時間。フリースプラングテンプ。


コンパクトなスイッチングロッカーが可能にした薄型化

 Cal.2120のユニークさは、分針を駆動する2番車を、あくまでムーブメントの中心に据えた設計にあった。2番車が中心にあると、ローターの真と重なって、ムーブメントの厚みは増してしまう。そのため、マイクロローター自動巻きは、2番車とローターをあえてオフセットさせた配置を持っていた。しかし、2番車がオフセットされると、針合わせの際に針飛びが起きやすい。オーデマ ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタン、パテック フィリップのようなメーカーが、ムーブメントの薄型化に慎重だった理由とされる。

 対してジャガー・ルクルトのCal.920は、2番車とローター真をムーブメントの真ん中に持つレイアウトを採用。にもかかわらず、その厚みはカレンダーなしのCal.2120で2.45mm、ありのCal.2121で3.05mmに留まった。可能にしたのは、コンパクトなスイッチングロッカー自動巻きと、極端に小さなローター真にあった。

Cal.2121 スイッチングロッカー

Cal.2120/2121は自動巻き機構に両方向巻き上げ式のスイッチングロッカーを採用する。ローターが回転すると、その動力は受け上に置かれた2枚の中間車を経て、左下のスイッチングロッカーに伝達される。そしてスイッチングロッカーが回転を一方向に整流させ、3枚の中間車を経て、香箱を巻き上げる。

 今でこそ少なくなったが、コンパクトで摩耗しにくいスイッチングロッカー自動巻きは、高級自動巻きには欠かせないものだった。もっとも、巻き上げ効率が低いため、スイッチングロッカー自動巻きには、比重の重い素材でできたローターを組み合わせるほかなかった。スイッチングロッカー自動巻きを採用したメーカーが、ほぼローターに金を使えるメーカーに限られた理由である。


ローター真を小型化

 小さなローター真も優れたアイデアだった。普通、ローター真を小さくすると、真への負荷が大きくなる。対して2120系では、ローターに丸いレールを取り付け、地板の外周部に埋め込んだルビーベアリングの上を滑らせるようにした。真だけでなく、外周でもローターを支えるというユニークな設計だ。

Cal.2121

Cal.2120系ではローターの巻き上げ効率を高めるために、地板にルビーのベアリングが4つ埋め込まれる。また、ローター芯の負荷を分散させる役割も担う。


1967年からほぼ変わらない姿で生産され続けた

 もっとも、極端に薄く作った2120系の生産性は、決して高いとは言えなかった。オーデマ ピゲはその最盛期に、月に500個ほどの2120系を作ったと言われるが、それは、優れた職人を擁するオーデマ ピゲだからこそ、できただけのことだった。

 そのCal.2120は、基本的には1967年からほぼ変わらないまま生産された。もっとも、いくつかのマイナーチェンジが施されている。ひとつは緩急を調整する装置が、緩急針からフリースプラングテンプに置き換わったこと。また、脱進機もジャガー・ルクルト製から、他社製(詳細は公表されていない)に変わった。また、自社製自動巻きのCal.3120の変更に伴い、Cal.2120のスイッチングロッカーも、より摩耗しにくい形状に変更されたのである。

 自動巻きムーブメントに審美性を求めるのは野暮という意見がある。個人的には同感だ。しかも、Cal.2120の性能は今の自動巻きには、はるかに及ばない。パワーリザーブも約40時間しかないし、巻き上げ効率もデスクワークに耐えられるほど高くない。にもかかわらず、古典的な造形と、ユニークな設計を盛り込んだこのムーブメントは、今後も、傑作中の傑作であり続けるだろう。

ロイヤル オーク

オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」Ref.5402ST
Cal.2121を搭載する代表的な時計と言えば「ロイヤル オーク」だ。同作では1972年のデビュー以来、2022年に発表された“ジャンボ”(Ref.16202)がCal.7121を採用するまで50年間にわたって、Cal.2121を採用し続けた。自動巻き(Cal.2121)。36石。1万9800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径39mm)。50m防水。


アイコニックピースの肖像/オーデマピゲ「ロイヤルオーク」のすべて

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自動巻き時計薄型への挑戦 / マイクロローター新時代[なぜマイクロローターは開発されたのか?]

https://www.webchronos.net/features/13349/
オーデマ ピゲのロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン。その魅力と特徴に迫る

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