ニッチメーカーからの脱却を手助けした 薄型自動巻き F.P.ジュルヌ「Cal.1300系」

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2022.11.27

『クロノス日本版』の広田雅将編集長が独断で選び、解説する「傑作ムーブメント列伝」。今回はF.P.ジュルヌCal.1300系を紹介しよう。薄型かつロングパワーリザーブという特徴を持つこの自動巻きムーブメントは、登場以来、F.P.ジュルヌのオートマティックモデルを支え続けている。

吉江正倫:写真
Photographs by Masanori Yoshie
広田雅将(クロノス日本版):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
2022年11月27日公開記事

Cal.1300.3

最新のCal.1300系は、F.P.ジュルヌの他のムーブメントに同じく、18KRG製の地板と受けを持つ。真鍮ではなく、あえてゴールドを選んだのは、古典的なムーブメントに倣ったため。適度な重みもこのムーブメントの個性だ。写真はCal.1300.3。直径34.60mm、厚さ5.90mm。37石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約160時間。フリースプラング。


薄型とロングパワーリザーブを両立した名基幹キャリバー

 1999年の創業以来、天才時計師の率いるニッチなメゾンとして知られてきたF.P.ジュルヌ。そんな同社の認知度を一躍高めたのが、2001年に発表された自動巻きムーブメントを持つ「オクタ」コレクションだった。搭載するのはまったく新しい自動巻きのCal.1300シリーズ。天才フランソワ-ポール・ジュルヌは、このムーブメントを高い汎用性を備えたものとして設計し、しかも成功した。

 その設計は気鋭の独立時計師としては相当意欲的だったが、会社の創業以前から、彼はこのプロジェクトを温めていた。大きな特徴は、長いパワーリザーブと大きな日付表示を設けていたことだ。加えてムーブメントの薄さは、このコレクションが、毎年のようにラインナップを拡張することを可能にした。

 彼は「オクタ」コレクションにさまざまな複雑機構を載せたが、基本的にはすべてのモデルに同じケースを用いたのである。ジュルヌはその理由を次のように説明する。

「ケースを共通化したのは経済的な理由だ。F.P.ジュルヌというのは小メーカーである。そのためケースに払うコストは決して小さくない。もし同じケースを違うモデルに転用できたら、費用を節約できるだろう」

 結果、彼はオクタの搭載するムーブメントを、どんな機構であれ、厚さ6.0mm以内に留めた。本来はオクタ、つまり8日という長い駆動時間を想定していたが、ムーブメントの耐久性を考えて、あえて5日(約120時間)巻きに落としたとジュルヌは語る。そしてムーブメントを限りなく薄くし、緩急針を持たないフリースプラングテンプによって高い精度を得た。

 このムーブメントが成功を収めた理由は、約120時間という長いパワーリザーブをシングルバレルで実現した点にあった。F.P.ジュルヌは、輪列を増やしてパワーリザーブを延ばしたり、香箱の数を増やしたりするのではなく、1mの長い主ゼンマイを用いるという古典的な手法で、ロングパワーリザーブを実現した。

Cal.1300 図

「オクタ」コレクションが成功を収めた理由に、搭載ムーブメントの薄さと長いパワーリザーブの両立がある。加えてジュルヌは、設計を可能な限りシンプにまとめることで、Cal.1300.1を普段使いに向くものとした。

 彼の個性である簡潔な設計は、ベーシックなCal.1300系にこそ明らかだった。なお、Cal.1300系の自動巻きは、あえてローターの軸がムーブメントの中心からずらされている。F.P.ジュルヌはその意図を、ムーブメントの背後に天文表示を加えたかったからと述べた。

 しかし他社より、マイクロローター自動巻きのベースムーブメントにハイコンプリケーションを加えた天文時計が先駆けて発表された。近い設計思想を持つハイコンプリケーションが登場したことで、F.P.ジュルヌはCal.1300系に天文表示を載せることを取りやめてしまった。

 この傑作ムーブメントがさらに進化したのはCal.1300.3以降である。大きな違いは自動巻きがリバーサー式の両方向巻き上げから、シンプルな片方向巻き上げに変わったこと。デスクワークで使っているスタッフの個体が巻き上がらないことに気付いた彼は、シンプルな片方向自動巻きを採用することで、このキャリバーを幅広い層が使えるものに進化させたのである。

 今でこそさまざまなメーカーが採用する片方向自動巻きムーブメント。いち早くそのメリットに気付いたのは、F.P.ジュルヌの天才たるゆえんだろう。現在もこのムーブメントは「オートマティック」コレクションの基幹キャリバーとして広く使われている。

 薄くてパワーリザーブが長く、そして高精度。このムーブメントが示すものとは天才、フランソワ-ポール・ジュルヌの時計に対する深い洞察にほかならない。

Contact info: F.P.ジュルヌ東京ブティック Tel.03-5468-0931


アイコニックピースの肖像/F.P.ジュルヌ「オクタ」

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