ジャガー・ルクルト/レベルソ

FEATUREアイコニックピースの肖像
2019.07.04

広田雅将:取材・文 奥山栄一:写真
[連載第4回/クロノス日本版 2011年5月号初出]

1931年の誕生から、優に80年を超える歳月を重ねてきた「レベルソ」。その独創的な反転ケースと古典的な意匠は、色褪せることなく、今日に至るまでアイコニックな存在であり続ける。いかにして、その独特な形状が生み出され、80年以上という歳月の中で熟成されてきたのだろうか?歴史と変遷を辿りつつ、1931年のオリジナルモデルと、ちょうど80周年を迎えた2011年に発表されたトリビュートモデルのディテールを検証することで、レベルソの備える機能的なアイコニックデザインの秘密を解き明かす。

1931 REVERSO

原始、レベルソはアールデコをまとったスポーツウォッチだった

レベルソ オリジナルモデル(1931)

レベルソ オリジナルモデル(1931)
1931年初出のオリジナル。ケースを反転させることで、風防を完全に保護できる。レベルソが堅牢さを意図していたことは、高級版の「デラックス」が、サファイアクリスタル製の風防を採用していたことでも想像できよう。ムーブメントはタバン製のCal.064。ステイブライトケースはジュネーブのA&Eウェンガー社製。ほかに9K、14K、18Kゴールドケースが存在した。手巻き。非防水。ジャガー・ルクルト蔵。

 セーフティーファースト(安全第一)。初期のレベルソのカタログには、こう記されている。レベルソが安全性を謳ったのも当然だろう。というのも、ケースを反転できるレベルソは、風防の破損を確実に防ぐことのできる、当時唯一の腕時計だったからである。今や風防の破損はまず起こらない。しかし、風防素材としてプレキシガラス(=アクリルガラス)が普及する1940年代まで、ガラスの破損はしばしば深刻な問題を引き起こした。

 第一次世界大戦中、多くの兵士が戦場に腕時計を帯同した。これらの多くはガラス製の風防を持っていたが、巨大なプロテクターを被せることで、その破損を防いでいた。確かに、それは有用だったが、お世辞にもスマートな解決策とは言えなかった。大ぶりな時計が好まれなかった当時は、なおさらである。では、より洗練された方法でガラス面を保護できないのだろうか。最も優れた回答のひとつが、ケースを反転させてガラス面を保護するレベルソであったと言える。そう考えれば、レベルソが軍用時計として採用されたのも理解できる。防水性はないが、少なくとも割れた風防でけがをすることはない。

 また、レベルソは、ケースに当時最新の素材であったステイブライト(1913年にイギリスの鉄鋼メーカーによって発見されたステンレススティールの一種で、12%のクロムを含む合金)を用いていた。多くのメーカーがケース素材としてクロムメッキされた真鍮を使う中、レベルソは加工しにくいが、錆びにくく強靱な素材を採用したのである。腕時計としては、おそらく極めて早い時期の採用例にあたるだろう。確かに、レベルソは、薄く洗練された外装を持っていた。しかし、この時計が意図したのは、あくまでもどこでも使える〝ユニバーサルウォッチ〟であった。その先見性は、高く評価されていいだろう。

(左上)バックとラグの噛み合わせ。噛み合わせを階段状に成形することで、両者の接触面積を極大化しているのが分かる。戦前からステンレススティールケースを好んできたジャガー・ルクルトだが、溶接にはてこずったらしく、バックとラグの噛み合わせは幾度となく変更されている。(右上)基本的なケースの構成は、1931年から79年のモデルまで同じ。レールを設けたバックとラグを溶接し、一体化している。レベルソの模倣品は少なくないが、ステンレススティール製のものはほとんど見かけない。理由は、ステンレススティールの溶接が極めて難しかったためである。(中)ケースサイド。堅牢なラグとバックでケースを支えるという構造が見て取れる。興味深いのは、ラグと裏ブタに与えられた曲面。すでに装着感を考慮しているのが分かる。ただ、おそらくは製法が変わったためか、ケースの設計が若干変更された1940年代以降、裏ブタはフラットになった。(左下)ケースを反転させる様子。「セーフティーファースト」を狙ったためか、最後までスライドさせきらないと、ケースは反転できない。強い衝撃を受けた際のことを考慮したのだろう。ケースの粗い噛み合わせが示す通り、1985年の第2世代のケースに至るまで、すべてのレベルソは非防水。(右下)ブラックラッカーを塗布した黒文字盤。塗り直しされてはいるが、塗布面のニュアンスは原型に近いと想像できる。ラグに対してひと回り大きいケースは1985年までの第1世代のケースに共通する特徴だ。ただし、79~85年までのモデルはケースに施されたゴドロンが二重である。