2026年4月14~20日まで、スイス・ジュネーブで時計業界最大の新作見本市となるウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブが開催された。例年この見本市を現地取材する、時計専門誌『クロノス日本版』およびwebChronos編集長の広田雅将が、この見本市を終えて、業界の動向と新作トレンドを分析。不透明な市況、そして続く価格高騰の中で、広田が見出す収穫とは?

Text by Masayuki Hirota
[2026年4月30日公開記事]
株高、関税、スイスフラン高……外的要因に左右される時計市場
2026年4月14~20日まで、スイスのジュネーブでは時計の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2026が開催された。参加したのは、カルティエやヴァシュロン・コンスタンタン、IWCなどを始めとするリシュモン グループの各社と、バーゼルワールドから移転してきたロレックスにウブロ、タグ・ホイヤー、パテック フィリップなど。さらに2026年は、新たにオーデマ ピゲ、ジン、クレドールなども参加した。

2025年の時計業界は、株高といわゆる“トランプ関税”に翻弄された1年だった、と言える。株価の上昇は金融資産を保有する層の購買欲を促進した一方で、ドナルド・トランプ米大統領が米国向けのスイス時計に課した39%もの関税(後に15%へ低減)は、世界最大の時計市場である米国に逆風となった。また2024年度に続いて、中国市場の停滞も相変わらず深刻である。スイス時計協会FHのデータでは、2025年、スイス時計の対中輸出額は前年比で-12.1%、この2年間で約3分の1減となっている。
さらにスイス時計協会FHの発表では、スイスの腕時計出荷本数は前年比-4.8%の約1460万本、出荷額は前年比-1.7%の255億6000万スイスフランで、2年連続のマイナスだ。ただし超高額帯の旺盛な需要は、2025年の大きな特徴でもあった。

こういう市況をさらに複雑にしたのが、貴金属の高騰である。代表的な商品である金の価格は2024年4月1日の1トロイオンス約2257米ドルから、2025年同日約3131.5米ドル、2026年同日約4719.7米ドルへと、2年で約109%上昇した(LBMA London Gold Fixing参照。2024年のみCOMEXのスポット参考値)。「金価格が読めないため、貴金属モデルの値付けはギリギリまで決められないし、そもそもリリースするのが妥当かも分からない」。とあるメーカーのディレクターが筆者に漏らした言葉である。
加えて、2026年に始まった米国・イスラエル対イランの「戦争」は、安全通貨であるスイスフランの独歩高を招いた。2025年1月から2026年4月にかけて、スイスフランは対円で約17.5%、対米ドルで約40%上昇。スイス時計協会FHの2025年通年プレスリリースが「金価格とスイスフランが過去最高水準に達し、海外市場でのスイス時計のコストを著しく押し上げた」と明記したのは、この構造ゆえである。ちなみに対ユーロの上昇率は控えめだが、市場の規模を考えればその影響はあくまで限定的だ。もっとも、2025年のスイスの国内インフレ率はほぼゼロ。2025年から顕著になったスイス時計の大幅な価格上昇は、金とスイスフラン高に加えて、中国市場などの大幅な縮小を補うクロスサブシディ、つまり内部補完の結果、と見るのが妥当だろう。
そんな状況下で行われた2026年の時計見本市は、各社の意向よりも、不透明な市況を反映したものとなった。あくまで筆者の推測だが、各社は発表する予定だったモデルを控えて、今の市場にフィットする、誤解を恐れずに言えば、手堅く売れる新作に限ったのだろう。もっとも例年以上に複雑時計をリリースしたジャガー・ルクルト、より凝ったポエティック・コンプリケーションを打ち出したヴァン クリーフ&アーペル、「フリーク」に超複雑機構を併せたユリス・ナルダン、そしてあえてハイエンド路線を貫いたパルミジャーニ・フルリエのようなメーカーもあった。ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ以外に目を向けると、例年以上の野心作を揃えたジェイコブ&コーも、こういった例に含まれるだろう。

ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブでジャガー・ルクルトが発表した、「ハイブリス・ライン」の第3弾。トゥールビヨンの中にトゥールビヨンを収め、さらにその中にトゥールビヨンを格納するという三重のコンプリケーションを搭載する。手巻き(Cal.178)。53石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ptケース(直径42mm、厚さ16.15mm)。50m防水。世界限定20本。要価格問い合わせ。
では、2026年の傾向はどうなのか?
1:貴金属以外のモデル展開
貴金属に依存できない以上、各社はそれ以外の素材に注力するようになる。ヴァシュロン・コンスタンタンは「オーヴァーシーズ」に、そしてブルガリは「オクト フィニッシモ」の37mmサイズに、それぞれ魅力的なチタンモデルを追加した。また前者はオーヴァーシーズの薄形モデルを、プラチナ素材で発表した。もともとこの素材を好んできた同社は、2026年にいっそうその傾向を強めた印象がある。

自動巻き(Cal.2550)。25石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。Pt950ケース(直径39.5mm、厚さ7.35mm)。5気圧防水。世界限定255本。1900万8000円(税込み)。
2:進化する“定番”
市況が悪くなると、“定番”をテコ入れするか、好事家向けの限定モデル(一昔前なら復刻版)を増やすのが定石だ。正確には、それら以外のモデルを押さえた結果、“定番”あるいは好事家向けの限定モデルが残ると言うべきか。
2026年に目立ったのは、長く売れるであろう、進化した“定番”だった。ジャガー・ルクルトは「マスター・コントロール」に新しいHPG規格のクロノメーターを追加。ブレスレットとケースを一体化させた本作は、いわゆる“ラグスポ”的な仕立てを持つが、むしろドレスウォッチをマルチパーパスに振った試みと言える。こういったカテゴリーの時計には、パルミジャーニ・フルリエの「トンダ PF」やパテック フィリップの「CUBITUS」などが含まれよう。
カルティエの「ロードスター」もユニークな新作だ。2026年モデルは、ケースを膨らませることで、デザインの祖となった「トーチュ」との連続性を感じさせるものとなった。また、ケースとブレスレットの重さのバランスを取ることで、装着感は大きく改善された。このモデルも、米国市場を中心に、新たな“定番”として定着するのではないか。

自動巻き(Cal.1847 MC)。SSケース(縦47.2×横38.7mm、厚さ10.06mm)。10気圧防水。予価167万6400円(税込み)。2026年10月発売予定。
また、長らく「ブラックベイ」に依存していたチューダーも、ブレスレット一体型の「ロイヤル」を追加した。極めて戦略的な価格と、良質なムーブメント、そして小気味よいパッケージは、同社の新しい柱となるだろう。これは、グランドセイコーの「Evolution 9 Collection スプリングドライブ U.F.A. Ushio 300 Diver」も同様である。小径のムーブメントを使うことで直径40.8mmというケースサイズを実現した本作は、やはり同社の定番になる可能性を秘めている。
3:やっぱり色は今年も充実
2000年以降進んだ高級時計の質的な刷新は、ムーブメントとケースを経て、今や文字盤に及ぶようになった。ユニークな表現でインパクトを与えたグランドセイコーや、文字盤のバリエーションをさらに広げたH.モーザーにパテック フィリップ、近年では、文字盤に対しては保守的と見なされてきたカルティエでさえも、今までにないデザインを採用するようになった。今年、個人的に面白いと思ったのは、発光素材の「Ceralume®」を外装全面に採用した「ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー・セラリューム®」である。一見奇抜な試みだが、違うサプライヤーの製作する外装を、同じトーンとマナーでそろえる手腕は、経験ある老舗にしかできないものだ。

自動巻き(Cal.52616)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約168時間(7日間)。セラリューム®製ケース(直径46.5mm、厚さ15.9mm)。10気圧防水。世界限定250本。1105万600円(税込み)。
4:ちょっと使える複雑時計
『クロノス日本版』でもまとめたように、ちょっと便利な“プチコン(プチコンプリケーション)”は、今後大きなプレゼンスを示すだろう。貴金属の価格が上昇し、素材で単価の引き上げが難しくなったことは、その傾向に拍車をかけるに違いない。2026年の白眉は、A.ランゲ&ゾーネの「サクソニア・アニュアルカレンダー」だろう。プッシュボタンのみで調整可能なカレンダーに加えて、ようやく改善されたムーブメントの仕上げ(穴石にシャトンが備わった)や、ノイズを抑えたローターなど、時計としての魅力が大幅に増した。パネライの「ルミノール トレントゥーノジョルニ」に備わった31日巻きも、長いパワーリザーブ以上に、高い等時性をもたらすための試みとして面白い。これはまったく新しいクロノグラフ機構を採用したタグ・ホイヤーの「タグ・ホイヤー モナコ エバーグラフ」も同様だ。価格はいずれも安くないが、見せるよりも使うことを打ち出した機構という点は共通している。

自動巻き(Cal.L207.1)。56石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPGケース(直径36mm、厚さ9.8mm)。要価格問い合わせ。
トレンドはあってないようなもの。しかし……!
正直、2026年のトレンドはあってないようなもの、というのが偽らざる実感だ。しかし、価格はどうしようもないとはいえ、子細に見ていくと、面白いモデルが多く見られたのは予想外の収穫だった。ここでは取り上げなかったが、パルミジャーニ・フルリエの「トンダ PF クロノグラフ ミステリューズ」や、パテック フィリップの「グランド・コンプリケーション セレスティアル」など、深掘りすべきモデルは他にも多くある。というわけで、私たち『クロノス日本版』は、2026年6月発売の125号(7月号)で、よりいっそうトレンドと新作を分析する予定です。ぜひぜひお買い求めください!!!



