ブレゲ/トラディション Part.2

2005年に発表されたブレゲ「トラディション」は、実用性とブレゲらしい審美性を両立させようと考えた、ニコラス G. ハイエック肝煎りのプロジェクトだった。彼亡き後も、ブレゲの開発チームはこの困難な課題に取り組み、今やトラディションを、一大コレクションへと成長させた。その歩みを、省スペースという観点から見ていこう。

ブレゲ トラディション

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年1月号掲載記事]


TRADITION 7057
ケースサイズが拡大された第2世代のベーシック

トラディション 7057

トラディション 7057
7027の後継モデル。基本構成は同じだが、文字盤が拡大され、立体感も強調された。またモノトーンが打ち出された。手巻き(Cal.507DR)。34石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWG(直径40mm、厚さ11.65mm)。3気圧防水。338万8000円(税込み)。

 2005年に発表された初代「トラディション 7027」は、たちまち大きな成功を収めた。ブレゲならではのシンメトリーなデザインに、ムーブメントを露出させた、モダンスケルトンのはしりとも言える構成は、世代を問わず、時計好きたちを熱狂させるには十分だった。そのケースサイズは37mm。ニコラス G. ハイエックは、時計専門のインターネット掲示板『ピュリスト』のインタビューで、「女性でも使えるように」とその理由を述べた。

 また彼はこうも語った。「時計を大きくすべきでない。というのも、37mmサイズのトラディションが備えているような美とハーモニーを持てないからだ。大きな時計を見ると私はこう思う。『ノー、私たちは時計を大きくしたくない』と」。

 もっとも、ハイエック・シニアは、市場のトレンドには敏感だった。7027のヒットを受けて、ブレゲはトラディションのラインナップを拡充。10年にはケースサイズを拡大した7057を発表し、翌11年には、モノトーンを強調したモデルを追加した。トラディションの方向性は、このモデルで完成したと言ってよい。

 ケースの拡大に対して慎重だったハイエックは、自動巻きモデルでさえも、1mmのサイズアップしか許さなかった。しかし、40mmに変えるにあたって、実に細やかなモディファイを行った。ムーブメントは従来に同じであるため、そのままではバランスが崩れる。対して、文字盤も大きくし、見返しを広げることで、時計としてのバランスを保ったのである。併せて、パワーリザーブ表示も立体化することで、時計としてのバランスは、むしろ7027よりも改善された印象を受ける。

 そもそもはブレゲの伝統を強調していたトラディションは、以降、大きなサイズと、モノトーンのカラーを強調した、万人に訴求するコレクションに変貌を遂げていく。

トラディション 7057

(右)7027と7057の大きな違いが、文字盤の上に移動したパワーリザーブ表示。別部品をはめ込むことで、立体感を強調している。またケース径の拡大に伴い、見返しが斜めに落とされるようになった。(左)7027から継承するのが、パラシュート式の耐震装置(EU特許EP1708053)。初代ブレゲが1790年に発明し、1806年に完成させた耐震装置を、今に復活させたものだ。「腎臓型」の可動式のヒゲ持ちと、フリースプラングテンプも7027に同じ。初出からしばらくして、巻き上げヒゲは最新のシリコン製(EU特許EP2184653A1)に改められた。ブレゲは2003年からシリコン製ヒゲゼンマイの開発に着手。当初は膨張率をコントロールできなかったが、酸化処理で品質が安定するようになった。

トラディション 7057

ケースサイド。造形は7027に同じだが、厚みが11.8mmから11.65mmとわずかに薄くなった。文字盤が大きくなり、風防とのクリアランスが狭くなった結果、視認性は明らかに改善された。

トラディション 7057

(右)ブレゲならではの細いラグとコインエッジを施したケースサイド。2010年の初作に比べて、写真の現行モデルのほうが、ケースの磨きなどは明らかに良い。(左)文字盤側に比べて、ケースバックからの眺めは「散文的」だ。裏蓋側に置かれたのは、針合わせ、巻き上げ、そしてパワーリザーブ機構のみ。


TRADITION TOURBILLON FUSÉE 7047
鎖引き定力装置を備えた最高峰のトゥールビヨン

トラディション トゥールビヨン・フュゼ 7047

トラディション トゥールビヨン・フュゼ 7047
トゥールビヨンブーム真っ只中の2007年に発表された野心作。鎖引きのフュゼ、トゥールビヨン、そしてシンメトリーなデザインを、腕時計として使えるサイズにまとめ上げている。手巻き(Cal.569)。43石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約50時間。Pt(直径41mm、厚さ15.95mm)。30m防水。2259万4000円(税込み)。

 1999年にブレゲを手中に収めたハイエック・シニアは、長らく歴史に埋もれていたトゥールビヨンを前面に押し出そうと考えた。まず引っ張り出されたのは、88年にリリースされた「Ref.3350」だった。ブレゲの技術陣は、このモデルの輪列をそっくり転用して、新しいトゥールビヨンを完成させた。2006年の「クラシック ダブル トゥールビヨン 5347」は、ふたつの香箱とふたつのトゥールビヨンを載せたムーブメント自体が、12時間で1回転する傑作だった。

 しかし本当の意味で、全く新しい設計を持つのが07年の「トラディション トゥールビヨン・フュゼ 7047」である。これは、主ゼンマイのトルクが安定する鎖引きのフュゼを搭載するほか、チタン製のキャリッジとテンプを持つ野心作だった。フュゼの設計は非常に興味深い。一般的な鎖引きがコーン状の香箱を持つのに対して、ブレゲは高さを抑えた香箱を採用した。特許資料には「このタイプの目的は、フュゼの高さを可能な限り抑えること」とある。また、特許を取得した新しいパワーリザーブ機構も、歯車の数を減らすことで、シンプルで小さくすることを狙ったものだった。シンメトリーな造形を持つトラディションの場合、シンプルな造形は非常に重要な条件だったのである。

 加えてブレゲは、トラディションらしい見せ場を設けた。キャリッジの直径は17mm、テンワのそれは13mm。精度を追求するだけならば、これほど大きなテンワを持つ必要はない。しかし、ブレゲは、トラディションの個性であるシンメトリーな造形を維持するために、腕時計らしからぬ大きなテンワを与えたのである。高機能と審美性を両立させようとするトラディションの在り方は、本コレクション初のコンプリケーションとなる、トゥールビヨン・フュゼで明確だったのである。

トラディション トゥールビヨン・フュゼ 7047

(右)鎖引きのフュゼにもかかわらず、普段使いできるサイズに収まった7047。可能にしたのは、新しい「滑車」である(EU特許EP2735919)。鎖を薄くし、滑車の高さを可能な限り抑えることで、ケースの厚みは15.95mmに留まった。(左)直径17mmのキャリッジには、直径13mmもの巨大なテンワが格納される。文字盤とほぼ同径のキャリッジはチタン製。テンワも同様だ。なお、審美性を重視するため、パワーリザーブ表示も極端に小さくされた(EU特許EP1970778)。パワーリザーブ機構を香箱軸に直接連結することで、減速ギアを使用することなく、パワーリザーブ表示を実現した。また表示の角度を30度以下と小さくすることも、小型化に寄与した。

トラディション トゥールビヨン・フュゼ 7047

クラシック ダブル トゥールビヨン5347で極端に盛り上がったサファイアクリスタル製の風防を採用したブレゲは、翌年の本作にもこの風防を用いた。ミドルケースとベゼルの高さを抑えられるため、実際の厚みよりも、時計は薄く感じられる。

トラディション トゥールビヨン・フュゼ 7047

(右)7057に共通するラグとコインエッジ。極端に大きなムーブメントを格納するためベゼルは細くされた。(左)ケースバック。2番車がオフセットされたレイアウトにもかかわらず、7047は針合わせ時の針飛びが皆無である。実用性への配慮は、トラディションに限らず、現行ブレゲの大きな美点だ。



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