【時計オタク向け】「同軸積算計」を備えた7つのムーブメントから見る、現代クロノグラフの進化

FEATURE本誌記事
2024.06.08

クロノグラフに搭載されるようになった「同軸積算計」は、各社がさまざまな手法でスペースの確保に成功したからこそ実現した機構だ。今回は、同軸積算計を備えた7つのムーブメントとともに、現代クロノグラフの進化を見ていきたい。

パテック フィリップ「5905 年次カレンダー搭載 フライバック・クロノグラフ」

垂直クラッチと自動巻きを採用した現代的な設計を持つクロノグラフに、フライバック機構を搭載し、さらに文字盤側に年次カレンダー機構を組み込んだコンプリケーションながら、ケース厚は14.3mmに留まる。複雑な付加機能を追加できるのも大胆な省スペース化の賜物だ。ブラウン・ソレイユ、ブラック・グラデーション文字盤に配された大きなカレンダー表示と6時位置の60分積算計および昼夜表示の視認性も高い。
奥山栄一、三田村優:写真 Photographs by Eiichi Okuyama, Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2020年9月号掲載記事]


新しい機械式クロノグラフの付加機構「同軸積算計」

 スペースが出来たことで、さまざまな機能を加えることができるようになった新しい機械式クロノグラフ。その象徴とも言えるのが、12時間と60分積算計や、センターに60分積算計を重ねた同軸積算計だ。1942年のロンジンが採用した同軸積算計は、80年代のレマニア5100で一躍ポピュラーになった。スペースを捻出できないという問題を解決したのは、コンパクトな垂直クラッチと小さな自動巻きだった。現在、各社はさまざまな手法でスペースを確保し、同軸積算計を加えることに成功した。ここに挙げた7つのムーブメントは、その最も巧みなサンプルである。


同軸積算計を備えた7つのムーブメント

 コンパクトな垂直クラッチと自動巻きの組み合わせは、1980年代以降、機械式クロノグラフの可能性を大きく広げた。スペースが出来たことによる最も大きな変化は、12時間積算計だろう。かつて文字盤側に設けざるを得なかったこの機能は、垂直クラッチの普及以降、ムーブメント側に移り、機械式クロノグラフの整備性と生産性を大きく向上させた。

 その延長線上に生まれたのが、12時間と60分カウンターを重ねた同軸積算計と言えるだろう。ちなみに、同軸積算計で有名なレマニアの5100は、垂直クラッチとコンパクトな自動巻きを持つムーブメントだった。その設計は、近代的なクロノグラフとは異なるものの、省スペースが多機能化をもたらした、という点では同じだ。


パテック フィリップ

Cal.CH 28-520 QA 24H

Cal.CH 28-520 QA 24H
現代クロノグラフの主流であるコンパクトな自動巻きと垂直クラッチを採用した先駆け。垂直クラッチの恩恵でクロノグラフ秒針がほとんど摩擦なく作動するため、クロノグラフ秒針を常時回転させてセンターセコンドとして使用することを前提に、あえて通常秒針を持たないという省スペース化を図る徹底ぶり。初期モデルではこうして生み出したスペースを活用して分・時同軸積算計を搭載していた。

 最も分かりやすい例が、2005年に発表されたパテック フィリップのCal.CH28-520だろう。最新版は12時間積算が省かれて60分積算計のみになったが、そもそもは、6時位置に極めて視認性の高い同軸積算計を持つムーブメントだった。このムーブメントは秒針も持たないため、クロノグラフ機構にはかなりのゆとりがある。

 それを生かしてか、プッシュボタンとクラッチを連結するレバーは真っ直ぐに成形されている。普通は上下方向に曲げを入れるが、パテック フィリップは、あえて曲げを入れていない。ブレのない操作感と機械を薄く設計するためだろう。またパテック フィリップは、同軸積算計の設計でも決して無理をせず、60分積算計機構をムーブメント側に、12時間積算機構を文字盤側に置いた。これは、近代的な同軸積算計の祖と言ってよい。

Cal.CH28-520 IRM QA 24Hの展開図

Ref.5960が搭載していたCal.CH28-520 IRM QA 24Hの展開図。センターセコンド輪列の4番車に垂直クラッチを搭載してクロノグラフ機構をコンパクトにまとめ、6時位置に分・時同軸積算計を収めるスペースを確保。さらに時積算車と時リセットハンマーを文字盤側に配することで、スペースを有効活用している点にも注目。

パテック フィリップ「5905 年次カレンダー搭載 フライバック・クロノグラフ」

パテック フィリップ「5905 年次カレンダー搭載 フライバック・クロノグラフ」
2005年に発表された初の自社開発による自動巻きの年次カレンダー搭載クロノグラフRef.5960の後継機。5960では6時位置に分と時の同軸積算計を備えていたが、5905では60分積算計と昼夜表示に変更された。自動巻き(Cal.CH 28-520 QA 24H)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。18KRGケース(直径42mm)。3気圧防水。(問)パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109


オメガ

Cal.9300

Cal.9300

Cal.9300
コンパクトな垂直クラッチを採用することで、3時位置に60分と12時間の同軸積算計を加えることに成功したCal.9300。ふたつの積算計を同軸上に配したことで12時間積算計の動力を、減速車や増速車が少なく済む、60分積算計から取ることができた。積算計にあまり横のスペースを取らないため、クロノグラフ輪列をコンパクトにまとめることができる。黒のクロムメッキが施されたテンワと、同じく黒くコーティングされたネジを持つ。

 以降の同軸積算計を載せたムーブメントは、その多くが、基本的にムーブメント側に積算機構を載せている。11年発表のオメガキャリバー9300は、驚くほど複雑なムーブメントに、12時間と60分同軸積算計を押し込んだもの。4枚の歯車を持つ同軸積算計は、お世辞にもコンパクトとは言えないが、オメガは見事にスペースを捻出して収めることに成功した。ただし、筆者の好みを言うと複雑に過ぎる。

オメガ「スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン」

オメガ「スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン」
アイコニックなスピードマスターのデザインを崩さず、見事にツーカウンター化することに成功したモデル。ヒゲゼンマイはシリコン製だが、マスター クロノメーター認定モデルではないため、磁気には注意が必要だ。3層式のコーアクシャル脱進機を搭載。自動巻き(Cal.9300)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。ブラックセラミックケース(直径44.25mm)。5気圧防水。(問)オメガお客様センター Tel.03-5952-4400


H.モーザー

Cal.HMC 902

Cal.HMC 902
クロノグラフ秒針(=秒積算計)と60分積算計を同軸上に持つ。増速輪列によって1分間で1回転する遊動車をキャリングアームでクロノグラフ輪列につなげる「アジェン・クラッチ」を採用する。また、同軸積算計にはスネイルカムを利用することで、分積算計の瞬時送りを可能とした。なお、同作は文字盤側にローターと巻き上げ機構を搭載する自動巻きモデルだ。

 H.モーザーが採用した「アジェングラフ」ベースのCal.HMC902は、極めてユニークな同軸積算計を持つ。香箱を含む駆動輪列はドーナツ状になっており、中心にさまざまな機構を盛り込むことが可能だ。設計したジャン・マルク・ヴィダレッシュは語る。「瞬時に動く分と時積算計をクロノグラフの中心に持つクロノグラフを作りたかった」。

 その設計は極めて野心的だ。ドーナツ状に配置したムーブメントからは、1枚の歯車が飛び出している。この中間車に、増速輪列を載せたキャリングアームをつなげて、1分間に1回転する遊動車を介し、クロノグラフ輪列に動力を伝達する。垂直方向にスペースがあるため、同軸積算計にすることは容易だ。HMC 902は秒・60分のみの積算計だが、上の展開図が示す通り、クロノグラフ秒針(銀色の部品)と60分積算計(黄色の部品)、そして12時間積算計(黒色の部品)の同軸が可能である。

アジェン・グラフの3層同軸積算計

Cal.HMC 902のベースとなるアジェン・グラフの3層同軸積算計。アジェン・クラッチで4番車とつながった秒積算計(銀色の部品)が1周するとスネイルカムの切り欠きにレバーが落ち、分積算計(黄色の部品)を進め、同じように分積算計が1周すると時積算計(黒色の部品)を進める。そのため、積算計は瞬時に切り替わる。なお、Cal.HMC 902ではこの図から、時積算計が省かれている。

H.モーザー「ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティック」

H.モーザー「ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティック」
H.モーザー初の一体型ブレスレットを持つラグジュアリースポーツウォッチ。リンクを内蔵した2コマ構成のブレスレットは適切な遊びとしなりを持っており、非常に完成度が高い。モデル名は1920~30年代に活躍したアメリカの流線型電車に由来する。自動巻き(Cal.HMC 902)。55石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約54時間。SSケース(直径42.3mm)。12気圧防水。世界限定100本。(問)エグゼス Tel.03-6274-6120


ダマスコ

Cal.C51-6

Cal.C51-6
ETA7750をベースに、クロノグラフ秒針と60分の同軸積算計、24時間表示を与えたムーブメント。クロノグラフ秒針と同軸上にある60分積算計は輪列側にある30分積算車の歯車を大きくし、また歯数を細かくすることで、60分で1周するよう独自に再設計した。そこから動力を取ることで、文字盤側の60分積算計を駆動させる。なお、クロノグラフ制御用のカムも3層から4層に改良されている。

 一方、ドイツの小メーカーであるダマスコは、極めて簡潔な手法で同軸化を果たした。ETA7750の積算計を30分から60分積算に変更し、そこに中間車を噛ませることでセンターに60分積算計を配している。設計は驚くほどシンプルだが、積算機構は完全にムーブメントと統合された。他社が採用しなかったのが不思議なほど、よく練られたメカニズムである。

ダマスコ「DC86」

ダマスコ「DC86」
ドイツ・レーゲンスブルクの時計ブランドで堅牢な時計づくりに定評があるダマスコは、元金属加工メーカーの経験を生かしてケースに高い耐傷性を与えることを得意とする。本作ではステンレススティールにアイス硬化処理を行うことで、ビッカース硬さ710を得ている。自動巻き(Cal.C51-6)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径43mm)。100m防水。(問)ブレインズ Tel.03-3510-7711


パネライ

Cal.P.9100

Cal.P.9100
パネライ初の自社開発クロノグラフ付き自動巻きムーブメントで、2015年初出。強固なフライバックレバーを持つ“フライバック専用機”。クロノグラフ秒針と同軸上に60分積算計を配置した垂直クラッチ採用機のため、ムーブメント厚は8.15mmにも及ぶ。しかし、厚みを持たせた大きな受けを一体成形することで剛性を確保しているため、針ブレといったこの手の分厚いクロノグラフムーブメントが持つ弱点を克服している。

 スペースの捻出が際立つのが、パネライのCal.P.9100系だ。このムーブメントが文字盤の3時位置に12時間と60分の同軸積算計だけでなく、強固なフライバック機能を持てた理由は、コンパクトな垂直クラッチがクロノグラフ用のスペースを確保したためである。

パネライ「ルミノール ヨット チャレンジ - 44MM」

パネライ「ルミノール ヨット チャレンジ - 44MM」
センターのクロノグラフ秒針と同軸上に60分積算計を持つクロノグラフ。サンドイッチ構造のインデックスと相まって視認性は非常に高い。見返し外周部分に描かれたタキメータースケールの単位はヨットの操縦時を想定して「ノット」が使用される。計測可能速度は1.5~30ノット。自動巻き(Cal.P9100)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。Tiケース(直径44mm)。100m防水。(問)オフィチーネ パネライ Tel.0120-18-7110


ブレゲ

Cal.584 Q/2

Cal.584 Q/2
レマニア1372ことCal.582Qをベースに60分積算計をセンター同軸配置に変更し、さらに昼夜表示を追加したモデルで、初出は2004年。現在はヒゲゼンマイとアンクルがシリコン製に置き替わり、第2世代の“Q/2”に進化している。フライバック機能を有するが、水平クラッチ搭載機である。なお、同ムーブメントの振動数を7万2000振動/時に上げたのがCal.589Fだ。

 他方、古典的な手法で同軸化を果たしたムーブメントも成熟している。ブレゲのCal.584は、設計をレマニアのCal.1340系にさかのぼる。リセットがダイレクトに変更されたほか、フライバック化のためにカムと水平クラッチのレバーはピンで連結され、レバー自体も強固なガイドで支えられている。面白いのは、12時間積算計の構造だ。文字盤側に12時間積算計を置くのは昔のクロノグラフに同じ。しかし、フライバックに対応できるよう、リセット機構は極めて強固である。

ブレゲ「タイプ XXI 3817」

ブレゲ「タイプ XXI 3817」
日に焼けたようなクリーム色の蓄光塗料と、スレートグレーのダイアルカラーが往年のミリタリーウォッチらしさを強調するフライバッククロノグラフ。ケース厚は15.2mmと厚めだが、ラグを湾曲させることで装着感を損なわないような工夫がされている。自動巻き(Cal.584 Q/2)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径42mm)。100m防水。(問)ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211


ジン

Cal.SZ01

Cal.SZ01
EZM1で使用していたレマニアCal.5100が生産中止になったために開発に着手し、2012年より販売。ベースムーブメントは30分積算計を60分積算計に改造済みのETA7750(=SZ02)である。文字盤側に出た60分積算計のホゾに駆動車と中間車をかませることでクロノグラフ秒針と60分積算計の同軸化に成功している。香箱から直接動力を取る12時間積算計を取り払ったため、トルクロスが改善された。

 同様に、文字盤側に積算機構を加えて、60分の同軸積算計を実現したのがジンのCal.SZ系だ。60分に改めた積算車の回転を、文字盤側の中間車を介して60分積算計に送っている。モジュールではなく、強固な構造になっているのは、いかにもジンである。

ジン「EZM1.1」

ジン「EZM1.1」
EZM誕生20周年を祝って発売された限定モデル。レマニア5100に代わる同軸積算計ムーブメントとして、Cal.7750を改良したCal.SZ02ベースのCal.SZ01を搭載する。視認性に優れた唯一無二のクロノグラフだが、すでに出荷は終了しており、店頭在庫のみ購入可能な状況。自動巻き(Cal.SZ01)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径43mm)。世界限定500本。(問)ホッタ Tel.03-6226-4715


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