スイスのル・サンティエに、かつてのダニエル・ロートとジェラルド・ジェンタの工房をベースとした複雑時計工房を持つブルガリ。今やブルガリの十八番と言ってもいいチャイミングウォッチの複雑ムーブメントは、すべてここから生み出される。「サウンド オブ ブルガリ」をテーマに新作群を構築したブルガリのチャイミングウォッチたちは、ここでさらなる進化を遂げていた。

Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌)、鈴木幸也(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Text & Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]
超複雑ムーブメントを包み込む“楽器”としての外装
ブルガリが2024年のジュネーブ・ウォッチ・デイズでテーマにしたのは「サウンド オブ ブルガリ」。「オクト ローマ グランソヌリ トゥールビヨン」を筆頭に、ここで紹介している「オクト ローマ カリヨン トゥールビヨン」と「オクト フィニッシモ ミニッツリピーター カーボン」など、ブルガリが得意とするチャイミングウォッチの新作を、これでもかとリリースしてきたのだ。

ブルガリの作り上げた次世代のチャイミングウォッチ。音を追求するため、新作は3つのハンマーとゴングでチャイムを鳴らす。加えて、音量を改善するためゴングは地板ではなく、ケースに直接固定された。さらに、文字盤にも開口部を設けることで、音の通りを良くしている。手巻き(Cal.BVL428)。36石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約75時間。18KPGケース(直径44mm、厚さ12.6mm)。30m防水。要価格問い合わせ。
元来、伝統的にチャイミングウォッチに強みを持つブルガリが、ジュネーブ・ウォッチ・デイズ2024において、あえて「サウンド オブ ブルガリ」と銘打ったのには理由がある。それこそが、スイス・ローザンヌ出身の指揮者、ロレンツォ・ヴィオッティとのコラボレーションである。ヴィオッティは34歳にして、ネーデルラント・フィルハーモニー管弦楽団、ネーデルラント室内管弦楽団、オランダ国立歌劇場を率いる若き実力派である。

2022年に発表されたCal.BVL428は、いわゆる「鳴り物」を得意としてきたブルガリの集大成である。同社は、ケースにゴングを据え付けることで音量を改善。加えて本作では、ムーブメントサイズを拡大し、輪列のコンパクトなトゥールビヨンを採用することで、3つのゴングとハンマーを無理なく格納している。普通は見せない作動レバーなどを裏蓋側に置いたのも極めてユニークだ。スペースに余裕があればこその新しい試みだろう。特筆すべきは、著名な指揮者のロレンツォ・ヴィオッティとの共同作業により、トライトーンという独特な和声を、ミニッツリピーターで実現した。その音程も非常にユニークだ。手巻き(直径35mm、厚さ8.35mm)。

このコラボレーションが画期的なのは、ブルガリが、ただ音を鳴らす鳴り物系ムーブメントの領域から、本格的に音色を奏でるチャイミングウォッチへとさらなる飛躍を遂げようとしていることの明確な意思表明にほかならないからだ。もちろん、高級機械式時計の領域では、グランソヌリを筆頭に、カリヨン、ミニッツリピーターなど、音を鳴らすだけでも困難を極めるため、複雑機構の中でも最上位に位置してきた。しかも、音の好みは主観的な要素が大きいため、音の大きさや音の高低などは数値として計測できるが、音の質となると、各人の好みと主観が入り込むため、万人が好む音とは、なかなか定義しづらいのだ。
つまり、音を鳴らすための複雑機構の難しさと、理想的な(と思える)音色を奏でる感性的な難しさ。このふたつが常にせめぎ合っているのだ。これがチャイミングウォッチを評価するうえで、実は最も難しいことなのだ。その意味で、ブルガリ マニュファクチュール ドゥ オートオルロジュリーが生み出す鳴り物系ムーブメントは、ダニエル・ロートとジェラルド・ジェンタ時代からのノウハウの蓄積があり、それをブルガリが絶えずブラッシュアップしてきたのだから、複雑機構としての信頼性は、時計業界においても折り紙付きだ。

2016年に発表され、フィニッシモの方向性を決定付けたのがミニッツリピーターである。最初のモデルはチタン製。18年にはカーボンが追加され、24年には外装のディテールが手直しされた。リュウズやプッシュボタンには鏡面仕上げが加えられたほか、針も同様にポリッシュ仕上げが施された。手巻き(Cal.BVL362)。36石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。カーボンケース(直径40mm、厚さ6.85mm)。10m防水。要価格問い合わせ。
そこに飛び込んできたロレンツォ・ヴィオッティとのコラボレーションは、時計師にとっては今ひとつ捉えどころのない音色という感性的なものに、一筋の光を指す示す灯台のようなものだろう。
加えて、たとえムーブメントが限りなく、理想的な音色を発したとしても、それを包み込むケースやダイアルなどの外装が、その音を打ち消してしまうことがある。この場合、時計の外装は楽器に相当すると考えてよい。こうなると、どんなに熟練した時計師であっても音に関しては領域違いのため、もはやお手上げと言ってもいい状態だ。

基本設計を1980年代にさかのぼるCal.BVL362は、ひょっとして最もクラシカルなミニッツリピータームーブメントかもしれない。一昔前に設計されただけあって、直径28.50mm、厚さ3.12mmとかなりコンパクトだ。しかし調整が良いだけでなく、文字盤をくりぬいて音響効果を改善するといった手法は、最新のリピーターに比肩する音をもたらした。操作がボタン式なのは、防水性を持たせるためである。
とはいえ、ブルガリもより良き音を奏でるため、ただ手をこまぬいているわけではない。ブルガリの時計デザインを統括するファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニはこう明言した。「普通の時計が “時間を読む” ものなら、チャイミングウォッチは “時間を聞く” ものです。したがって、新しいグランソヌリは、単にメロディーを変えただけでなく、音色のためにトゥールビヨンの位置も変えました。それだけでなく、ハンマーの位置も変えて、より理想的な音色のために複雑な機構自体も変更し、調整しているのです」。
まさにチャイミングウォッチの老舗にしてエキスパートだからこそたどり着いた、さらなる “昇華” への営みである。




