やっと出た! IWC新生インヂュニア。ジェンタ デザインを受け継いだ大本命の“ラグスポ”ウォッチ

FEATUREその他
2023.04.27

みんな大好き“ラグスポ”ウォッチの大本命として、あのジェラルド・ジェンタがデザインした「インヂュニア SL」が、2023年、その原点デザインを引き継いで、「インヂュニア・オートマティック 40」として満を持して復活した。ジェンタ デザインのファーストモデルであるインヂュニア SLと、直近の2013年に発表されたリュウズガード付きのインヂュニア・オートマティックのまさに“いいとこ取り”を現代の技術でさらにブラッシュアップしたこの“ラグスポ”ウォッチの“ラスボス”は、実機を手にしてこそ、そのデザインと作りの良さが理解できるだろう。一部で論争を呼んだ価格設定に関しても考察する。

インヂュニア・オートマティック 40

「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」で最も目を引いたIWCのブース。エントランスを入って、左へ曲がると、そこは旧SIHH組のゾーンだ。コンコースのその先の突き当たりに位置するのがIWCのブース。そして、その壁面には今年発表の新生インヂュニアの写真が大きく横たわって存在感を放っていた。分かりやすく、詳細な各種ディスプレイとともに、多くのジャーナリストやリテーラーは言うまでもなく、最終2日間のパブリックデイ(有料で一般客が入場できる日)には多くの見学者が列をなしていたほどだ。
三田村優、堀内僚太郎:写真
Photographs by Yu Mitamura, Ryotaro Horiuchi
鈴木幸也(クロノス日本版):取材・文
Text by Yukiya Suzuki (Chronos Japan Edition)
2023年4月27日掲載記事


なぜ新生インヂュニアが“ラグスポ”ウォッチの本命なのか?

 2023年の「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」では、カルティエの「タンク ノルマル」を筆頭に、誕生60周年を迎えてシースルーバック仕様になったロレックス「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」のプラチナモデル、同じく60周年を機に大きく進化したタグ・ホイヤーの「カレラ」、チューダーの「ブラックベイ」祭りに、ゼニスのパイロットウォッチ大刷新というように、主要ブランドを代表するアイコンモデルを現代的にリニューアルして新風を吹き込み、さらに拡充するという試みが目立った。

 この文脈で言えば、パテック フィリップの「カラトラバ 6007」も大枠では例外ではなく、その潮流に乗っていると言える。

 そんな原点回帰&現代リニューアルの急先鋒が、IWCの新生インヂュニアである。そもそも1955年に発表されたIWCの初代「インヂュニア」は、搭載するムーブメントCal.8521を軟鉄製の耐磁ケースとダイアルで覆うことで、8万A/mという高耐磁性能を実現し、フランス語でエンジニアを意味する「インヂュニア」と命名された。

 このインヂュニアのデザインを一新し、新たなアイデンティティーを確立したのが、1976年に登場した「インヂュニア SL」(Ref.1832)であった。デザインしたのは、ウォッチデザインの先駆者であると同時に今や“伝説”となったウォッチデザイナー、ジェラルド・ジェンタ(1931-2011)である。

 今や高級時計市場を席捲する“ラグジュアリースポーツウォッチ”の嚆矢であり、もはや象徴でもあるオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」とパテック フィリップの「ノーチラス」のデザインを手掛けたことはあまりにも有名だ。

インヂュニア・オートマティック 40

IWC「インヂュニア・オートマティック 40」
2023年に発表された新生インヂュニアは、ステンレススティールモデルを3型とチタンモデルを1型ラインナップする。これはアクアブルーダイアルを備えた最も“今風”なステンレススティールモデル。文字盤の鮮やかな発色は、メッキに透明なラッカーを重ねたもの。自動巻き(Cal.32111)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.8mm)。ブティック限定。156万7500円(税込み)。

 残念ながら今でこそ、入手困難なモデルが続出しているラグジュアリースポーツウォッチであるが、「インヂュニア SL」は革新的なデザインとは裏腹に、商業的には大きな成功を収めることはなかった。実際、1976年~83年に1000本少々売れただけだという。

 その後、1985年の「インヂュニア SL オートマティック」(Ref.IW3506901)、1989年の「インヂュニア 500,000A/m」(Ref.IW350808)、1993年の「インヂュニア・クロノメーター」(Ref.IW352102)、2005年の「インヂュニア・オートマティック」(Ref.IW322701)や「インヂュニア・ミッドサイズ」(Ref.IW451501)などを経て、2013年に発表された「インヂュニア・オートマティック」(Ref.IW323902など)を最後に、由緒正しきジェンタ デザインを受け継いだモデルは2017年には生産終了となってしまっていた。

 それから6年の歳月を経て、ついに2023年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで、ジェンタ デザインを受け継いだ「インヂュニア・オートマティック 40」が発表された。しかも、時代は“ラグスポ”ウォッチ真っ盛りである。これは注目を集めないはずがない。


“不遇”の時代を乗り越えてよみがえった“いいとこ取り”の最進化形

 実際、当初は、エンジニアのためのハイスペックな実用性を追求していたインヂュニアであったが、1976年にジェンタ デザインの洗礼を受けたことで、今で言う“ラグスポ”の仲間入りを果たしたのだ。IWCのCEOであるクリストフ・グランジェ・ヘアも「新しいインヂュニア・オートマティック 40は、21世紀にふさわしい、用途の広いラグジュアリースポーツウォッチ」だと明言している。

 とはいえ、新生インヂュニアは、単に“ラグスポ”ウォッチブームに乗って、リバイバルされたわけではない。すでに述べたように、ある意味“不遇”の時代の良き意匠、具体的には、1976年の「インヂュニア SL」の文字盤に見られたグリッドパターンをすべてのモデルに採り入れつつ、リュウズガードは直近の2013年発表モデル(このモデルで初めてリュウズガードが採用された)から受け継いでいる。

 クリストフ・グランジェ・ヘアもこう説明する。「1970年代のジェラルド・ジェンタのインヂュニア SLにインスピレーションを得ながら、多大な時間と労力を傾け、人間工学に基づいた完璧なプロポーションのケース、ハイレベルなディテールと仕上げ、現代的なムーブメント技術による、新しい自動巻きモデルをつくりました」。

 その言に違わず、実機を手にすると、その細部の質の高さと腕なじみの良さを実感することができた。つまり、新生「インヂュニア・オートマティック 40」は、1976年の最初期モデルと直近の2013年発表モデルのまさに“いいとこ取り”に、現代の技術力をふんだんに盛り込んだインヂュニアの最進化形なのだ。

インヂュニア・オートマティック 40

「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」においてIWCブースに展示された「インヂュニア・オートマティック 40」の高耐磁性能を解説するディスプレイ。ムーブメント全体を軟鉄製文字盤、軟鉄製インナーケースリング、軟鉄製インナーケースバックで取り囲むことで、繊細なムーブメント部品が帯磁することを防いでいる。そもそも英国空軍向けパイロットウォッチ「マーク11」のために開発された機構を1955年発表の初代インヂュニアに転用したもの。その軟鉄を用いた耐磁機構が最新の「インヂュニア・オートマティック 40」にも受け継がれている。

 ケース直径40mm、厚さ10.8mmという小回りの利くサイズ感でありながら、軟鉄製の文字盤を採用し、さらにムーブメントを軟鉄製のインナーケースリングとインナーケースバックで包むことで、約4万A/m(デザイナーのクリスチャン・クヌープによると4万4000A/m、ポスター表記によると4万6700A/m)の耐磁性能を実現した。

 加えて、搭載するムーブメントCal.32111は約120時間のパワーリザーブという十分なスペックを備えている。それを、“由緒正しき”ジェンタ デザインで包括しているのだから、もはや無敵だ。その意味で、この新生「インヂュニア・オートマティック 40」こそ、最後に現れた“ラグスポ”ウォッチの大本命と言えるのだ。