ハミルトンの歴史は、アメリカ合衆国・ペンシルベニア州の趣あるランカスター郡が時計愛好家を引きつける理由のひとつにすぎない。工場のフロアから博物館のショーケース、現代の工房、そして比類のないブティックに至るまで、ペンシルベニア州ランカスターはハミルトンのより深い物語を伝えている。さらに、この静かな郡がなぜアメリカの時計製造の歴史において最も重要な場所のひとつであり続けているのかを我々に教えてくれるのだ。

[2026年5月6日掲載記事]
ペンシルベニアの田園風景は、スイスのビール/ビエンヌ周辺の農地とさほど変わらない。緑の丘、農場、牛、古風な建物があり、それとともに工業施設、企業、高速道路が存在している。スイスは今日ハミルトンウォッチカンパニーの本社がある場所だが、ランカスターはブランドの起源である。どこを見るべきかを知っていれば、その歴史は今もなおそこに息づいている。そしてそれは、ランカスター郡がアメリカの時計愛好家にとって独自に興味深い場所である理由のほんの一部にすぎない。

世界中を飛び回ってでも見たい息を呑むような絶景、大自然の驚異、壮大な建築物、異国情緒あふれる体験。ランカスターはそういった場所ではない。むしろ、時計愛好家が好むような、より静かな魅力を持っている。古い建物には、アメリカ東海岸の多くの町や都市に見られるような、控えめな魅力と個性がある。私がフィラデルフィアから乗ったようにアムトラックで訪れれば、風に乗って漂う肥料のほのかな香りとともにプラットフォームに降り立つことになるだろう。
ハミルトンが歴史的にこの地を拠点としていたことはご存知かもしれない。また、アメリカがかつて時計製造の大国であり、それが時計の歴史において見過ごされがちなニッチな部分であることも知っているかもしれない。しかし、時計ファンがこの「アメリカの時計作りの歴史」の一端を訪れる理由は、過去の歴史だけではない。時計作りと時計文化が、国内の他のどの場所とも異なる形で、今日でもそこで生き続けているからだ。私は最近、ハミルトンの歴史を学ぶためにゲストとしてこの地を訪れたが、私にとってそれは、ランカスターとその時計製造シーンというより大きな物語の一部であった。

国立時計博物館
ランカスターへの時計中心の旅は、ここから始めよう。理由は簡単だ。ペンシルベニア州コロンビアにある「国立時計博物館」は、この後あなたが探索するすべての事柄に文脈を与えてくれるからだ。ここを出る頃には、あなたの心はテンワのビートに合わせてチクタクと時を刻んでいることだろう。ここには、エレガントな腕時計から、あなた(少なくとも私)が想像もしたことのないような時計や仕掛けに至るまで、時計に関する珍品や機械が集められている。
世界中の計時システム、企画展示、さらには少し不気味なマネキンが置かれた何十年も前の時計店の再現まである。さまざまな技術的解決策、デザイン、時間とともに変化する社会的役割など、時計製造の歴史全体とその多様性を描き出しているのだ。その歴史の一部が、アメリカ、そしてまさにこのランカスターにおける地元の時計産業である。

私はこの博物館を何度か訪れたことがあるが、最近ではハミルトンのPRチームやCEO、そして少数のジャーナリストやインフルエンサーと共に足を運んだ。展示を見て回る前に、我々はまず図書館へと向かった。そこでは常駐の司書や研究員が、ハミルトン時計工場の記録や写真などの資料が、後世のため、また学術目的のためにどのように保存されているかを説明してくれた。このような情報の欠片ひとつひとつが、探求をやめられなくなるような深い魅力を秘めており、この博物館は時計ファンにとって知的欲求を満たす宝庫となっている。


ハミルトン
「カーキフィールド」「ベンチュラ」「PSR」「マーフ」「イントラマティック」……。今日のハミルトンは、他の多くのブランドよりも真に強力で際立った製品をそろえており、正真正銘のアイコンモデルまで有している。初期のアメリカ鉄道の計時や第二次世界大戦の兵士の装備から、初の電池式時計やLED時計のような技術革新に至るまで、それぞれがブランドの歴史の異なる側面からインスピレーションを得ているようだ。しかし、現代のコレクションが引き出す以上に、ハミルトンの歴史にはまだ続きがある。
その歴史は、埃をかぶった本の中や博物館のショーケースの中にだけあるわけではなく、現代の時計にインスピレーションを与えるだけでもない。ランカスターの郡や市全体に響き渡っているのだ。かつて工場であった複合施設は今も立ち並び、アメリカの産業的な時計製造の時代を覗き見る魅力的な窓口として機能している。
車で5分ほどの場所(私の訪問時は馬車で移動したためもう少し時間がかかった)には、国内唯一のハミルトンのモノブランドブティックがある。ハミルトンのアメリカ国内での生産は1969年に終了し、それとともにアメリカで大規模に完全製造された最後の時計の歴史も幕を閉じた。その後、生産拠点はスイスへと移り、かつての工場の建物は現在コンドミニアムとして利用されている。しかし、歴史の痕跡は好奇心旺盛な人々が発見できるように今も残されている。

1892年に異なる企業の合併によってハミルトンが設立される前、この工場にはアダムス&ペリー、ランカスター、キーストンといった他の地元時計会社が入っていた。ガイドによると、この工場でハミルトンは「自分たちですべてを製造していた」という。これにはヒゲゼンマイはもちろん、自社の精製所で作られたムーブメント用のオイルまでもが含まれていた。敷地内にはパン屋があり、現代の時計師がパテを使うのと同じように、机の上で小さな部品を固定するために、毎朝従業員に生地を配っていたそうだ。
第二次世界大戦中、ハミルトンは政府向けにマリンクロノメーター、海軍用ダイバーズウォッチ、フィールドウォッチを製造した。一方で、工場の一部は信管や弾薬箱、医療用品などの製造用に転用された。特に工場の第5棟は軍需品の生産に使用され、厳重なセキュリティのもとフェンスで囲われていた。今日、古いハミルトンの工場を訪れるのに多くの時間を費やす必要はないかもしれないが、敷地内を散策する際にこの歴史を心に留めておくと、より深い感銘を受けるはずだ。

ハミルトンウォッチランカスターストア
ハミルトンがマンハッタンやマイアミではなく、比較的閑静な町であるランカスターに国内唯一のモノブランドストアをオープンしたことは非常に興味深い。しかし、この場所は間違いなく、5番街のどんな店舗よりもブランドの歴史と個性を雄弁に物語っている。
このブティックには、小さなクッションに載せられた高級時計や洗練された販売員以上のものがある。外のプレートに記されているように、ここは1877年に設立された歴史ある時計学校「ボウマンテクニカルスクール」の建物を改装したものだ。建物の角にあるふたつの時計の文字盤は、2024年に修復された1914年製の振り子時計によって正確な時を刻んでいる。建物の屋上には今も天文台が残っている。
店内には当然、購入できるハミルトンの時計が並んでいる。しかしそれだけでなく、ハミルトン博物館の所蔵品も定期的に入れ替えられながら展示されている。私が訪れたときのテーマは、ハミルトンの映画におけるプレゼンス(500本以上の映画に登場している)であり、ハリウッド俳優が実際にスクリーンで着用した時計がいくつも展示されていた。1961年の映画『ブルー・ハワイ』のセットで、ハミルトンのベンチュラを着用したエルヴィス・プレスリーの象徴的な写真をご存知だろうか。そのベンチュラも展示されており、『インターステラー』で着用され後に「マーフ」として知られるようになる小道具の時計もあった。
RGM
アメリカの時計作りの歴史が息づくこの特別な地域で、お土産を探しているだろうか。スイス製のハミルトンの時計も悪くない選択だ。しかし、文字盤に「Lancaster」と記された時計を手に入れることもできる。しかも、博物館のギフトショップで売られているようなノベルティの話ではない(そこにも面白いものはあるが)。ムーブメントにも「Lancaster」そして「USA」と刻まれた、極めて本格的な時計の話である。

時計愛好家なら、すでに「RGM」をご存知かもしれない。ローランド・G・マーフィーが自身の名を冠したこのブランドは、アメリカにおける唯一かつ最長の歴史を持つ独立系時計メーカーのひとつとして、静かにその歩みを進めている。彼は、現在ハミルトンのストアとなっているボウマンスクールや、スイスのWOSTEPで学び、ハミルトンで勤務したのち、1992年に自身の会社を設立した。時計の修理や修復を行う傍ら、RGMブランドとして顧客向けにカスタマイズした時計を製造している。

RGMのラインナップの中にはスイス製のムーブメントを調達して使用しているものもあるが、彼はペンシルベニアの田舎にある工房で、少人数のチームと共に自社製ムーブメント、さらにはトゥールビヨンまでも製造している。RGMの時計のもうひとつの特徴は、自社で行うギヨシェ彫りである。これらは、文字通り同じ手によって設計、製造、組み立て、そして装飾が施された、希少な時計の例と言える。

彼の工房はランカスター郡のマウント・ジョイにあり、訪問することは可能だが事前の予約が必要だ。我々もこの機会を逃す手はなかった。また、工房は小売店ではないため、RGMの時計を購入したい場合も事前に連絡しておく必要がある。
主要な名所を超えて
ランカスターはアメリカの時計製造の歴史の中心地であるが、同時にダイナミックな現代の町でもある。街で見かける地元の人々のすべてが時計コレクターというわけではなく、周囲の歴史に必ずしも気づいているわけでもない。しかし、彼らはたいてい、かつてハミルトンの工場を生活の糧としていた人物を知っていたり、その人物と親戚関係にあったりする。

これは、私が町中の地元のバーやレストラン、カフェで体験したことだ。地元の人々が、この地域の時計作りの歴史と現代に受け継がれる遺産について、どの程度知識を持ち、また評価しているのかを知りたかったのだ。ランカスター市の中心部から20分ほどのところには、工場跡、ハミルトンの店舗、RGM、そしてロレックスが設立した時計学校「リッツウォッチテクニカム」さえある。町はさまざまな形で前進しているが、同時にコミュニティの中には、その歴史を称え、人々の関心を高めたいと願う者も多くいるのだ。

一般的な時計のショッピングなら、ランカスターの中心街から少し外れた場所にある「ブレント・L・ミラージュエラーズ&ゴールドスミス」に立ち寄るのも良いだろう。社長のライアン・ミラーは、ハミルトンのブティックが入っている建物のオーナーであり、ハミルトン時計工場の複合施設内にあるコンドミニアムの一室も所有している。その部屋はハミルトンと時計作りをテーマにした装飾が施されており、なんと実際に宿泊することも可能だ。彼や他の関係者たちは、ランカスターを歴史的・現代的な時計学を愛する人々のための目的地にしたいと考えており、それは我々も応援したくなる理念である。
主要な見どころに加え、時計オタクたちはこの地域の古風な雰囲気に浸ることもできる。周辺の田園地帯に広がる農業やアーミッシュのコミュニティは、多くの人が時計作りに結びつけるであろう理想の姿を思い起こさせる。過ぎ去りし日々に耳を傾ける精神、伝統的な手仕事の追求、そして忍耐や勤勉といった価値観である。
しかし、ここは決して辺鄙な田舎ではない。カフェや醸造所、美味しい食事、さらには質の高い紳士服店などに事欠くことはない。週末には「セントラルマーケット」に立ち寄り、郷土色豊かな品物やお土産を探すのもいい。ランカスターから新しい時計を持ち帰りたくなる誘惑に駆られるかもしれないが、少なくとも、アメリカの時計作りへのより深い敬意を抱いてこの地を後にすることは間違いないだろう。



