自動巻き。SSケース(40mm)。200m防水。
父の形見の腕時計をなくし、取り戻すまでの物語
ショーン・J・コリッチという人物には、実にさまざまな顔がある。熱心なサイクリスト、ジャズ愛好家、元物理学教授、父親であり、夫であり、そして現在はポートランドにある法律事務所、コリッチ・ロマーノ・ダシェンツォ・ゲーツ法律事務所のパートナー弁護士として活躍している。同事務所では、ハイテク産業および新興技術に関連する知的財産訴訟、法律意見業務、特許出願戦略に主に取り組んでいる。
そんな彼は、自分のことを腕時計コレクターと呼ぶことはない。実際、25年以上にわたり、ただ1本の腕時計を着け続けていた。亡き父が遺したロレックス「オイスター パーペチュアル サブマリーナー」Ref.5512だ。日付表示のない、マットブラックのダイアルを備えたモデルである。
「1970年代、僕が育ったころ、父はいつもロレックスのサブマリーナーをしていた。父がその時計を外していた姿なんて、思い出せないくらいです」
父の親友から贈られたサブマリーナー
この40mmのダイバーズウォッチは、父の親友だったラルフ・リアからの贈り物だった。ラルフは、当時ニューヨークのグリニッジ・ビレッジでよく知られたレストラン、サンドリーノズを経営していた人物だ。「1980年初め、父は突然亡くなりました。母は当時37歳で、若くしてふたりの幼い子どもを抱える未亡人となりました。深いショックのなかで、彼女はその腕時計をラルフに返すことにしたのです」。

その後もショーンは、ニューヨークに帰省するたびに叔父や叔母、ラルフの家族、旧友たちを訪ねていた。「ラルフの店にもよく通っていました。本当に、時間があればいつでも足を運んでいたんです。店にはいつも映画俳優たちが出入りしていました。たしか15歳の時のことです。「ライオン・キング」でシンバの声を担当したマシュー・ブロデリックを紹介されて、一緒にサンドイッチを食べた記憶があります」。
息子にこそ持っていてほしい
ある旅の際、ショーンが11歳か12歳だったころ、ラルフはゾディアック製のゴムボートで彼をロングアイランド湾に連れ出した。航路近くまで出て、巨大な貨物船を見上げるほど沖まで進んだ。
「その時、ラルフは僕に話しかけてきました。『最近、お父さんのことをずっと考えていた。彼なら、きっとこの時計をお前に持たせたかったはずだ』と。そして、彼はその場で僕にこの時計を手渡してくれたのです。確かですが、ラルフ自身も同じモデルを所有していたと思います。2本購入して、1本を父に贈ったという話だったと記憶しています」
それ以来、ショーンはこのサブマリーナーを25年以上、毎日のように身に着け続けてきた。だが運命の2008年7月、アイダホでの出来事が起こるまでは。
アイダホ州“帰らずの川”へ
同年の春、ショーンはオレゴン州ポートランドのオークションで、アイダホ州のサーモン川を下るラフティング旅行を落札した。この川は、アメリカ国内でも屈指の自然環境を誇るラフティングの名所であり、世界的にも知られている。彼はこの旅を、当時の恋人で現在の妻となるリアと共に、夏の旅行として計画した。
ロレックスのRef.5512は、200m防水、トリプロックリュウズ、リュウズガードを備えた屈強なダイバーズウォッチである。とはいえ、アイダホ州が誇る急流“帰らずの川”に持ち込むには、あまりにも大切すぎる腕時計だった。

「ロレックスは家に置いていくつもりだったんですが、うっかり外し忘れてしまって……。川に到着したときには、すでに腕に着けていたんです。置き場もなく、そのまま持っていくしかありませんでした」
大切な腕時計をナイロン袋に
彼はガイドに「腕時計を一番安全に保管できる場所はどこか」と尋ねると、「荷物運搬用ボートのドライバッグに入れておくのがいい」と言われた。仮に川に落ちたとしても、ドライバッグは浮くため回収できると説明されたのだった。
「安心して、小さな黄色いナイロン袋にロレックス、財布、鍵を入れ、それをドライバッグにしまい、ギアボートに載せました」
彼の乗ったラフトには、リアとガイド、そしてノートルダム大学の元アメフト選手たちが同乗していた。
激流とギアボート転覆
全長約684kmにおよぶサーモン川は、ガリーナ・サミットを源流とし、スネーク川までおよそ2130mの高低差を一気に下る。出発から数時間後、彼らのラフトはクラス4に分類される上級の急流に突入した。
「僕たちのボートは無事に乗り切り、他のボートを待って流れの穏やかな場所で停泊していました」。そのとき無線が鳴り、ガイドたちが慌ただしく川岸を駆け上がっていった。ギアボートに何か問題が起きたようだった。
「待っている間、同乗者がフライフィッシングを始めました。すると、流れの中から何かを釣り上げて見せたんです。それは、なんとリアの下着でした」
次々に衣類が川を流れていく光景が続いた。未熟なガイドがバッグを「持ち手だけ」でくくっていたため、ボートが転覆した際にバッグは破れ、すべてが川に投げ出されたのだった。
「僕たちに残されたのは、着ていた服とリアの下着1枚だけ。旅行はまだ1週間も残っていたんです」。
家族の腕時計を失った痛み
ガイドや他の旅行客が服や道具を分けてくれたおかげで、旅自体は素晴らしい体験となった。それでも、父の形見であるロレックスは失われた。

「自分が不注意だったせいで、父のロレックスが川に沈んだ。そのことが本当に辛くて、悔しくてたまらなかった。母と妹も大切に思っていた腕時計でしたから、何が起きたか説明することすらできませんでした」
16カ月後に届いた奇跡の連絡
ところが2009年11月。旅から16カ月が経ったころ、1本の電話がかかってきた。掛けてきたのは、参加したツアー会社とは別の、アイダホにある会社に勤めるラフティングガイドだった。
「彼は、晩秋のシーズン終盤にミドル・フォークを案内していた際、川底から黄色い小袋を見つけたと言いました。その中には財布、鍵、そして『ボロボロの古い時計』が入っていたと」
免許証がまだ読める状態だったことで、彼はショーンを突き止めたという。袋は砂まみれで戻ってきたが、財布も鍵も、そしてロレックスも中にあった。
川底に沈んでいても動いたRef.5512
「1年以上も川底に沈み、冬の氷水の中で凍りつくような環境にさらされていたにもかかわらず、ロレックスは動いていたんです。風防に傷はありましたが割れてはいませんでしたし、ムーブメントにも水も砂も入っていませんでした」
当時、家庭は子供が生まれたばかり。仕事も多忙だったため、修理に出す余裕がなく、腕時計はそのまま保管されていた。
「その赤ん坊も今ではティーンエイジャーになり、最近ようやくポートランドのロレックス正規修理工房に持ち込みました。オーバーホールと風防交換をしてもらい、内部もブレスレットもすべてオリジナルのままで問題なしとのことでした」
川の底から帰還した腕時計
こうして、時の底からよみがえったRef.5512は、再びあるべき場所、彼の手首に戻ったのである。