いつも時代を魅了する新生「パシャ ドゥ カルティエ」

FEATURE本誌記事
2020.10.03

1985年のリリース以降、カルティエのアイコンであり続ける「パシャ ドゥ カルティエ」。同社の豊かな歴史と時代を反映したデザインは、なるほどアイコンたるに相応しいものだ。2020年、カルティエはこのモデルを、キープコンセプトで全面刷新。大胆な造形を残しつつも、内外装を大きく洗練させたのである。

パシャ ドゥ カルティエ

井置修:写真 Photographs by Osamu Ioki
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2020年11月号初出]

大胆さと洗練性の融合

 2020年にリニューアルされた「パシャ ドゥ カルティエ」。デザインは1985年の第1作に回帰し、一方で高い耐磁性やデスクワークでも巻き上がる高い巻き上げ効率など、スペックは第1級となった。かつてカルティエが意図していた「シチュエーションを選ばない時計」にパシャ ドゥ カルティエは回帰したのである。

 1970年代以降、デザインに活路を見いだしたスイスの時計業界は、薄型時計とそれ以上に、スポーティーウォッチにフォーカスした。カルティエもその例外ではなく、78年には「サントス ドゥカルティエ」を、82年には「パンテールドゥ カルティエ」それぞれの新作をリリースした。いずれも薄型クォーツムーブメントのメリットを生かした、スリークなケースを持つコレクションであった。

 加えてカルティエは、85年に「パシャドゥ カルティエ」を追加。これは、リュウズカバーとアラビア数字インデックスを持つ極めてスポーティーな腕時計ながらも、デザインのディテールは、古典に範を取ったものだった。例えば、内側を大きくえぐり取ったコンケーブベゼル。これは往年の高級時計が好んだデザイン要素である。また、100m防水の時計にもかかわらず、リュウズカバーの先端にはカボションカットの貴石があしらわれた。

パシャ ドゥ カルティエ

 このスポーティーながらも豪奢なデザインは、当然ながら人々の注目を集めた。カルティエのコレクターにして、歴史家でもあるジョージ・クラマーはこう記す。「1985年から87年にかけて、パシャは短期間で認知されるようになり、トレンドセッターやオピニオンリーダーたちが持つようになった」。彼がそう記したのには理由がある。当初のパシャには極めて高価な18Kゴールドモデルしかなかったのである。

 もっとも、カルティエはパシャを求める人々の声には抗しがたくなっていた。カルティエは、90年にはステンレススティールモデルを、95年には直径35㎜の「パシャ C」を追加。バリエーションを広げたパシャは、たちまちカルティエの新しいアイコンとなったのである。「最初、パシャを着けている大多数は男性だった。しかし、後に男性用のパシャを着けている女性を、ミラノの路上で見るようになった」(ジョージ・クラマー)。

 2020年の新しいパシャ ドゥ カルティエは、冒頭で述べた通り、1985年モデルのデザインを取り入れつつも、大幅にブラッシュアップしたモデルとなった。とはいえ、ディテールはいっそう洗練されており、ベゼルのトップは細く絞られたほか、リュウズカバーを支えるプレートもケースに格納された。ベゼルは固定式に変更され、また初期モデルの特徴であった日付表示の拡大レンズも省かれている。

 オリジナルのパシャ世代と言うべきコレクターのくろのぴーす氏は新しいパシャをこう評する。「オリジナルのデザインを受け継ぎつつも、ムーブメントが変わって性能も良くなっていますね。ベゼルの見せ方を変えたのは新しい。ベゼルの幅で、その時計の世代が分かりますね」。確かに、カルティエはパシャを巧みにアップデートしている。ムーブメントも同様で、新しいパシャが搭載するキャリバー1847MCは、トランスパレントバックにもかかわらず、高い耐磁性(理論上の最大値は1500ガウス)を持つ。

パシャ ドゥ カルティエ

カルティエ パシャ ドゥ カルティエ
「シチュエーションを選ばない時計」という原点に回帰した2020年の新生「パシャ ドゥ カル ティエ」。性別を問わないデザインもまた、パシャらしい。左から、直径41mmのSSモデル、18KYGモデル、直径35mmのSSモデル。自動巻き(Cal.1847MC)。23 石。2 万8800 振動/時。パワーリザーブ約40時間。ケース径41mmモデルは厚さ9.55mm、ケース径35mmモデルは厚さ9.37mm。100m防水。価格は左から71万円、176万4000円、65万5000円。

 一方、新しい世代に、新型パシャはどう見えているのだろうか。「控えめなケース径35㎜の方は装着感も良さそうですね。またムーブメントが見えるのは個人的にポイントが高いです」と、若き時計愛好家のDOI氏は語る。装着感に注目したのは、なるほど新しい世代の見方だ。

 新しいパシャは、立体的な見た目にもかかわらず、実は薄い時計である。35㎜サイズの厚みは9.37㎜、41㎜サイズの厚みも9.55㎜と、前作のシータイマーより2㎜以上も薄くなった。100m防水と、ドレスウォッチに見まごう薄さを両立できた理由は、カルティエが外装を自製するようになったため。加工精度の高い、つまりは薄くて気密性の高いケースは、結果として、パシャの使い勝手を大きく向上させたのである。ちなみに新しいパシャの発表に際して、カルティエは5名のクリエイターをアンバサダーに選んだ。なるほど、全員、重い時計を着けそうにない人たちばかりだ。

パシャ リュウズカバー

(左)カボション付きの大ぶりなリュウズカバーを外すと、小さなリュウズが見える。リュウズにも同色のカボションが配される。小ぶりなリュウズは自動巻きの巻き上げ効率に対する自信故か。ベゼルが示す通り、ケースの磨きは極めて良い。
(右)トランスパレントバックからのぞく自動巻きムーブメントCal.1847MC。裏蓋をあえてネジ留めにすることで、薄いケースバックを実現した。

 加えてカルティエは、パシャに剛性感のあるブレスレットを与え、ヘッドとの重さのバランスを改善した。かつてのパシャCを思えば隔世の感がある。重すぎず、軽すぎない新しいブレスレットには、容易にコマを分解できる「スマートリンク」機能が加わったほか、ケースにはブレスレットとストラップを容易に交換できる「クイックスイッチ」が追加された。シチュエーションや性別を問わない点も、パシャの原点回帰と言えるかもしれない。

 かつて、その大胆なデザインで多くの人々を魅了したパシャ。その新作には、薄さ、耐磁性、長いパワーリザーブといった実用時計として望ましい要素が備わった。キープコンセプトで大きく様変わりした新しいパシャはきっと、いっそう多くの人々を魅了するに違いない。

パシャ ブレスレット

(左)クイックスイッチの採用により、ブレスレットとストラップの交換は容易だ。ブレスレットとその取り付け部は、加工精度の高さを反映して、極めて遊びが少ない。
(右)ブレスレットのサイズ調整が可能なスマートリンク機能。バックル近くのコマに内蔵されたボタンを押すと、ピンがバネによって弾き出され、コマを簡単に外すことができる。男女兼用のモデルにこそ向く機能だ。

Contact info: カルティエ カスタマー サービスセンター TEL:0120-301-757


カルティエの時計、主力3シリーズと人気モデル紹介

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2020年 カルティエの新作時計

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カルティエの歴史と基礎知識。注目モデルや選び方をチェック

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