シャネル/J12

FEATUREアイコニックピースの肖像
2020.05.14

J12 WHITE 38m/m
進化を続ける〝ホワイト・クラシック〟

J12
2003年初出。09年にマイナーチェンジを受けたJ12は、近年外装の仕上げなどにも手を加えた。大きな違いは文字盤。単色のポリッシュラッカーから、下地を細かく荒らし、表面にクリアラッカーを吹いたものに改められた。あくまで筆者の私見だが、より女性用に振ったモディファイだろう。自動巻き。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。ハイテク セラミック(直径38mm)。200m防水。62万円。

 2000年9月に発売された当初のJ12は、ブラックケースのみだった。ケース径は33ミリと38ミリ。その3年後にはホワイトを追加し、11年には新色のクロマティックカラー(=チタン セラミック)を加えたが、基本的なデザインは変わっていない。しかしディテールは年々進化している。とりわけブラックよりも、ホワイトの方が、外観上の変化は著しい。

 筆者の見る限り、2003年の初出以降、J12 ホワイト(現J12)は少なくとも2回のマイナーチェンジを受けている。09年には文字盤外周にインナーリングが追加され、最新版は文字盤の仕上げも変更されているようだ。これらの狙いをシャネルは明らかにしないが、かつてのモデルに並べると一目瞭然だ。J12は立体感を増し、微妙なニュアンスを備えるようになったのである。現在のトレンドに倣ったと言えばそれまでだが、さすがにシャネルだけあって、手の入れ方が細かい。

 現行のJ12 ホワイトで目を引くのは針だ。かつてシャネルはダイヤモンドカットした針の表面だけに、薄く黒を載せていた。意図的に表面だけを塗装したことは、側面に色が回っていないことからも分かる。しかしこのモデルでは、シャネルは針の側面にまで色を回し、かつJ12 ブラック同様、塗料を厚く盛るようになった。凹凸が出るため、一般的な時計メーカーはこうした手法を好まない。しかしJ12の色載せは完璧であり、厚く盛った結果、時計としての立体感はかなり強調された。

 文字盤も、かつては単色のポリッシュラッカーだったが、最新作では下地を荒らし、その上にクリアラッカーを吹いたものに変更された。ラメ調に見える文字盤は、他社にはまず見られないものだ。

 シャネルらしい細部に対する執念。こういった試みは、13年の「J12 ホワイト ファントム」でいっそう強調されるに至った。

初出以来大きく変わっていないJ12 ホワイトだが、細部のディテールは大きく進化している。(左上)塗料を厚く載せた時分秒針。発表当初は表面だけに薄く黒を載せていたが(側面には意図的に色を回していない)、近年は塗料を厚盛りするようになった。おそらくブラックモデルに倣った変更だろう。色を厚く載せているにもかかわらず、表面は平滑であり、色載せもほぼ完璧である。当然ながら、側面にも完全に色が回っている。(右上)わずかに表面を荒らした文字盤。表面にクリアなラッカーを吹き、研ぎ出していることが分かる。かつての単色ラッカーも魅力的だが、新作の方がより繊細な表情を備えている。(中)弓なりに湾曲したケースサイド。重心は低く、ブレスレットとの重さのバランスも適切である。これが男性にも使える初の腕時計ということを考えれば、ジャック・エリュの才能は容易に想像できよう。(左下)ネジ留め式のケースバック。スクリューバックを採用しなかった理由は、ケースバックを腕に沿うよう湾曲させるためだろう。(右下)デルリン製のインデックスと、デイト窓。立体感を出すために、インデックスの内部には軽く凹みが設けられている。面白いのは色の使い方である。普通は黒のデルリンでインデックスを成形するが、わざわざ白いデルリンを黒く塗装していることが分かる。効果を狙ったのかは不明だが、くぼんだ部分に薄く塗料が載ることで、インデックスの立体感が強調された。なおレイルウェイトラックの外周に置かれた銀の枠も、J12 ブラックに比べてわずかに細くされている。仮に枠が太かったら、文字盤全体に対して印象が強くなりすぎただろう。


J12 WHITE PHANTOM 38m/m
〝オールホワイト〟を纏ったアニバーサリーモデル

J12 ホワイト ファントム
「J12 ホワイト」の10周年記念モデル。文字盤の仕上げが一新されたほか、デイト表示やベゼル上の数字も廃された。文字盤上の白や銀のニュアンスを細かく変えることで、単色にありがちな平板さを抑えている。近年のシャネルの在り方を体現した1本。自動巻き。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。ハイテク セラミック(直径38mm)。世界限定2000本。200m防水。参考商品。

 J12 ホワイトの10周年を記念する限定モデルが、2013年発表の「J12 ホワイト ファントム」である。基本的なデザインは、既存のJ12 ホワイトに同じ。しかし仕上げのニュアンスを変えて、表情に変化を加える近年のシャネルの手法は、このモデルで一層際立っている。

 J12 ホワイトとの違いは文字盤にある。といっても、ただすべてを白くしたわけではない。文字盤の地を荒らす手法は、J12 ホワイトに同じ。しかしより細かく荒らすことで、シャイニーさをいっそう強調している。それに併せて、レイルウェイトラック外周の銀枠も太くされた。文字盤の地が光るようになったため、枠も太くした方がつり合いを取れるというシャネル一流の配慮だろう。

 このモデルはロゴの処理も面白い。レイルウェイトラック同様の印字(いわゆるタコ印刷)と思いきや、このモデルはロゴがシール状のエッチングシート貼りとなっている。

 実は、金色や銀色のロゴは、時計メーカーにとっての鬼門である。銀を印字すると、どうしても印字の締まりが甘くなる。締まりを良くしたければ銀の粒子を細かくすればよいが、そうすると色調は灰色に寄ってしまう。筆者の知る限り、ロゴを銀や金で印字して、成功した例はほとんどない。おそらくはそれが理由で、シャネルはロゴを印字ではなく、エッチングシート貼りに改めたのだろう。これならばロゴが明瞭になるうえ、立体感も得やすい。他のラグジュアリーブランドでも採用し始めた手法だが、過剰なツヤを持たせなかったのがシャネルのシャネルたる所以である。過剰に光らせると、文字盤がややチープに見えるうえ、荒らした下地とのバランスも悪くなるからだ。

 かつてのJ12を見た筆者は、これ以上、手の加えようがないと考えた。しかしそうでなかったことは、このモデルが証明している。

基本的には「J12 ホワイト」の文字盤違いだが、仕上げを含めてまったくの別物。(左上)黒から白に変更された針。おそらくはJ12 ブラックからの転用だろう。やはり黒針同様、塗料を厚く載せるのが今のシャネルの好みである。文字盤上のロゴが立体的に見えるのは、エッチングシートを採用したため。印字を用いたレイルウェイトラックとの質感の違いは明らかだ。転写ロゴにありがちなツヤを抑えることで、荒らした文字盤の地とマッチさせているのは極めて優れたアイデアである。(右上)文字盤外周に設けられたインナーリング。J12 ホワイトからの転用に見えるが、印字は黒ではなく、シルバーに改められた。(中)セラミックのケースとブレスレットを製作するのはシャネル傘下のG&Fシャトラン。J12以降、他社もホワイト セラミックを採用するに至ったが、今なおシャネルほどの評価は得られていない。一般的に言えば、安価なホワイト セラミックは、素材の繋ぎに用いるバインダーが劣化し、黄色く変色してしまう。シャネルのホワイト セラミックが専門家から評価を得てきた理由は、退色に強く、純白を保つ点にある。(左下)8本のネジで固定されたケースバック。裏蓋には「10th ANNIVERSARY LIMITED EDITION」の刻印がある。(右下)カレンダー表示が廃された文字盤。文字盤自体の仕上げも、J12 ホワイトよりシャイニー感を強調したものとなった。ちなみにデルリン製のインデックスは無塗装。色や仕上げを変えるシャネルの手腕は、このモデルでいっそう冴えている。