A.ランゲ&ゾーネCEOのヴィルヘルム・シュミットに聞く、ブランドの販売戦略と「オデュッセウス・クロノグラフ」開発の裏側

FEATUREWatchTime
2023.05.25

ドイツ・グラスヒュッテを拠点とするA.ランゲ&ゾーネ。CEOのヴィルヘルム・シュミットに、ウォッチズ&ワンダーズ 2023で発表した「オデュッセウス・クロノグラフ」について話を聞いた。また、直営ブティックの展開や販売店との関係など、A.ランゲ&ゾーネの販売戦略についても尋ねた。

ヴィルヘルム・シュミット

ヴィルヘルム・シュミット
A.ランゲ&ゾーネCEO。1963年、ドイツ生まれ。アーヘン大学で経営学を学んだ後、BPカストロール、BMWを経て、2011年より現職。
Originally published on watchtime.net
Text by Rüdiger Bucher
2023年5月25日掲載記事


A.ランゲ&ゾーネの販売戦略について

WatchTime:ここ数年、コロナ禍によるパンデミックや世界経済などにおいて、世界中で新しい危機が続きました。A.ランゲ&ゾーネは現在どのような状況でしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:私たちは危機をうまく乗り越えてきましたし、将来の危機に対しても十分な態勢が整っていると思います。一般的に、困難な局面においては十分な準備と良いチーム、正しい方法、そして少しの幸運が必要です。

WatchTime:“正しい方法”とは何でしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:私たちにとっての“正しい方法”とは、適切な時計を適切なタイミングで作り出すことです。今までにないものを作ること、人々が驚くような、議論を呼ぶようなものを作ること。これは、A.ランゲ&ゾーネが常に行ってきたことです。自らを失うことなく改革していくことが大事なのです。もうひとつは、私たちが昔よりずっとお客様を理解できていることです。

WatchTime:直営ブティックでの販売が増加しているそうですね。

ヴィルヘルム・シュミット:はい。もし店舗での販売を他人に委ねられていたら、どうやってお客様とコンタクトを取るのでしょうか? 私たちは現在、これまでよりも多くの顧客と直接コンタクトを取っています。ですから、局所的ではなく世界的に、常に直接フィードバックを得ることができています。私たちは、お客様が何に感動し、何に魅力を感じ、何に悩んでいるのか、よく理解しているつもりです。必要な時に時計に変化を加えるためには、これらを理解することが大切なのです。

A.ランゲ&ゾーネ

2022年にオープンしたベルリンのブティック。A.ランゲ&ゾーネは直営店の展開を強化している。

ブティックの展開と販売店との関係

WatchTime:ドレスデン、ミュンヘンに続き、2022年はフランクフルトとベルリンで店舗を新たにオープンされましたね。この店舗に対する満足度はいかがですか?

ヴィルヘルム・シュミット:非常に満足しています。この2店舗は、ドレスデンとミュンヘンの店舗に加えて、ドイツ市場について以前にはなかった深い洞察を与えてくれます。また、商業的にも成功しています。

WatchTime:ブティックで成功するために必要なことは何でしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:まず、ブティックがどこにあっても、同じ基準を持つことが重要です。そして、スタッフが常にお客様が期待するサービスを提供できるようにすることです。ひとつの店舗を運営するのも大変ですが、私たちのような店舗のネットワークは、その何倍も複雑です。現在、自社で28店舗、外部で18店舗を運営しており、さらに4店舗を準備しています。

A.ランゲ&ゾーネ

フランクフルトにある、A.ランゲ&ゾーネのブティック。

WatchTime:店舗のネットワーク構築において、難しい点は何でしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:親しみやすさを失うことなく、より多くのことを自動化する必要があります。また、個性を失わずに標準化しなければなりません。そして、お客様が期待する体験を実現するためには、まったく異なる社内プロセスや組織が必要なのです。

WatchTime:ドイツ国内で、新たに店舗をオープンする予定はありますか?

ヴィルヘルム・シュミット:いいえ。私たちのブティックでは、すでに最も重要なモデルを含むスタンダードなコレクションを展開することが困難になっています。ましてや、それらを販売できるようにするのはさらに難しいことです。今、さらに販売拠点を増やすとしたら、こういった問題を悪化させることになるでしょう。私たちはすべてのブティックで、時計の在庫状況、サービス、顧客体験に高いレベルを要求しています。これは、自分自身をコントロールし、どこにでもブティックを開かないようにしなければならないということでもあります。

WatchTime:その代わりに、さらに多くの販売店との取引をやめていくのでしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:このプロセスは本格的に進行中です。すでに多くの販売店から離れていますが、それは私たちが年産5000〜5500本を超えることができないためです。私たちの時計は優れた知識と技能を持った人々によって作られており、そのため高い需要には応えることができません。販売店が高単価な販売スペースを提供してくれるのは、そこで十分な本数の時計が販売できることを期待してのことです。しかし、こちらが十分な本数を供給できないのであれば、公正を期すために、残された販売店に対して潤沢な供給ができるまで販売店の数を減らさなければなりません。

WatchTime:つまり、A.ランゲ&ゾーネにとっての成長は、生産本数を増やすことではなく、より複雑でより高価なモデルを生み出すことによって実現できる、ということですか?

ヴィルヘルム・シュミット:その通りです。私たちは複雑な時計を作り続けていますし、今後もその方向性で進める予定です。ですから、生産本数を増やすということに関しては、あまり期待できないでしょう。ですから、残されたパートナーがビジネスを享受できる規模まで、販売網の縮小を行う必要があるのです。

WatchTime:エントリーレベルといえる価格帯の時計はどのモデルなのでしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:それはやはり「サクソニア・フラッハ」です。現在、価格は300万円を超えています。ちなみに、このモデルは先ほど申し上げたことの良い例で、他の時計のために生産能力の確保が必要なことから、将来的には生産数量をかなり減らす予定です。サクソニア・フラッハは、コンプリケーションと同じ精度、同じ量の手作業で、同じように細部まで注意を払って作られています。他の時計と同じく2度組みされ、ゴールドやプラチナのケースが使われています。ですから、サクソニア・フラッハの本数を維持することは、今の私たちには不可能なのです。

サクソニア・フラッハ

A.ランゲ&ゾーネ「サクソニア・フラッハ」
自動巻き(Cal.L093.1)。パワーリザーブ約72時間。18KPGケース(直径37mm、厚さ5.9mm)。3気圧防水。336万6000円(税込み)。

次世代の時計職人の育成

WatchTime:高級腕時計の製造には、よく訓練された時計職人が必要です。次世代の育成については、現在どのような状況ですか?

ヴィルヘルム・シュミット:私たちは25年以上前から時計職人を育成しており、これまでに延べ240人以上の若い人材を育ててきました。現在は、1年目、2年目、3年目の実習生が36名います。これ以上必要かというと、理論的にはそうですが、数が多ければ多いほど品質が上がるとは限りません。私たちの場合、適切な時計職人の人数は年間約12〜15名といったところです。この人数であれば、6名のトレーナーの下できちんと面倒を見ることができます。

WatchTime:実習生はどのような地域から来るのですか? 遠方からも来るのでしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:はい。約80%が地元からですが、フィンランドや日本、ハワイ出身者もいます。

A.ランゲ&ゾーネ

A.ランゲ&ゾーネでの時計職人の訓練の様子。


オデュッセウス・クロノグラフについて

WatchTime:2023年のウォッチズ&ワンダーズで、A.ランゲ&ゾーネは「オデュッセウス・クロノグラフ」を発表しましたね。なぜ、オデュッセウスの最初のコンプリケーションをクロノグラフにしたのでしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:私たちの初めての自動巻きクロノグラフムーブメントを搭載するのに、これほどふさわしいコレクションはないからです。ムーブメントの名称を見れば、私たちがずっと前からこのことを考えていたことがお分かりいただけると思います。

オデュッセウス・クロノグラフ

A.ランゲ&ゾーネ「オデュッセウス・クロノグラフ」
自動巻き(Cal.L156.1 DATOMATIC)。52石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径42.5mm、厚さ14.2mm)。12気圧防水。世界限定100本。価格要問合せ。

WatchTime:ムーブメントはCal.L156.1と呼ばれています。最初の2桁から、開発は2015年に始まっていると推察されますが、いかがでしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:計画の始まりはその時期でした。具体的には、ムーブメントの開発に6年間取り組んだのです。自動巻きクロノグラフというのは、それ自体がすでに複雑で難しい開発となります。加えて「ランゲ1」や「ツァイトヴェルク」に近い、なじみ深いデザインを維持したいと考えました。つまり、ふたつの表示窓を持つ文字盤、というデザインはあらかじめ決まっていて、クロノグラフムーブメントの開発はそれに合わせる必要があったのです。

L156.1

A.ランゲ&ゾーネ初の自動巻きクロノグラフムーブメント、Cal.L156.1 ダトマティック。

WatchTime:オデュッセウス・クロノグラフの最初の納品は、いつ頃になる予定ですか?

ヴィルヘルム・シュミット:2024年を予定しています。

WatchTime:このCal.L156.1が、他のコレクションでも採用される可能性はないのでしょうか?

ヴィルヘルム・シュミット:ありません。オデュッセウス・クロノグラフ専用となります。

最大の課題は2本のクロノグラフ針と防水性の確保

WatchTime:オデュッセウス・クロノグラフの実現において、克服しなければならなかった最大の課題はなんでしたか?

ヴィルヘルム・シュミット:非常に多くありました。例えば、中央の2本のクロノグラフ針です。両方が相関関係にあるので、制御しつつ加速・停止を行う対象が2倍になったということです。また、リュウズにふたつの機能を持たせながら、これまでと同じ120m防水を実現しました。クロノグラフ機構を組み込むにあたっては、デイ・デイト表示とスモールセコンドを、時計を厚くすることなく仕上げなければなりませんでした。

WatchTime:オデュッセウス・クロノグラフの価格はいくらですか?

ヴィルヘルム・シュミット:現在の予価は約13万5000ユーロです。正確な価格は、2024年以降に時計を納品できるようになってからお伝えできる見込みです。

オデュッセウス・クロノグラフ

ウォッチズ&ワンダーズで撮影されたオデュッセウス・クロノグラフ。



Contact info: A.ランゲ&ゾーネ Tel.0120-23-1845


2023年 A.ランゲ&ゾーネの新作時計まとめ

https://www.webchronos.net/features/92998/
A.ランゲ&ゾーネ「オデュッセウス・クロノグラフ」について、商品開発ディレクターのアントニー・デ・ハスにインタビュー


https://www.webchronos.net/features/95983/
A.ランゲ&ゾーネ。ドイツが誇る高級時計の歴史と厳選モデル15選

https://www.webchronos.net/features/40273/