初代の血統を継ぐセイコー アストロンの歴史的転換点

FEATURE本誌記事
2019.12.04

2012年に登場した世界初のGPSウォッチに、セイコーは「アストロン」という歴史的な名称を与えた。クォーツで世界を変えた初代アストロンと、最新のGPSソーラーウォッチに、直接のつながりはない。しかし、その目指すところと、進化の過程は同じだ。それを強調したのが初代のトリビュートモデルである。

三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
セイコー クオーツ アストロン 35SQ

セイコー クオーツ アストロン 35SQ
1969年12月25日に発売された世界初の量産型クォーツウォッチが「セイコー クオーツ アストロン」である。搭載するCal.35SQは、後にクォーツムーブメントの標準となったCMOSICではなく、セラミック基板上にトランジスタ76個、コンデンサ29個などを固定したハイブリッドICを搭載していた。8192Hz(後に1万6384Hz)。8石。18KYG(直径35mm)。販売当時の価格45万円。参考商品。
1969 クオーツ アストロン 50周年記念限定モデル 18Kゴールド

1969 クオーツ アストロン
50周年記念限定モデル 18Kゴールド

初代セイコー クオーツ アストロンのデザインを踏襲したオマージュモデル。搭載するCal.3X22は、自動的に時刻を修正するスーパースマートセンサーや、ボタン操作だけで現地時刻に修正する高速タイムゾーン修正機能などを備えつつも大幅な小型化に成功した。GPSソーラークォーツ。18KYG(直径40.9mm)。10 気圧防水。世界限定50 本。380万円。

最終仕上げされた「1969 クオーツ アストロン 50周年記念限定モデル18Kゴールド」のイエローゴールド製ケース。深い彫り模様は厚さ1mmのカッターを使い、ひとつひとつ手作業で施したもの。受信感度を高めるべく、ムーブメントは文字盤側から組み込む。そのためケースサイドを薄く見せる効果も出た。


セイコー アストロンの歴史的転換点

 1969年12月25日に発売された「セイコー クオーツ アストロン35SQ」は、時を知るという概念を一新した時計であった。大げさな物言いが許されるなら、人々が等しく正確な時間を知ることができるようになったのは、クォーツムーブメントを搭載した初の量産腕時計であるアストロンの出現以降のことだ。その輝かしい名を受け継いで生まれたのが、GPSソーラーウォッチの「セイコー アストロン」である。この時計も、世界初となるGPS衛星による時刻修正機能を持っていた。狙いは、初代のアストロンに同じく、圧倒的な高精度だった。

左は模様なしの初期ダミーサンプル、右は模様ありの最終ダミーサンプル。オリジナルの模様を完全に再現できたが、あえて新しいパターンに変えたと佐藤氏は説明する。

セイコー クオーツ アストロンのトリビュートモデルには、初代と同様のケース仕上げが施された。モックを使った試行も行われた結果、オリジナルの縦模様に対して新作はケースに沿わせるような模様に決まった。

〝新しい〞アストロンの歩みは、奇しくも初代に同じだ。消費電力を抑え、小型化を進め、誰でも使えるまでに進化させる。2012年に発表された7Xシリーズは高機能時計らしい大ぶりのケースを備えていたが、14年の8Xシリーズでは大幅に小型化され、18年にリリースされた5Xシリーズに至っては、その大きさは普通の時計に相違なくなった。19年の3Xシリーズではさらなる小型化が進められ、GPSソーラーウォッチであることを感じさせる要素はどこにもない。かつて、高機能時計の象徴であったクォーツウォッチが当たり前になったのと同じように、セイコーは、10万年に1秒しか狂わないGPSソーラーウォッチを当たり前の存在に変えようとしている。

鎌田淳一

アストロンのデザインを統括する鎌田淳一氏。「アンテナを小型化した5Xと3Xのおかげで、デザインの自由度は増しました。そこで、単なるスペック競争を抜けて、デザインの水準を上げようと考えました。5X搭載機は、文字盤の成形を工夫し、針と文字盤の間隔を詰めています」。

〝普通〞になったGPSソーラーウォッチを象徴するのが、キャリバー3X22を搭載した「1969 クオーツ アストロン50周年記念限定モデル」である。デザインのモチーフは、1969年の初代アストロン。デザインを監修した鎌田淳一氏はこう語る。「初代アストロンは偉大な存在ですね。であれば、最新のアストロンもそこに回帰すべきではないかと思いました」。アンテナの仕様が変わった5Xと3Xは、それ以前のモデルのように、大きなリングアンテナをカバーする分厚いベゼルを持つ必要がないため、デザインを限りなく普通の時計に近づけられる。今回、セイコーのデザインチームは、薄いベゼルとクッションケースというアストロンの特徴をそのまま再現した。

“トリビュートモデル”のデザイン画。デザインを監修した鎌田淳一氏曰く「オリジナル同様、裏蓋を小さくするため、ムーブメントは文字盤側から入れている」とのこと。

5Xシリーズの投入にあたって、セイコーのデザインチームは表示用の書体も新しく書き起こした。

 小さなキャリバー3X系は、また小ぶりな女性用のアストロンを可能にした。「ムーブメントが小さくなった結果、ラグを短くできました。またクッションケースを横に広げることで、外周部を薄く見せています」。ふたつのプッシュボタン以外、これがGPSソーラーウォッチであることを感じさせる要素は皆無だ。

 5Xと3Xを載せたアストロンはサイズだけでなく、質感も高まった。光発電で駆動するアストロンは、文字盤がポリカーボネイト製である。質感を出すのは難しいとされてきたが、鎌田氏は「ポリカーボネイト文字盤の厚みを逆手にとって、レイヤー感を出した」と言う。加えて、35SQのオマージュモデルは文字盤の裏側から金を吹くことで、女性用のアストロンの一部モデルは、文字盤そのものを立体的に加工することで、文字盤の奥行きを強調する。

セイコー アストロン 3Xシリーズ レディスコレクション STXD002

セイコー アストロン 3Xシリーズ レディスコレクション STXD002
最新のCal.3X22を搭載した女性用モデル。アンテナなどのさらなる小型化により、アストロン史上最もコンパクトなサイズを実現したが、基本的な機能は5Xに準じる。ユーザーが簡単にストラップを交換できるレバー式のインターチェンジャブルストラップが採用された。文字盤にはマザー・オブ・パールを採用。GPSソーラークォーツ(Cal.3X22)。セラミックス×SS(直径39.8mm、厚さ12.9mm)。10気圧防水。24万円。
セイコー アストロン 5Xシリーズ デュアルタイム SBXC021

セイコー アストロン 5Xシリーズ デュアルタイム SBXC021
もはやGPSソーラーウォッチであることを感じさせない最新のアストロン。しかし、GPS衛星の電波を1日2回受信するスーパースマートセンサーや、2カ国の時間を瞬時に切り替えられるタイムトランスファー機能、自動的にサマータイムを修正する機能など、アストロン史上最高の性能を持つ。また、受信速度も改善されている。GPSソーラークォーツ(Cal.5X53)。SS(直径42.7mm、厚さ13.3mm)。10気圧防水。21万円。

 劇的な進化をもたらした一因は、アンテナの改良だ。かつての7Xと8Xはベゼルの下に大きなリングアンテナを備えていたが、5Xでは小さなパッチアンテナになり、3Xにおいてはアンテナ自体が受けと一体化された1枚板となった。ムーブメントを設計した田村修一氏はこう説明する。「5Xと3Xに搭載した新GPS-ICは受信性能が向上しています。それで受信感度が高いリングアンテナを使う必要がなくなりました。一方で、GPS受信の消費電力は8Xに対して約2分の1に減りました」。消費電力が減ると、文字盤の透過率を下げて、質感を高められる。

キャリバー5Xおよび3X系の開発に携わったセイコーエプソンの技術者たち。右から、ムーブメント設計を担当した田村修一氏、外装設計を監修する小林篤志氏、8X以降の外装設計に携わる三島義雄氏。「5Xは日本人の手首回りに合った時計だと思います。ですが、それ以前の立体的なデザインは引き継ぎました」(小林氏)。「アストロンの外装設計で難しいのは受信感度を落とさないことですね」(三島氏)。

 また、リングアンテナを廃した結果、ケースを小さくする一方で、文字盤を拡大できた。8Xの文字盤径28㎜に対して、5Xは30㎜、小型の3Xでも27㎜もある。さらに、ベゼルの高さを抑えられるため、風防と針の間隔は大きく詰まった。「文字盤外周のリングで文字盤を押さえるのは従来に同じです。しかし、8X以降は両者の間隔を詰めました。ですが、立体感を残したいので、5Xのインデックスは斜面をつけたダイアルリングに植えています」。

セイコー アストロンの進化を示すサンプル。左から7X(2012年)、8X(14年)、5X(18年)、3X(19年)の完成品、ムーブメント、アンテナおよびGPS-IC回路。3Xのアンテナは大きく見えるが、樹脂ベースの極めて薄いものだ。わずか7年で、GPSソーラーウォッチの設計は一新された。3代目となるGPS-IC開発によって小型化にもかかわらず、GPSサーチ能力は1.5倍と受信性能を向上させる一方で、消費電力は約4分の1に減少した。

 アンテナの小型化によって、機能も増えた。「スペースができた結果、5Xは秒と分、時専用のモーターを載せています」。結果、アストロンはクォーツとは思えないほどの太くて長い針を載せられるようになった。「搭載する2次電池もオリジナルで、3Xではさらに薄型化しています。他社のものに比べてはるかに小さい。こういった要因が重なって、アストロンの小型化と多機能化が可能になりました」。

 初代アストロンが目指した、誰にでも正確な時計をもたらすという理想は、クォーツ革命を経て、50年後の新しいアストロンで成就しようとしている。「高い機能を持つにもかかわらず、それを感じさせない時計」(鎌田氏)。このGPSソーラーウォッチが、アストロンの名を与えられたのは決して偶然ではない。

セイコーエプソンには、主にクレドールの宝飾時計を製作する宝飾部門がある。同部門で「1969 クオーツ アストロン 50周年記念限定モデル 18Kゴールド」の18Kイエローゴールドケースに模様を施す佐藤清氏。「仕上げの手法は、復刻版35SQの試作に携わった先輩から直接学びました。模様は違いますが、やり方自体は50年前と同じです」。

模様付けの様子。高速回転するスティールカッターをケースに当てて、深い彫り模様を施していく。なお、ケースを固定するジグは、ダイヤモンドなどの石留めに使うものを応用している。宝飾工房ならではのノウハウだ。

研磨が終わった状態のクオーツ アストロン 50周年記念限定モデルの裏蓋。セイコーの高級品らしく、ほぼ完全な鏡面を持っている。


Contact info: セイコーウオッチお客様相談室 ☎0120-061-012