時計修理の現場から/屍は直るのか?「アバロン スーパーカレンダー」

FEATUREその他
2020.01.11
 壊れた時計ばかりを買う『クロノス日本版』編集長。最近買ったのは動かない超複雑クォーツウォッチだった。果たして、この時計は死の淵からよみがえるのか?
 さまざまな時計修理工房で働く技術者たちを訪ね、その眼差しや葛藤を少しでも伝えてみたい。そんな思いから開始した新連載「時計修理の現場から」。今回は編集長バージョン、第1回目。

動かない超複雑時計

 担当の高井が楽しそうな企画を始めたようだ。時計を修理してその内容を記事にする、しかも自腹でというのが意味不明なまでに誰得感があって素晴らしい。早晩ネタ切れになるかもしれないが、僕も今のうちに乗っておこうと思った。というのも、手元には死体みたいな時計しか残っていないからだ。ただ修理しても面白くないが、記事になるなら直す価値はある、というか、こんな機会でもない限り一生直すことはないんじゃないか。

 まず題材に選んだのが、シチズンの「アバロン スーパーカレンダー」である。初出は1989年。プッシュボタンの操作だけで1899年から2099年までのカレンダーを呼び出せるこの超永久カレンダーは、その複雑さから、当時の時計ファンたちに注目された。以降、シチズンはアバロンのコレクションを拡大し、ワールドタイマーやアラームなどを追加したが、あまり売れなかったようだ。市場で見かけるのは、もっぱらスーパーカレンダーばかりである。

 しかし初出から30年近く経った今、まともな個体を見つけるのは難しい。今回取り上げる個体も、やはりご多分に漏れず、カレンダーが壊れていた。購入したのは銀座のレモン社で、価格は2万7000円(税込)だった。壊れているのは承知で買ったが、その後ヤフオクを見たら、まともそうな個体が4万円で出品されていた。後悔先に立たず。こうなったら意地で直してやる。

普通には直らないが、少ない可能性にかける

 アバロンが発表されたのは1989年のこと。約30年近く経った現在、シチズンはこの時計の修理を受け付けていないそうだ。とっくに部品は欠品しているはずで、修理を受け付けないのは妥当な判断である。

 しかし、だ。一般的にクォーツウォッチは直せないと言われるが、ばらせるムーブメントならば修理できる可能性が高い。しかもアバロン スーパーカレンダーを載せたCal.6700は、シチズンでも屈指の高級機であり、そもそもばらせる設計を持っている。さらに言うと、アバロンは生産中止になったが、シチズンは今なお改良版のCal.6704を生産し、「カンパノラ」に採用している。であれば、修理できなくはないだろう。

 今回の修理にあたっては、ふたつの基準を設けた。ひとつは、可能な限りオリジナルに戻すこと。どうせ直すなら「ぼくのかんがえるさいきょうのとけい」にしたい。そしてもうひとつは、できるだけ「パワープレー」を使わないことだ。かくかくしかじかだから直せ、と言えば、メーカーは無理して修理してくれるだろう。しかし僕はそれを使ってこなかったし、今回もできればやりたくない。

壮大な野望、いきなり挫折する

 先日、GINZA SIXにあるシチズンのフラッグシップショップで講演をした。そこには時計師が常駐しており、簡単なメンテナンスが受けられるほか、修理の受付もやってくれる。ついでだから時計を持ち込み、直せるのか確認してもらった。時計師さんがムーブメント番号を入力し、画面を見ること数分。「ああこれ直せませんね」といきなりの死刑宣告をいただいた。「でも派生ムーブメントは今なお製造しているでしょう?」「ええムーブメントはたぶん大丈夫ですが、外装部品がないと思いますね」。おいいきなり挫折かよ。