奥深きダイヤモンドウォッチの世界

FEATURE本誌記事
2021.01.30

光宿るところ瞠目の技あり

宝石に精通したジュエラーのみならず、名門と呼ばれる時計ブランドがダイヤモンドセッティングに力を注ぎ、宝石の可能性をさらに探求する。“時計”という制約の中で今、ダイヤモンドは新たな表情を見せる。

ピアジェ
ダイヤモンドセッティング風景。
写真は彫り留めのセッティングだ(A・B)。文字盤(E)はもちろん、受けにダイヤモンドを施すムーブメントメーカーであるピアジェならではのセッティング(D)。
ケースの形状に沿うように異なるサイズやフォルムを計算した石の組み合わせ(C)や、ムーブメントのサイズによってケースの厚さがそれぞれ異なるため、デザイナーとセッターは密に連動してセッティング方法を
詰めていく。

 現在、ジュエラーたちが時計業界に参入しているという点については、前述した通りだ。その一方で、歴史あるウォッチメーカーが、多数の専属ジェムセッターを抱え、時計に映えるようなセッティングに長年取り組んできたという事実も見逃せない。

 上下の写真は、ピアジェとヴァシュロン・コンスタンタン、パテック フィリップの工房である。いずれも自社内に専任のジェムセッターを抱えているブランドだ。ピアジェに関しては時計の外装も手掛けるプラン・レ・ワットの工房においてジュエリーと時計の両方の製作を行うため、20人ほどのセッターが常駐している。

 主に、時計に使用されるセッティングとして挙げられるのは、丸めた爪で宝石を留める、パヴェセッティングにも使用される彫り留めのグレインセッティングとバゲットカットダイヤモンドを留めるレールセッティングなど。そこにハイジュエリーウォッチにも使用される爪の見えないインビジブルセッティングなどが加えられていく。 時計におけるセッティングの主流であるグレインセッティングは、下穴と呼ばれる宝石を嵌め込む穴を作製し、周辺の地金から爪を彫り起こして宝石を留めていく。こうした下穴を用いた彫り留め自体はジュエリーと同様であるが、時計においては、やはり条件が限られるため、いくつかの制約が浮上してくる。

 ジュエリーがデザインの自由な表現を謳うものであれば、時計のセッティングにおいて重要となるのは、ムーブメントを邪魔しないための高さと厚さなどの〝スペースの制限〞に加え、実用品であるからこその〝平滑性〞と、時計という決まったフォルムの中に正確に石を配置していく〝寸法精度〞と〝規則性〞である。好例がバゲットカットだ。100個の石があった場合、最後の1個をいかに正確に当て嵌めていくかという点が、時計におけるセッティングの要。したがって、バゲットの場合はケースの形状に合わせるために、サイズと形をオーダーすることはもちろん、セッティングの過程で再カットされることもある。

パテック フィリップ
爪を起こし(G・H)、ラウンドダイヤモンドを留めていく彫り留め(I)。対して、これはレール留めでバゲットカットダイヤモンドを留めていく作業(F)。写真は、電動回転工具から外した先頭部の小さな道具のみを用いて、さらに手作業により研磨剤で地金の縁を磨くなど、細やかな作業が重ねられていく様子。

 さらに、時計とジュエリーのセッティングで異なるのは、時計はジュエリーのように下から光を取り込むための〝裏取り〞をしないため、下まで穴を貫通させることはないという点だ。下穴の寸法はパビリオン深さによって異なるが、小さな穴を開けた後に大きなバーを用いた2段彫りで穴を広げ、ダイヤモンドをセッティングした時に裏取りがない分、下部に極小の隙間ができるように処理していく。これは石をきっちり納めて表面を滑らかに仕上げ、かつブランドによっては下穴に磨きを入れることからも光を取り込む効果を狙った、最も時計に即した手法だ。いかにも時計ならではの素材といえる硬いステンレススティールへのダイヤモンドセッティングでは、ある程度までNC旋盤によって機械加工を施した後に手作業で詰めていくか、セッティング専用の機械を用いるなど、素材と生産量によって方法が異なる。

 ここで紹介するブランドでは、いずれもクラリティVVS以上、時にIFの石が使用され、セッティングにおいてはファセットの向きや高さなどを揃えていくための手作業のテクニックが問われることになる。ハリー・ウィンストンに〝鷹の目〞と呼ばれる鑑別人がいるように、ピアジェやヴァシュロン・コンスタンタン、パテック フィリップをはじめとするウォッチメゾンが抱える専属セッターたちによる職人技も、上質なダイヤモンドウォッチを選ぶ上での見逃せないポイントだと言えるだろう。

ヴァシュロン・コンスタンタン
職人が語るように“寸法”と“規則性”がダイヤモンドセッティングにおいては鍵となる。(J)は小さなラウンドダイヤモンドをセッティングする工程。同社では、基本的にD~Gカラー、クラリティVVS1、2~IFの石を、石のサイズによって選別していく。表からは見えない地金でバゲットカットダイヤモンドを留めていく(K)。形状に合わせてさまざまなフォルムのダイヤモンドを施していく(L)。