「ポルトギーゼ・オートマティック 42」は、スイス時計の中でもひときわ際立つクリアなデザインを誇る。2024年、IWCがこのモデルに控えめなアップデートを施したのは、自然かつ必然の進化だろう。目を引くのは、新たに採用された文字盤色だ。

Text by Rüdiger Bucher
IWC:写真
Photographs by IWC
岡本美枝:翻訳
Translation by Yoshie Okamoto
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
高貴なる実用時計
IWCの「ポルトギーゼ」は、記憶に残る歴史に彩られたアイコニックな存在である。その歩みは実質的にふたつの章に分かれており、第1章は1939年に、第2章は2000年に幕を開けた。
大型腕時計の代名詞「ポルトギーゼ」
ポルトギーゼという名称は、実際にポルトガルと深い関わりを持つ。その起源は、1930年代末、ポルトガル・リスボンとポルト出身のふたりの商人がIWCを訪れ、視認性と高精度を兼ね備えた腕時計を特注したことにさかのぼる。こうして、当時としては異例の大型腕時計の開発が始まった。この時、スイス・シャフハウゼンの時計師が採用したのは、直径38mmの懐中時計用ムーブメント、キャリバー74だった。厚さ4mmという薄型設計の手巻き式ムーブメントの恩恵により、当時からすると大型ケースを採用しながらエレガントな腕時計が実現したのである。アラビア数字インデックスとスリムなリーフ針、6時位置にスモールセコンドを備えたシンプルで視認性に優れた文字盤を採用した、初代ポルトギーゼとその後継モデルは、高い審美性を備えていた。しかし、30年代から40年代の顧客の大多数にとって、そのサイズはやはり大きすぎたのである。
優れた文字盤のプロポーションと自社製ムーブメント

発表された1939年当時、ポルトギーゼの時代はまだ到来していなかった。だが、1993年に状況が一変する。ブランド創業125周年を記念して、IWCは懐中時計用ムーブメントを搭載したポルトギーゼの新たなモデルを発表。この新作が大きな人気を博したことを受け、IWCはポルトギーゼをコレクションとして本格展開し、スプリットセコンドクロノグラフやミニッツリピーター搭載モデルなど、ラインナップの拡充が図られた。
2000年、ポルトギーゼは大きな飛躍を遂げることとなった。クルト・クラウス率いる設計部門が新型自動巻きムーブメント、キャリバー5000を開発し、IWCはこれをポルトギーゼの最新モデルに搭載したのである。キャリバー5000には、現在のムーブメントに受け継がれている多くの特徴がすでに備わっていた。ロングパワーリザーブ、ペラトン式自動巻き機構、そして、ローターにあしらわれたゴールドのメダルなど、そのすべてが今後の方向性を占うものだった。
新作モデルの成功は、機構そのもの以上に、絶妙なデザインにも起因していた。パワーリザーブ表示がスモールセコンドと対になる3時位置に配されたことで、クロノグラフを思わせる表情が文字盤に生まれたのである。文字盤でのインダイアルの配置も適切で、可能な限り文字盤の外側に寄せ、十分な大きさを保ちつつ、過剰さはない。
アラビア数字インデックスも、ポルトギーゼの顔を特徴付ける重要な要素だ。2時、4時、8時、10時のマーカーは、インダイアルの配置の影響で欠けてはいない。この意匠は、現行の「ポルトギーゼ・オートマティック 42」にも受け継がれている。インデックス中の1と11の書体は装飾(セリフ)のないサンセリフ体が採用されており、実用的でありながらモダンな印象が生まれている。オリジナルのポルトギーゼに配されたインデックスを想起させ、当時のデザインよりもコンパクトで精緻な仕上がりとなった。
2004年には、わずかな改良が施されたRef. 5001が登場した。このモデルは改良されたムーブメントであるキャリバー50010を当初搭載していたのだった。


さらに改良が加えられ、Ref. 5007に進化、そのデザインコードは2024年にRef. 5017が登場するまで、長らく愛され続けていた。
とりわけ、文字盤の縁に配されたレイルウェイミニッツトラック、スモールセコンドを囲むレイルウェイタイプのフレーム、そして、これに呼応するようにデザインされたパワーリザーブ表示が、大きな文字盤をコンパクトに引き締め、デザインに気品と威厳をもたらしている。この進化により、腕時計の外観には実用的でありながら高貴な印象が与えられ、今日でも説得力のある審美性を備えることになったのである。なお、第2世代にあたるRef.5001から6時位置に日付表示窓が追加された。
ムーブメントの改良
Ref. 5000の登場から数年間、IWCはムーブメントの改良に心血を注いだ。2005年までに導入されたキャリバー51010では、従来採用されていた緩急針を用いないフリースプラングテンプを採用。振動数を1万8000振動/時から2万1600振動/時に引き上げて精度の向上を図った。また、歯車の形状や香箱の支持位置といったディテールも改善された。
2015年、IWCは次世代ムーブメントとなるキャリバー52010を発表した。振動数はさらに引き上げられ、2万8800振動/時のハイビート機となった。だが、改善はこれで終わらなかった。摩耗を最小限に抑えるべく、セラミックス製のパーツが導入された。ペラトン自動巻き機構の中核をなす2本の爪と巻き上げ中間車は、耐摩耗性に優れたブラックセラミックス製となり、今回のテストウォッチではサファイアクリスタルが採用されたトランスパレントバック越しにその姿を鑑賞することができる。また、香箱がシングルからツインバレルに刷新されたことも特筆すべき点と言えるだろう。ムーブメントの部品は、その3分の2が見直され、全面的に再設計された。石の数も、当初の44個から42個、そして、今では31個へと削減されている。複雑さよりもシンプルさを追求した証しである。


2024年世代のポルトギーゼ
2024年、IWCは再びポルトギーゼの改良に取り組んだ。ケースに目を向けると、ケースの厚さは従来の14.2mmから12.9mmへと、目に見えて薄くなっている。これは、縁に曲面加工を施したサファイアクリスタルを風防だけでなく、ケースバックにも採用したことで実現された。まるでショーケースのように内部機構を際立たせるボックス型は近年、非常に人気がある。なお、搭載されているムーブメントは微細な改良が施されたキャリバー52011に変更となった。

次の大きな変更点は文字盤のバリエーションだ。IWCは、ポルトギーゼ・オートマティック42に加え、「ポルトギーゼ・オートマティック 40」「ポルトギーゼ・クロノグラフ」「ポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー 44」といった「ポルトギーゼ」コレクションで、デューン、オブシディアン、ホライゾンブルー、シルバームーンといった新色を発表した。しかしながら、すべてのモデルに新色が必ずしも用意されているわけではない。また、ケースの素材はモデルによって使い分けられており、同色の文字盤を備えていても異なる場合がある。今回のテストウォッチであるポルトギーゼ・オートマティック42は、ステンレススティール製ケースを備え、文字盤の色はサンドカラーのデューンだ。

初の単色文字盤
デューンはポルトギーゼ・オートマティック 42によく似合う。明るいトーンのステンレススティール製ケースと見事に調和し、ゴールドカラーのアラビア数字とインデックス、ゴールドメッキ仕上げの針とも絶妙にマッチしている。サンド系というよりは、シャンパンを思わせる上品な色合いだ。ポルトギーゼ・オートマティック 42に単色の文字盤が採用されたのは初めてではないだろうか? 最新世代のパワーリザーブ表示では、残量が少ない領域を赤で示す仕様が廃止されている。かつてのモデルでは、このようにわずかながらアクセントとなる色が入れられていた。スモールセコンドは従来のレイルウェイタイプのフレームではなく、よりシンプルなデザインが採用された。これらの要素が組み合わせられることで、文字盤はさらに実用的でモダンな印象に仕上がっている。
ベゼルがスリムであるほど腕時計は大きく見える。その意味で、新世代ポルトギーゼは、サファイアクリスタル製風防の縁を巧みに利用している。ケース径42.4mmというサイズと相まって、この腕時計は広々とした存在感を放ち、ポルトギーゼの伝統にふさわしい堂々たる外観を実現させた。優れたプロポーションも、この腕時計の大きな魅力のひとつであり、見るたびに喜びを与えてくれる。すべての針が適切な長さで設計されている点も、審美性を引き立てるのに寄与している。
形状の面でも、新世代モデルは先代から着実に進化を遂げている。ミドルケースはやや幅広くなったものの、本体は明らかに薄くなり、ラインもより有機的になった。比較的短く、わずかに下方へと伸びたラグのデザインにより、手首へのフィット感も良好である。しなやかなアリゲーターストラップも、快適な装着感に貢献している。

極めて秀逸な精度

ウィッチ製歩度測定器を用いたテストにおいて、ポルトギーゼ・オートマティック 42は極めて優れた結果を見せてくれた。フルに巻き上げた状態から24時間後の計測では、6姿勢すべてで日差がマイナス1秒/日からプラス5秒/日の範囲に収まり、平均日差はプラス1秒/日という高精度を記録した。良好な精度は着用テストでも裏付けられた。2000年の発売当初に搭載されていたムーブメントで見られたいくつかの課題は現在では解消されており、その結果、極めて高い精度の実現に結び付いたのだろう。
本作は常に高価格帯に属するモデルであったが、近年、多くのブランドが相次いで価格改定を行っていることもあり、今や特別高額とは感じにくくなってきている。加えて、ステンレススティールモデルが2015年には145万円だったことを踏まえると、現在の196万円3500円という価格設定も、比較的緩やかな値上げにとどまっていると言えるだろう。

この金額を支払う余裕のある愛好家なら、まさにタイムレスな審美性と呼ぶにふさわしい銘品を手にすることができる。ポルトギーゼ・オートマティック 42は、単に時刻を知るためのツールであるだけではなく、眺めて楽しむ価値のある腕時計である。その内部では、高性能なマニュファクチュールムーブメントが、卓越した精度で時を刻み続けているのだ。
IWC「ポルトギーゼ・ オートマティック 42」のスペック

プラスポイント、マイナスポイント
+point
・高い審美性
・ポルトギーゼの歴史にのっとったデザイン
・ロングパワーリザーブ
・卓越した精度
-point
・暗所での読み取りにやや難あり
技術仕様
製造: | IWC |
リファレンスナンバー: | IW501705 |
機能: | 時、分、スモールセコンド(秒針停止機能付き)、日付表示(クイックチェンジ)、パワーリザーブ表示 |
ムーブメント: | Cal.52011、自動巻き、31石、2万8800振動/時、パワーリザーブ約168時間(約7日間)、ツインバレル |
ケース: | サテンとポリッシュのコンビ仕上げによるステンレススティール製ケース、縁に曲面加工を施したボックス型サファイアクリスタル製風防(両面無反射加工)、トランスパレント仕様のケースバック、5気圧防水 |
文字盤: | 「デューン」という名称のサンドカラー、サンバースト仕上げ、クリアカラーで15層のコーティング、ゴールドのアラビア数字アプライドインデックス、ゴールドメッキ仕上げのリーフ針 |
ストラップとバックル: | ブラックのアリゲーターストラップ、ステンレススティール製フォールディングバックル |
サイズ: | 直径42.4mm、厚さ12.9mm、ラグからラグまでの長さ51.4mm、ラグ幅22mm |
価格: | 196万3500円(税込み) |
*価格は記事掲載時のものです。記事はクロノス ドイツ版の翻訳記事です。
精度安定試験
最大姿勢差: | 5秒 |
平均日差: | +1秒/日 |
着用時平均日差: | +1秒/日 |
評価
ブレスレットとバックル(最大10pt.) | 10pt. | アリゲーターストラップは斑模様が上品で、バックルは極めて品質が高い。 |
操作性(5pt.) | 4pt. | リュウズの引き出しとバックルの開閉には、もう少しスムーズさが欲しいところだが、それ以外については言うことなし。 |
ケース(10pt.) | 8pt | 高品質でありながら過剰な装飾を排し、実用性を重視したデザイン。大型のサファイアクリスタル製風防が文字盤を、そしてトランスパレント仕様の裏蓋が、内部機構の鑑賞性を高めている。 |
デザイン(15pt.) | 15pt. | 市場でも有数の優雅なデザインの腕時計のひとつ。「ポルトギーゼ・オートマティック」が2000年に発売された頃より、デザインはほとんど変更されていない。大型ムーブメントの採用により、インダイアルが文字盤の縁寄りに配置され、整ったレイアウトが実現。薄くなったこともバランスの良さに貢献している。 |
文字盤と針(10pt.) | 10pt. | 文字盤は非常に繊細で審美性が高く、プロポーションも秀逸。仕上げは高品質で、絶妙な長さのリーフ針と、縁に段差を設けた日付表示窓を備える。 |
視認性(5pt.) | 4pt. | 良好だが、ややコントラストに欠ける。蓄光塗料は使用されていない。 |
装着性(5pt.) | 5pt. | 引っかかるような鋭いエッジはなく、快適だ。 |
ムーブメント(20pt.) | 18pt. | 高精度・高性能を誇る自社製ムーブメント。摩耗を最小限に抑えた設計で、約1週間というロングパワーリザーブを備える。 |
精度安定性(10pt.) | 9pt. | 6つの姿勢すべてにおいて日差は抑えられており、平均日差、最大姿勢差、振り角のいずれも非常に安定した値を示す。 |
コストパフォーマンス(10pt.) | 8pt. | 適正な価格設定。良好なリセールバリューも期待できる。 |
合計 | 91pt. |