【84点】IWC/ポルトギーゼ・オートマティック

FEATUREスペックテスト
2015.08.04

 

良好な眺め。ローターと地板はスケルトナイズされ、内部機構の多くを見ることができる。

分解

まず気づくのはローターのデザインが変わった点だ。プローブス・スカフージアと刻印されたゴールドのメダルが少し小さくなり、ローターのアーム部分は透かし細工のようにくり抜かれているため、下にある機構を以前よりも多く見ることができるようになった。ローターは、面取りを施したエッジと美しい骨格により、より立体的に見え、ゴールドプレート仕上げのメダル、浮き彫りの文字、メダルを中心に広がるサンバースト模様によって、ローターは見る人を飽きさせない仕上がりとなっている。
 先代ムーブメントのローターと新型のローターをはかりに載せて比較してみると、新型が5・02gと、旧型よりも0・65グラム軽くなっていることが分かった。これは、約13%の軽量化を意味する重要な改良点である。これまで、重たいローターでローター真が折れ、ポルトギーゼが工房に戻ってくることが時折あったからである。ローターの軽量化により、こうした事故は今後、起こりにくくなるだろう。
 ローターブリッジは、完全に新しいレイアウトになり、くり抜かれたいくつかの開口部から、その下の香箱や歯車がよく見える。エッジは面取りされているが、ポリッシュ仕上げは施されていない。もう少し手を掛けていたならば、より美しかったことだろう。円状のコート・ド・ジュネーブはローターブリッジによく似合う。

分解されたスタイルアイコン。これらは、ポルトギーゼ・オートマティックの構成部品のほんの一部に過ぎない。

ぺラトン自動巻き機構

 ここでようやく、新型ムーブメントのハイライト、ペラトン自動巻き機構が姿を現す。機能はいたってシンプルだ。ローラーを2個備えたロッキングバーがローターに取り付けられたハートカムを挟み込むかたちになっており、ローターが回転するとそのハートカムによってロッキングバーが左右に動かされ、ロッキングバーに取り付けられたふたつの巻き上げ爪が巻き上げ車の歯に噛み合う。ロッキングバーがどちらの方向に傾いても、巻き上げ爪のいずれかが巻き上げ車を回転させるので、効率的に主ゼンマイを巻き上げられるようになっている。
 巻き上げ爪と巻き上げ車にハイテクセラミックス(酸化ジルコニウム)が採用されているのも新しい点である。ハイテクセラミックスは極めて摩耗に強い素材である。したがって、この部分に関しては、摩耗の心配はほぼなくなったと言っても過言ではない。ルビー製のローラーに取り付けられたピンにも改良が加えられた。このピンは、これまでは摩耗の著しい部品だったが、焼き入れ処理を施すことで硬化させたことから、それほど頻繁に交換しなくても済むようになった。また、新作では黒く輝くブラックセラミックスが使用されているため、以前のようにプラスチックと間違われることもないだろう。酸化ジルコニウムのハイテクセラミックスはローター軸受けにも採用されており、摩耗の軽減に貢献している。
 IWCは、ムーブメントの心臓部にもメスを入れた。テンプの振動数は2万1600振動/時から2万8800振動/時に引き上げられ、ふたつになった香箱が約7日間のパワーリザーブを叩き出す。これらの改良点は、いずれかを行うだけでも、ムーブメントを一から設計し直す必要があるものだ。必要なスペースとパーツ同士の位置関係を根本的に見直さなければならないのがひとつめの理由で、もうひとつの理由は、振動数を変えることで輪列のギヤ比を変えなければならず、歯車の大きさが変わるとムーブメント内での輪列の配置を変更しなければならないためである。両者を同時に敢行した背景には、精度をさらに向上させたいという、IWCの強い意志が感じられる。精度の向上にツインバレルは欠かせない。たったひとつの香箱で約7日間という長いパワーリザーブを確保しようとすれば、フル巻き上げ時とゼンマイがほどけた状態とでは、必然的に大きなトルク差が生じ、結果として振り角も大きく落ちて精度も下がる。ツインバレルであれば、このトルク差は約半分になる。
 歩度測定機で計測した結果、ツインバレルの採用が正解だったことが明らかになった。完全に巻き上げた状態から5日後の振り落ちは30度だったが、この程度なら許容範囲内だろう。いずれにしても、このムーブメントでは水平姿勢から垂直姿勢に変わった時の振り落ちが45度と、かなり大きいため、これ以上の振り落ちは精度に著しい悪影響を及ぼす。日差はフル巻き上げ時でプラス1秒/日からプラス8秒/日の間で、完全に巻き上げてから5日後の精度は0秒/日からプラス12秒/日の間と、安定していた。
 実際、約7日間というロングパワーリザーブは、ポルトギーゼ・ オートマティックを長期間、放置しておかない限り、必要ないだろう。この時計のパワーリザーブ表示は、オフィスでデスクワークをしているだけでもフル状態のままほとんど変わらない。巻き上げ効率がいかに秀逸かを物語っている。

 ムーブメントをさらに分解していくと、下側にあるパーツには装飾が施されていないことが分かった。残念ながら、今やここまで装飾を施すブランドはほとんどないと言っても過言ではないが、IWCも例外ではないようだ。ストップセコンドレバーなど、打ち抜き加工という性質上、美観に劣るパーツがある一方で、ポリッシュで美しく仕上げられたネジ頭が混在するなど、全体像として一貫性に欠ける感もあるが、外側から見える部分のパーツが丁寧に装飾されているのは好印象である。
 調速機構も改善されている。ヒゲゼンマイはブレゲ式エンドカーブを備え、緩急針がないことから、自由に振動することができる。微調整はテンワに取り付けられた4個の重さ補正ネジで行う。重さ補正ネジはネジ頭が四角形なので、IWCのサービスセンターには特別なツールが用意されている。
 日付調整機構も特筆に値する。摩擦を最小限に抑えるため、地板にフライス加工で削り出した細いレールの上を日付リングが回転するように設計されている。日付リングは、太い螺旋のような形状の切り替えカムでひとつ先に送られ、日付が瞬時に切り替わる。切り替えカムはその前方の部分で、板バネで留められたディスクをひとつ先に切り替えるパワーが蓄えられるまで日付リングの突起を押さえ続ける。また、スプリングの効いた切り替えカムは反対方向にもスリップできる構造になっているので、機構を損傷することなくいつでも日付を早送りすることができる。