最新技術と手仕事で「現代のヴィンテージウォッチ」を生み出すNHウォッチ創業者・飛田直哉

2023.12.12

コンセプターという独自の立ち位置で、日本のインディペンデント=独立時計師という状況に一石を投じた飛田直哉。最新の微細加工技術と職人の手仕事から紡がれてゆく「現代のヴィンテージ」が持つ完成度は、SNSなどを通じて世界中の好事家たちの知るところとなり、今や最も入手困難な時計のひとつとなった。新たに専属の時計師を迎え入れ、唯一無二の時計作りを深化させてゆく、その現況をリポートする。

NH TYPE 1 Series

NH TYPE 1 Series
飛田が最初に手掛けたスモールセコンド仕様の「NH TYPE 1」。右から時計回りに、最終生産型の「1C」(2020~21年)、プロトタイプの「1A」(18年)、初期生産型の「1B」(19年)。ケースやダイアルのバランス調整が細かく繰り返されているが、ケース径いっぱいのサイズが望めるETA7750を手巻き仕様にして搭載するという基本コンセプトはこのモデルで完成している。手巻き(Cal.3019SS)。18石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径37mm、厚さ9.8mm)。全て完売。
星武志、三田村優:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas), Yu Mitamura
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]


日本の時計作りに一石を投じた、“飛田直哉”という現象

飛田直哉

NHウォッチ創業者の飛田直哉。1990年代から複数の外資系商社でセールスやマーケティングを担当し、F.P.ジュルヌやラルフ ローレン ウォッチ アンド ジュエリーの日本代表を務めた後、2018年に独立。自身の名を冠した時計製造を手掛ける傍ら、高級時計の販売員トレーナーとしても活躍する。

 デビューからわずか3年で、最も入手困難なインディペンデントブランドのひとつに急成長を遂げた「NAOYA HIDA & Co.」。ローンチイヤーとなった2019年は、スモールセコンドの「NH TYPE 1B」を7本製作して約半年で完売。翌20年は改良型の「NH TYPE 1C」15本と、センターセコンドの「NH TYPE 2A」10本を約9カ月で売り切った。

 創業者である飛田直哉は「そもそも作っている数が少ないから」と言うが、この頃から飛田のプロデュースする時計は世界的な認知を得るようになっており、続く21年には「NH TYPE 1C」の再生産分15本を含む、新作「NH TYPE 2B」10本、「NH TYPE 3A」15本のオーダーが瞬く間に決定してしまった(聞くところによれば、ムーンフェイズの3Aはわずか3時間で完売とか)。同社にとっては1Cの再生産のほうが異例であり、1年毎に仕様変更が加えられるワンショット生産が基本となるためバックオーダーすら受け付けていない。

NH TYPE 2 Series

NH TYPE 2 Series
2020年に追加されたインダイレクトセンターセコンド仕様の「NH TYPE 2」。右が21年の「2B」、左が20年の「2A」で、手彫りの彫金にカシューを流し込むアラビックインデックスのデザインが変えられている。2Bではステップベゼルが試みられ、緩やかなカーブドガラスとの組み合わせで1960年代風のケースバランスを追求。ジャーマンシルバー製のダイアルは洗浄工程が確立されたことで、より白さを増した印象だ。手巻き(Cal.3020CS)。22石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約45時間。SS(直径37mm、厚さ10.7mm)。全て完売。

 現状では、春先が恒例となった年1回の新作発表を心待ちにしている全世界の愛好家が、ヨーイドンでオーダーをスタートさせるのだ。アーモリーを率いるマーク・チョーがその審美性を認め、NYタイムズまでが記事にした飛田の時計。もはや投機の対象になったとしてもおかしくはない状況だ。それでも飛田は、できるだけ顧客のひとりひとりと話したうえで、自身の時計を届けたいと願う。飛田の時計作りの根底にあるものは、純粋過ぎるほどの時計愛なのだ。

NH TYPE 1A、NH TYPE 1B、NH TYPE 1C、NH TYPE 2A、NH TYPE 2B、NH TYPE 3A

“初期3部作”となる2018年の1Aから、21年の3Aまでの全機を並べたもの。上から1A、1B、1C、2A、2B、3Aで、ケースのプロポーションに対する飛田のこだわりと、形状の変遷がよく分かる。

 1990年代から名だたる時計ブランドに籍を置き、日本市場向けの製品開発やプロダクトマネジメントを手掛けてきた飛田は、ヴィンテージウォッチにも造詣の深い名伯楽である。そんな飛田が自身の時計を作ろうとした契機は、現行品にもアンティークの中にも、理想の時計を見つけることができなかったからだという。最初はぼんやりとした構想に過ぎなかったこのプランが急速に現実味を帯びてくるのは、JIMTOF(日本国際工作機械見本市)に出品されていた碌々産業の微細加工機との出合いだった。

NH TYPE 2B

2020年の2Aで確立されたセンターセコンド仕様のダイアル設計(写真は21年の2B)。厚みは通常の3倍ほどで、ダイアル中央のステップ部分と、外周セコンドサークル部分の高低差に対し、針の高さがキッチリと揃えられている。

 アフターセールスの経験から、自分が時計を作るならケースは904Lスティールでと決めていた飛田だが、当然ながらそんな難加工を引き受けるサプライヤーはそうそう見つからない。しかし、微細加工の技術でアートの領域を表現する機会を模索していたという碌々産業では、すぐさま飛田とのパートナーシップを決めた。

 ナノメートル単位での精度を現実のものとする微細加工機と、それを操るマシニングアーティストの手腕。飛田はいたくそれに感服したのだろう。完成したばかりの最初のプロトタイプ「NH TYPE 1A」(2018年/販売せず)を携えて編集部を訪ねてくれた際には、「このまま仕上げ加工なしでも製品化できるのでは?」とまで話していたほどだ(もちろん後に磨きを加えることになった)。ともかく、現代の技術を駆使して理想のヴィンテージウォッチを作るという飛田のコンセプトは、こうして現実に動き出してゆくことになるのだ。

藤田耕介

2020年末から正式にNHウォッチに入社した時計師の藤田耕介。プロジェクトの初期から飛田のコンセプトに賛同してきた“ボランティアスタッフ”のひとりで、設計と組み立てを担当する。

 さてこうした準備段階から、飛田と共にコンセプトを煮詰めていったパートナーのひとりに、時計師の藤田耕介がいる。今までは大手時計メーカーに所属しながら、ボランティアで飛田の時計作りを手伝うというスタンスを貫いてきたため、名を明かすことができなかったのだが、2020年末からは正式にNHウォッチの一員となっている。

藤田耕介

ケースやダイアルの基礎設計は藤田の担当。画面は1Cのダイアル設計図で、微細加工機で処理されるブランドロゴが盛り込まれているのに対し、手彫りで仕上げられるインデックス部分は“白紙のまま”なのが興味深い。

 実のところ、ETA7750をベースに3針手巻き化するといった飛田の基本構想を元に設計を手掛けたり、ケースやダイアルの3Dデータを構築したりといった仕事は、すべて藤田の実績だ。東京のイーストエリアに有志数名で作業場を借り受け、旋盤やフライス盤などの大型機械まで持ち込んで時計作りを模索していた藤田。飛田とはF. P. ジュルヌ時代に机を並べていた縁もあり、飛田の好みを細かい部分まで熟知する人物だ。当初は微妙にバランスを変えたデザインを何パターンも作っていたというが、最近では少しずつ“落としどころ”が分かってきたと語る。

NH TYPE 1Bの形状試作モデル

3Dプリンターで作られた形状試作モデル。1Bの段階ではベゼルと一体で試作されていたが、1C以降は中胴が別体とされた。

NH TYPE 1Cの形状試作モデル

1C設計時に再検討されたラグ側面のプロポーション。奥から1Bに対して±0mm、-0.5mm、-0.8mmで、実際には-0.5mmが採用された。

NH TYPE 3Aの形状試作モデル

背の高いチムニーを持つ3Aのベゼルも、何パターンか試作されている。なお2Bと3Aはケース厚が同寸になるよう、各パーツ間でバランスが調整されている。

 形状試作には3Dプリンターを用いるが、1Bの頃までは一体で作っていたデータをベゼル、中胴、ソリッドバックに分け、より細かな調整に取り組んできた。プロトタイプの1Aに対し、初期生産版の1Bでは、ラグを細く絞って中胴のボリュームを増加(全体的に調整を加えたためケース全体の厚さは変わらない)。さらに改良版の1Cでは、ラグの両肩を0.5mm削ぎ落とし、ロゴ位置を0.37mmほど上方に改めている。

 試作品の1Aから最新の3Aまで、そのプロファイルの変遷を辿ってみれば、飛田のバランス感覚の鋭さがよく分かるだろう。そのうえで、1カ所だけハズシの要素を盛り込むのが飛田流だ。これは懐中時計を含む多くのヴィンテージに触れてきた飛田は、設計とデザインの定石を踏まえたうえで、敢えて盛り込まれたハズシの部分こそが、その時計の味になるというのだ。とはいえ、18年から模索されてきた「初期3部作」も、21年の3Aで一旦終了となり、22年の新作からは「まったく異なった構造のケース」を採用するという。ただしそれは、一般人から見たら同じにしか見えないだろうとも付け加える。

NH TYPE 3Aのムーンディスク

ヴィンテージブレゲのデザインを彷彿とさせる3Aのムーンディスク。ユニークな月の表情は手彫りで表現。洋銀製のダイアルは、下地に鏡面磨きを行った後に徹底的に洗浄し、極低圧のビーズブラストで梨地に仕上げられる。

 2020年末には正式に藤田を迎え入れ、さらに今年はもうひとり、同じく飛田のプロジェクトに企画段階から賛同していた彫金師も参加する見込みだ。多品種少量生産に特化した微細加工機の特性に加え、力強い援軍ふたりが専属となることで、年産数は5年以内に100本に到達するだろうと語る。

 しかし、どうやら飛田はそのあたりを上限と見込んでいるらしい。彼自身の言葉を借りるなら「30年も続いている時計バブル」を肌感覚として知悉する飛田は、高級時計市場におけるここ数年のスーパーインフレに異常な空気を感じているのだろう。だからこそ地に足をつけた真面目な時計作りを、世界中の愛好家が賞賛するのだ。

NH TYPE 3A

NH TYPE 3A
18~19世紀の懐中時計に範を取ったオールドルックのムーンフェイズ。帝政様式のローマンインデックスが美しい。2Aよりもチムニー(ガラスを支える煙突部分)が高く取られたステップベゼルと、新規設計された薄型の時分針を備える。手巻き(Cal.3021LU)。18石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS(直径37mm、厚さ10.7mm)。予約完売。



Contact info: NHウォッチ naoyahidawatch.com


2022年の時計トレンド10個を一挙振り返り。高級時計の要は「色」と「薄さ」、そして「ニッチ」!

https://www.webchronos.net/features/88370/
NAOYA HIDA & Co.【2021 新作】ムーンフェイズを搭載した、注目の最新作「NH TYPE 3A」

https://www.webchronos.net/news/65062/
「NAOYA HIDA & Co. 」が初のトランクショー@カミネ 旧居留地店

https://www.webchronos.net/news/46644/