時計愛好家の生活 “師匠”ことK.R.さん「オリエントは数が多すぎて、いまだに初めて見るモデルがあるぐらいです」

FEATURE本誌記事
2024.05.27

時計仲間から“師匠”のあだ名で親しまれるほどに時計への愛と知識にあふれるのがオリエントコレクターとしても高名なK.R.さんだ。時計蒐集を開始した頃にはここまでのめり込むとは思ってもいなかったという“師匠”のオリエント収集歴をたどっていきながら、彼が時計に求めるもの、そして時計趣味人としての柔軟さと好きなものをひたすら追い求める頑固さを見ていきたい。

K.R.さん
日本でも有数のオリエントコレクター。もともと時計には興味がなく、もっぱら趣味は自動車であった。しかし、2000年にオリエント「万年カレンダー」との運命的な出合いを経て、オリエントや独立時計師の腕時計、懐中時計の蒐集を開始。なお、奥様もドイツ時計と関わりが深く、両者の縁は時計が結び付けている。
奥田高文:写真 Photographs by Takafumi Okuda
細田雄人(本誌):取材・文 Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2020年3月号掲載記事]


「質感がもの足りない時期もあった。でもオリエントは、変化があってもその変化がまたいいんですよ。」

オリエント「万年カレンダー」と、初代「グランプリ・オリエント・スペシャル」

K.R.さんが運命的な出合いを果たした2本のオリエント。左が機械式時計蒐集のきっかけとなった「万年カレンダー」。右が時計を集め始めた際に憧れていた初代「グランプリ・オリエント・スペシャル」。Kさんがオリエントをコレクションするにあたり、参考書としていた通称“トンボ本”で表紙を飾っていた個体そのものである。同個体はトンボ本の作者、森年樹氏の知人でもあり、本企画でおなじみのアンティークディーラーBQ氏から購入したものだ。

 実は一度、時計のイベントでお会いしたことのある方だった。初対面の時の印象は、ハットに蝶ネクタイを合わせるおしゃれさん。こちらから挨拶をしたところ、筆者のような若輩者にも敬意を持って話し相手をしていただいた。そんな人柄と確かな時計知識を持つK.R.さんのことを、時計関係の友人たちが親しみを込めて“師匠”と呼ぶのも納得だ。  

 生粋のオリエントコレクターとして国産時計好きの間では知られる彼が、どのようにして時計にはまっていったのかをまずは聞いてみた。

「最初はハミルトン『カーキ』の自動巻きモデルを購入しました。ミリタリーテイストがかっこよかったので買ったのですが、当時は時計に詳しくなく、まだ機械式なんて作っているんだ、と」

 もともとファッションクォーツウォッチを買うことはあったが、熱心に時計を集めているわけではなかったKさん。ところが、たまたま果たした運命的な出合いが、彼を時計蒐集の道へといざなっていった。

「最初のハミルトンを購入してからしばらくして、46系ムーブメントが入っているオリエントの万年カレンダーを新橋で購入したのです。2000年頃の商品なのですが、形自体は1970年代から存在している、海外向けのモデルです。値段は9000円くらいでした」

C.H.メイラン、Cal.2120を搭載する腕時計、ジェラルド・ジェンタのモデル2本

(右)もともとは懐中時計だったC.H.メイラン。2005年にケースが潰されてしまった個体を購入し、腕時計のケースにはめ込んだものだ。06年に完成。(中右)オーデマ ピゲのCal.2120を搭載する個体。自動巻きの“本当にいいもの”を手にすべく購入した。(中)あえてレトログラードを“ハズした”ジェラルド・ジェンタの2本。個性的な時計が好きというKさんらしいチョイスだ。(左)C.H.メイランのムーブメントを搭載するティファニー。ケースは18KYGだが、ブレスレットは14KYGのため、ブレスレットはオリジナルではないかもしれないとのこと。

 満面の笑みのKさんが見つめる先に置かれたスモーキーローズダイアルのオリエント「万年カレンダー」こそが、その個体である。

「入り口近くに雑然と置いてあった数多くの時計の中で、ひとつだけ異彩を放っていたんですね。当時はケース径が40mmを超えるものはほとんど存在しなかった。しかし、万年カレンダーは42mmくらいありますし、ダイアルは色がどぎついうえに、なんかごちゃごちゃしている。なんだこれは?って思いました」

 その圧倒的な個性に引かれて万年カレンダーを購入後、Kさんはオリエント時計自体に強い興味を抱くようになった。「オリエントは他メーカーと比べて独自色が強いですよね。カラフルで個性的なものが多い。無難なデザインが多いセイコーなどと並んだ時に、一際目立つように意識して開発しているのかもしれませんね」

 以降、Kさんは歴代のオリエントをそろえるべく、アンティークショップなどに足繁く通うようになった。この際、どんなモデルが存在するのか、その指標となったのがトンボ出版より刊行された『国産腕時計11 オリエント』、通称“トンボ本”である。

ユール・ヤーゲンセンの懐中時計、C.H.メイランの手巻き3針モデル、アガシのスプリットセコンドクロノグラフ、C.H.メイラン製ムーブメント搭載の懐中時計

懐中時計も80本ほど所有しているというKさん。(上)ユール・ヤーゲンセンが存命中の作品で2005年に購入。大きなテンプや緩急針が特徴だ。Kさん曰く「懐中時計を購入する際は、メカの美しさが基本」とのこと。(中左)C.H.メイランの手巻き3針モデル。分割された受けが美しい。(中右)アガシのスプリットセコンドクロノグラフ。1920年代のモデルで、Kさんは2004年に購入している。状態も非常に良好だ。(左下)ケーシングされる前のC.H.メイラン製ムーブメントが、デッドストックとして流れてきたために思わず購入。C.H.メイランの角型ムーブメントは貴重だ。

「オリエントは数が多すぎていまだに初めて見るモデルがあるぐらいです。そのため、トンボ本を見ながら最初は時計を探していました。トンボ本は初期モデルから、本が出版されるくらいまでのモデルを網羅してくれていましたからね。アンティークショップに行くたびにコレクションが増えていきました。ただ、今は新作が出たら購入しつつ、古いモデルに関してはパッと見ていいなと思ったら買うようにしています。現在のコレクションは腕時計、懐中時計すべて合わせて400本くらいですが、うち300本はオリエントが占めています」

 Kさんのオリエントコレクションは年代や機構などの偏りがなく、歴代モデルすべてを網羅しているのではないかと思ってしまうくらいにそろえられている。彼のコレクションをこのように評し、またそこに集められた多種多様なオリエントを見ていくと、まるでKさんの時計蒐集はとにかく分散的のように思われるかもしれない。しかしこれは大きな誤解である。彼のオリエントコレクションは、歴代で発売された時計を可能な限り年代を追ってそろえていく、つまり体系的な集め方の上に成り立っている。

 ブランドの歴史を研究し、歴代モデルを可能な限り集めていながら、コレクション全体を見渡した時に統一感が得られないのは、それだけオリエントというブランドが各モデル1本1本に強い個性を与えているからに他ならない。おそらくKさんがオリエントの魅力にとりつかれた理由もここにあるのではないだろうか。そしてこの体系的に時計を集めていくというコレクション方法の礎が、前述のトンボ本を読み込みながら古いモデルを購入していった際に築かれていったものであることは、想像に難くない。

ウオルサムの1872、ユール・ヤーゲンセン、C.H.メイラン、オールドハワードのシリーズⅦ

(上)1888と並んで人気が高いウオルサムの1872。こちらはAMNと呼ばれる上から2番目のグレードだ。セールスマンケースに入れられた個体である。(右)カギ巻きの21石仕様ムーブメントを搭載するユール・ヤーゲンセン。細いローマ数字と大きなスモールセコンド、細い3つの針という構成は典型的な同工房のフェイスだ。1860年代の個体と考えられる。(左)C.H.メイラン。19世紀末の個体と思われる。ケースはアメリカ製の14KYGで、21石仕様のムーブメントを搭載。(下)オールドハワードのシリーズⅦのスプリットプレートで、リケースされた個体。

 取材中はそのようにして集められたオリエントのコレクションから思い入れの強いものを紹介してもらったが、特に印象に残ったのが、N型ムーブメントを搭載する「グランプリ・オリエント・スペシャル」である。前述の万年カレンダーと並んでいる個体だ。

「トンボ本の表紙を飾っていたグランプリ・オリエントのデザインに引かれまして、いつかこんなかっこいい時計が欲しいと思っていました。その後、意外と手に入るようになったので、グランプリ・オリエントが売っていたらとにかく購入するよう心掛け、今では同モデルだけで20本以上所有しています。インデックスの形状とか、どれもちょっとずつ細かいところが違うんですよね。自分のストックとの差異に気づいて購入しているわけではなくて、購入後に気付くのですが。そんな感じで集めていたら、たまたま、トンボ本の表紙に使われていた個体そのものを手に入れることができたのです。ケースの傷やリュウズのメッキの剥がれ具合など、表紙と並べてみると同じものであることがよく分かりますよ」

「オリエントスターロイヤル」の銀無垢ケースモデル、オリエントスター ダイナミックの復刻モデル、「モンビジュ」のスケルトン、「オリエントスター ロイヤル」、「ロイヤルオリエント」のファーストモデル

すべてオリエント。(右)「オリエントスターロイヤル」の銀無垢ケースモデル。2001年頃に購入しており、タグからも明らかなように未使用品。(中右)オリエントスター ダイナミックの復刻。オリエント55周年の記念モデルだ。(中右上&左上)右は「モンビジュ」のスケルトン。左は「オリエントスター ロイヤル」。先発のモンビジュの方がスケルトンの彫りが細かいことが分かる。(中右下)04年に500個限定で発売されたキングマスター ワールドタイム リミテッド。ケースと針はこの限定のために新規で作られている。19年に購入。(左下)「ロイヤルオリエント」のファーストモデル。2004年末より100本が限定で販売された。この個体は04年ロットのもので、05年ロットとは仕様が異なる。

 まさにKさんのオリエント愛が結び付けた、運命の絆だったのだろう。そんなオリエントの魅力に取りつかれているKさんだが、オリエント以外ではどのような時計を集めてきたのかも教えていただいた。

「オリエント以外ですと独立時計師が手掛けた時計や、懐中時計が多いですね。オリエントとは系統こそ違いますが、やはり独立時計師の作るモデルはどれも独自性を出そうと努力されていますから、そういったところに好感が持てます。懐中時計はC.H.メイランを中心に集めており、アガシのスプリットセコンドクロノグラフやユール・ヤーゲンセンも持っています。当時の王侯貴族向けに時計を作っていた小さいメーカーの懐中時計は最高級品ながら、私がコレクションを始めた時はあまり存在を知られておらず、安かったのです。もっとも、最近はこういったメーカーの価格も上がってしまっていますが」

 懐中時計のコレクションも見せてもらったが、やはりお気に入りのC.H.メイランがずらりと並んでいる。尖っているものを好み、そしてひたすら買っていく姿勢は、蒐集対象が変わっても一貫しているようだ。

グランプリ・オリエント・スペシャルの初期モデル、グランプリ・オリエントの薄型モデル、ファイネスのラウンドケースモデル、ファイネスのクッションケースモデル

すべてオリエント。(上&中左)記事冒頭の写真の右モデルと同様に、グランプリ・オリエント・スペシャルの初期モデル。しかし、見比べると3本とも明らかにディテールが異なっている。(中右)グランプリ・オリエントの薄型モデル。薄型をうたってはいるが、ムーブメントは通常モデルと同じため、ケース厚も変わらない。しかし、ケースをテーパードするなどして“薄型らしく”見せている。(右下)薄型自動巻き、ファイネスのラウンドケースモデル。ダイアルをよく見ると、型押しによってパターンが入れられていることが分かる。(左下)ファイネスのクッションケースモデル。ケースにクル・ド・パリが施されている。デイデイト表示のカレンダーは上下に日付と曜日が分割されている上、曜日が漢字表記だ。

 最後に今回の取材の中で、そんなKさんのオリエント愛を最も感じられたコメントを記して本稿を締めたい。

「正直、“リーマンショック”後にオリエントの質感がもの足りないと感じた時期もありました。60周年記念の限定モデルを見た時には、ブランド消滅を覚悟したほどです。それでも買い続けました。なぜなら、オリエントは変化があっても、その変化がまたいいんですよ」


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