高級時計の世界へ足を踏み入れるきっかけとなった「最初の1本」は何か? 多くの熱心なコレクターや時計業界人にとって、その答えは「タグ・ホイヤー」だ。1980年代から90年代にかけて一世を風靡したカラフルな「タグ・ホイヤー フォーミュラ1」といったモデルの数々は、いかにしてカジュアルな購入者を深い時計の沼へと導いてきたのか? アパレルブランド、キスの創設者であるロニー・ファイグをはじめとする数々の証言とともに、同ブランドが時計カルチャーにおいて果たしてきた“究極のゲートウェイ”としての特別な役割を『ウォッチタイム』アメリカ版編集者であるゼン・ラブがひもとく。なお、この記事は『ウォッチタイム』2025年1月号にて発表されたものである。

[2026年5月7日掲載記事]
熱狂を呼んだ「タグ・ホイヤー フォーミュラ1」と、忘れられない最初の時計
キスの創設者であるロニー・ファイグが「おそらく私の人生で最も重要な時計」と呼ぶものは何だろうか? このアパレルデザイナーのコレクションには、ロレックス、パテック・フィリップ、オーデマ ピゲなどの高級時計が並んでいる。しかし、彼が語っているのは、80年代の小さくて、ファンキーで、カラフルで、手頃な価格のクォーツ時計のことなのだ。なぜか? 彼の理由は非常に共感できるものである。「タグ・ホイヤー フォーミュラ1」は彼の最初の時計であり、生涯にわたる情熱のきっかけとなったものだからだ。
彼がこのブランドとコラボレーションして子供時代の時計を復活させたとき、それは2024年に予想外の大流行となった。その成功は、多くの人がファイグと共有するノスタルジアと経験を物語っている。時計コレクションへの道のりは数多くあるが、最初のきっかけとなる1本の時計がしばしば存在する。今日の愛好家のかなりの部分にとって、その入り口となった時計はタグ・ホイヤーであった。そして、最初の時計を忘れることは決してないのだ。

私の最初の時計はタグ・ホイヤーではなかった。しかし、私の最初の「良い」、比較的価格が高い時計は? スイスメイドのラベルと自動巻きムーブメントを備えた最初の“本物”の時計は? 最終的に時計へのより深い関心に火をつけたものは? それがタグであった。
そして、それは私とロニー・ファイグだけではない。タグ・ホイヤーは、多くの人にとって「最初の良い時計」としての役割を果たし、一般の消費者を愛好家へと変えるという、他の時計メーカーにはほとんど見られない役割を担っている。これにより、業界やコレクターコミュニティにおいて特別な影響力を持っているが、これはコレクターがあまり立ち止まって評価することのない、重要なブランドの一面である。
「ホイヤー」から「タグ・ホイヤー」へ:クォーツショック後の大転換
ホイヤーというブランドは1860年に設立され、20世紀の最も重要なレーシングクロノグラフのいくつかを作った。しかし、もしあなたが1990年代や2000年代に旅を始めた今日の時計コレクターであるなら、ホイヤーの歴史を知る前にタグと恋に落ちた可能性は十分にある。それはあなただけではない。

タグ・ホイヤーのヘリテージ・ディレクターであるニコラス・ビーブイックは次のように語る。
「クォーツショックはスイスの時計産業をほぼ壊滅させましたが、その後80年代後半までにこの種の復活がありました。また、それは70年代の不況を乗り越えたばかりの米国にとって、比較的経済的に繁栄した時期と同時期に起こりました。時計が実用的なモノから『ステータスシンボル』へと移行していくのを私たちは目にしています」
1986年のテクニーク・ダバンギャルド(タグ)によるホイヤー買収の直後、新しくブランド化された「タグ・ホイヤー」はこの時代を体現していた。1950年代にクロノグラフに注力するために時刻表示のみの時計を放棄していたホイヤーは、1973年の失敗作「イージーライダー」など、より若い顧客向けの手頃な価格の製品の必要性を以前から認識していた。
言い換えれば、1990年代頃のブランドのデザインや戦略のタイプはタグによる買収と結びつけられることが多いが、それはずっと前から始まっていたのである。ニコラス・ビーブイックによれば、買収後のビジネスコンサルタントたちはフォーミュラ1を廃止し、より高級なブランディングに注力したいと考えていたようだが、最終的にタグは時刻表示のみやクォーツのオプションを備えた、より手頃な価格の時計に力を入れた。
時代精神を捉え、大衆の心をつかんだ戦略
1986年のフォーミュラ1や、後に「アクアレーサー」コレクションへと進化するダイバーズウォッチなどは、ニコラス・ビーブイックが指摘するように「愛好家コミュニティの誰かをターゲットにしたものでは決してなかったが、面白いくらいに、その時代の時代精神を見事にカプセル化することに成功したため、この巨大な文化的な共鳴を生み出した」のである。

これらの時計はタグ・ホイヤーの存在感を拡大し、ブランドの認知度を大きく高めるのに役立った。当時の消費者にとって、それらは手の届く贅沢であり、贈り物としては法外に贅沢すぎることなく意味のあるものだった。それらは大量に生産され、その遍在性は今日も人々の手首に響き渡っている——それが30年間毎日着用され続けている同じ時計であれ、あるコレクターの旅に与えた影響の中であれ。
それらは当時の時代精神を捉えていたかもしれないが、今日の時計コレクターによって常に称賛される時代というわけではない。大量生産、大衆へのアピール、手頃な価格、クォーツムーブメント、小さな直径、1980年代と90年代の実験的なデザイン……コレクターたちは長い間そのようなものを嘆いてきたが、態度は進化している。ノスタルジアもその一部だ。しかし、今日も手首に見られるそれらの数十年前の時計を見てほしい。それらは、毎日の無頓着な着用という試練に耐えうる品質で作られていたのである。私自身の物語をその証拠として提出しよう。
時計メディア編集者を沼に引きずり込んだ最初の“本物”
経験豊かな愛好家たちが、自分の興味に火をつけた時計を振り返るとき、それはしばしば複雑な感情を伴う。それはその後進化した好みや知識を反映しているかもしれないが、その最初の時計は彼らの記憶に焼き付いていることだろう。私にとって、それは「タグ・ホイヤー カレラ ツインタイム キャリバー7」であった。シルバーの文字盤とブルーのGMT針を備え、ブレスレットが付いた端正なスチールのGMTウォッチである。

それは2000年代半ばのことで、私は時計について本質的に何も知らなかった。歴史、業界、機械式ムーブメントの仕組み、なぜ人々が時計に何千ドルも費やすのか? これらは私が本当に意識すらしていなかった主題であるが、今日では時計に関する私のキャリアの支点となっており、この小さなタグ・ホイヤーは私がそれぞれについて理解を深めるのを助けてくれた。
「なぜ時計は高いのか?」を探求する旅の始まり
手首にあるカレラについてのそのような疑問を理解しようとしたことが、私に時計作りの世界を開いてくれたのである。私は上海に住んでおり、ある日、特にひどい風邪をひいて、数日間はただ家にいて休むようにという医学的なアドバイスを受けた。独身で何をすべきかわからなかった私は、その機会を利用して、何年もの間頭の中でくすぶっていた疑問を調べ始めた。「なぜ私の時計はこんなに高いのか?」と。
ある時点で、何時間も調べても答えに近づけず、私は立ち止まって自問した。これはもっと時間を費やす価値のあるトピックなのだろうか? 損切りして諦めるべきか? それとも時計は深く学ぶ価値のあるトピックなのだろうか? 私の結論は推して知るべし、である。
私はすでに数年間、このタグ・ホイヤー カレラを毎日着用しており、率直に言って、大事に扱ってはいなかった。義父が、私が修士号を取得した直後の誕生日の機会にそれをプレゼントしてくれたのだ。それはレストランでのことで、私は「あ、時計だ!」とか「ありがとう!」のような無頓着なことを言ったのを覚えている。私の心の中では、「私はすでに時計を持っている」と考えていた。私が気に入っていて、文字盤に「シーケー」と書かれた、安くて薄くて小さく、ミニマリストなクォーツ時計である。テーブルの誰かが「彼は分かっていない」と言ったが、それは確かに事実であった。
電池を使わないことが私に説明され、サファイアクリスタルをフォークで引っ掻いても傷ひとつ付かないことが実演された。私はこのことを完全には内面化していなかったが、サファイアクリスタルには感銘を受け、後でバーでアイスピックを使ってその余興を再現したことを覚えている。クリスタルには相変わらず傷はなかったが、ケースは別の話である。

ある時点で私は価格を調べ、ショックを受け、戸惑い、少し気分が悪くなった。売るべきだろうか? しかし、もちろんそんなことはできなかった。それは贈り物であり、身に着けるためのものだったので、私はそうした。そして、長年にわたって自分の手首を見下ろすにつれ、それは称賛を呼び起こしたが、同時に好奇心をも刺激し、やがてより深く掘り下げることにつながっていった。
実用性を極めた時計が教えてくれる原点
この時計は私に多くを教えてくれたが、常に頭の片隅に残り続けているのは、それが私に与えてくれたある種の視点である。今日の愛好家たちが切望する最も崇高なヴィンテージ時計と同じように、それはコレクターのために作られたものではなかった。かつてロレックスのデイトナなどを身に着けていた人々は、ブランド名以上のことをほとんど知らなかった。彼らは、中のムーブメントが自社製であるか、美しく仕上げられているか、コラムホイールを備えているかなど知らなかったのだ。
しかし、それが今日のアイコンを生み出したメンタリティである。それらは端正で、信頼性が高く、堅牢に作られており、それが私のカレラの背後にあるシンプルな意図であったように思われる。ターゲットとなる消費者は、時計のデザインの細部や収集という難解なトピックよりも、もっと重要なことを考えている人だったのだろうと私は想像している。
現在、私は時計メディアとコレクターコミュニティの世界にどっぷりと浸かっているが、このタグ・ホイヤー カレラは、時計の起源と目的という地に足を着けさせてくれる。さらに、愛好家のマインドセットの外側にいることがどのようなものか、そして時計についてゼロから学ぶプロセスがどのようなものかを私に思い出させてくれる。これは、今日のこのトピックに対する私のアプローチのすべてに影響を与えている。
熱狂的コレクターたちが語る「タグ・ホイヤー」という原体験
これは謙虚なコレクションを持つひとりの時計雑誌編集者の物語にすぎない。しかし、地球上で最も真剣でエリートなコレクターたちの何人かは、控えめなタグがいかに深く、はるか遠くの未知の世界へと導くことができるかについて、より強力な証言を提供している。

独立系コレクターやスーパーカー愛好家たちのスタート地点
コレクターのマイケル・“シャニ”・シャンリキアンは、雑誌『レボリューション』のインタビューで私と話し、私は彼に最初の時計について尋ねた。「大学を卒業した日、最後の期末試験を受け、それから正規販売店へ車を走らせて『タグ・ホイヤー プロフェッショナル セル クォーツ』クロノグラフを買いました……。それは私が所有した最初の『良い』タイムピースでした」と彼は私に語った。「私はただ、卒業してその時計を買うその日を待っていたのです」。数十年後、彼はF.P.ジュルヌからロジャー・スミス、ドゥ・ベトゥーンなどに至る、現代の時計作りの最高峰とされるいわゆる「独立系」に焦点を当てたコレクションで、コミュニティ内で広く知られている。
ドリュー・コブリッツが似たような物語を持っていることに私は感銘を受けた。ガレージにはスーパーカーがあふれ、時計ボックスにはリシャール・ミルからヴィンテージのロレックス デイトナまであらゆるものが詰まっている元グランダム・ドライバーの彼が、どこで時計の道に入ったと思うだろうか?「その前にもちゃんとしたおもちゃの時計をいくつか持っていたけれど、タグ ・ホイヤー フォーミュラ1が私にとって最初のスイス時計だった」と彼は言う。「それから16歳になったとき、運転免許を取ったお祝いで、両親がメタルブレスレットのタグ・ホイヤー フォーミュラ1を買ってくれたんだ」。彼のコレクションを飾る最新の“タグ”は、キスとのコラボレーションモデルである。
『ホディンキー』とのビデオインタビューで、ロニー・ファイグは、間違いなくより権威のある時計のコレクションの中にある、カラフルなタグ・ホイヤー フォーミュラ1モデルの数々について語った。「フォーミュラ1ウォッチはおそらく私の人生で最も重要な時計です」と彼は言う。ノスタルジアが彼の好みに大きな役割を果たしており、その時計は彼が12歳の時に手に入れて以来、彼の心の中で定位置を占め続けている。
「私はまだ過去に囚われています」と彼は言い、「だから私はまだ90年代後半から2000年代前半のフットウェアを集め続けているのです。私はまだその時代に夢中なのです。歳をとるにつれて、できる限りその時代だけを追い求めているのだと思います」と語った。
このどれも、ニコラス・ビーブイックにとっては驚くべきことではない。「私にとって」と彼は指摘する、「ヴィンテージのホイヤー、ヴィンテージのロレックス、そして現代の巨大なパテックのコレクションを持って私のところにやってくる人たちの多さにはただただ驚かされます。『それで、あなたの最初の時計は何だったのですか?』と尋ねると、彼らは『ああ、それは1989年くらいに両親が誕生日に買ってくれたタグ、もしくは、タグ・ホイヤー フォーミュラ1でした』という具合です。そして、これが旅の始まりだったのです」。同じような物語を何度も聞かされたことが、私にこの記事を書きたいと思わせた理由だが、未来のコレクターたちも同じような物語を語るのだろうか?
エントリーレベルの枠を超えて未来のコレクターを育む
タグ・ホイヤーは時として二重人格を持っているように見えることがある。コレクターの中には「タグ」と、それとは別に「ホイヤー」について語る人もいるかもしれない。この言説において、ホイヤーは1986年に接頭辞が付けられる前の歴史的なブランドを指し、今日のよりヘリテージや愛好家向けのモデルに影響を与えているコレクションを意味する。一方、タグは、1980年代に手頃な価格の時刻表示のみやクォーツの時計とともに誕生した、若々しい気質を持つパーソナリティであろう。それは今日でも間違いなくこのブランドの重要な一部である。

今日のタグ・ホイヤー フォーミュラ1、タグ・ホイヤー アクアレーサー、そして「タグ・ホイヤー リンク」のコレクションは、今でも市場で興味深い位置を占めている。セイコー、ハミルトン、ティソなどは多くの人にとって素晴らしい最初の時計であるが、タグはそこから一歩進んだものを提供している。「ビッグ」ブランドのひとつが提供する、中級レベルのスイス高級時計への入り口である。
それは、スペック上では「エントリーレベルの高級品」と似ているように見えるかもしれないが、「フィット&フィニッシュ(組み立てと仕上げ)」として知られる、明確には定義しにくいが重要な品質の面で、その違いが明白であるべき時計の層である。執筆時点では、ブランドのラインナップは20万円台半ばのクォーツ駆動のタグ・ホイヤー フォーミュラ1から始まり、自動巻き時計は40万円弱から始まっている。
今日これらの時計を購入する顧客は、タグのヒップなアンバサダーたちの名簿やエッジの効いたリリースに引きつけられているのかもしれない。しかし、数年後にはヘリテージに焦点を当てたカレラやモナコのクロノグラフなどを買っている可能性も十分にある。タグは自身の未来に向けてプレーしているのかもしれないが、何十年も前と同じように、その影響は業界やコレクターコミュニティにも波及していくことだろう。今日のキス × タグ・ホイヤー フォーミュラ1の購入者は、将来的にドゥ・ベトゥーンやアクリヴィアの時計を集めるコレクターになるかもしれないのだ。



