ヴァシュロン・コンスタンタンが紡ぐ天空の時 第3回「Ref.57260」

FEATURE本誌記事
2023.02.22

ヴァシュロン・コンスタンタンの中でビスポークに対応する「キャビノティエ部門」。そこから生み出される、傑出したユニークピースの中から本連載ではセレスティアルウォッチを主軸に超高級時計製造の極北を追ってきた。天体の運行から生み出される最も複雑なメカニズム、つまり暦の正確な再現は、未だ達成されていない。現時点での頂点を極めた傑作は、次世代への原点だ。

Ref.57260

Ref.57260
創業260周年を迎えた2015年に発表された最も複雑な時計。「アトリエ・キャビノティエ」(2006年当時の呼称)が起ち上げられた初期に発注されていたユニークピースで、完成までに8年以上が費やされた。手巻き。18KWG(直径98.0mm、厚さ50.55mm)。非防水。
Edited & Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]


頂点にして原点

 いくつ以上の機能が搭載されていれば、グランドコンプリケーションと呼べるのか? これはなかなか返答に窮する問題だ。搭載される機能の数に明確な定義などないし、強いて答えるなら、その時代に持てる技術のすべてを注ぎ込んだものと言うしかない。17〜18世紀には王侯貴族がその担い手であったが、20世紀初頭には大富豪たちが彼らに取って代わった。そして機械式時計が復権を果たした20世紀後半は、ブランド自身がその主導権を握ることになってゆく。

Ref.57260

その厚さだけで50mmを超える懐中時計の超大作。12時位置に通常の巻き上げと時刻合わせを行うためのリュウズと、クロノグラフ用のモノプッシャーを備える。4時位置にあるリュウズはアラーム専用香箱の巻き上げ用。

 21世紀に「最も複雑な時計」に挑んだのはヴァシュロン・コンスタンタンだ。その成果である「Ref.57260」は、その名の通り57機能を有し、創業260周年にあたる2015年に発表された。開発には3名の時計師が専属で、8年以上の歳月を要したとされる。キャビノティエ部門の起ち上げは06年だから、その設立当初から世界最高峰の時計製造が企画されていたことになる。

 Ref.57260の心臓部は、3軸のアーミラリ天球儀トゥールビヨンと、6ハンマーのストライキング機構を有した地板、そしてメインダイアル側に重ねられた合計4枚のプレートで構成される壮大なもの。ストライキング機構は2ハンマーを使うミニッツリピーター、4ハンマーを使うウェストミンスターカリヨンのグラン/プチソヌリ、そして6ハンマーのすべてを用いるアラームに分けられる。追加プレートのうち1枚は、世界初となったダブルレトログラード式のスプリットセコンドに振り分けられ、通常のスタート/ストップ/リセットの制御はワンプッシュ方式とされている。

Cal.3750

Cal.3750
合計で57機能を有するCal.3750の核となる地板部分。そのほとんどが、ふたつの専用香箱と通常輪列、3軸トゥールビヨン、そして6ハンマーのストライキング機構で占められる。直径72mm、厚さ36mm。242石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約60時間。部品数は2800点以上に達する。

 残る3枚の追加プレートは、すべて永久カレンダーと時差の表示に割り当てられている。まず平均太陽時(グレゴリオ暦)ベースの永久カレンダーには、レトログラードデイト、均時差、日の出/日の入りと昼夜の長さなどを表示。このカレンダーは、ISO8601に定められている52週7曜のビジネスカレンダーとして表示することも可能だ。ベースとなる時分表示はレギュレーター式、ワールドタイム表示はこれも世界初となる12時間表示、ムーンフェイズが1日分の誤差を累積するのには1027年を要する。

Cal.3750

上記地板の表裏と、重ねられる4枚のプレート。プレートNo.150にダブルレトログラード式のクロノグラフ、No.250にグレゴリオ暦の永久カレンダー、No.350にクロノグラフの一部とユダヤ暦の永久カレンダー、No.550に天文表示が振り分けられる。

 この時計をさらに複雑にしているのは、グレゴリオ暦をベースに、ユダヤ暦の永久カレンダーを付加している点だ。ユダヤ暦は19年を1サイクルとするメトン周期に基づくが、太陰太陽暦(月を太陰暦、年を太陽暦で数える)をベースにしているため、平均太陽時との調整は極めて複雑なものとなる。さらに言うならば、地球と太陽と月の運行が織りなす関係は必ず無理数になるため、輪列設計でこれを解決することは不可能なのだ。数々の永久カレンダーや天文時計とは、不可能を知りつつ、その誤差を最小にしてゆく挑戦だ。2015年に辿り着いた頂点は、次なる開発に向けた原点でもあったのだ。


広田ハカセの「ココがスゴイ!」

広田雅将

広田雅将 [クロノス日本版 編集長]
1974年、大阪府生まれ。2ちゃんねるのコテハンとして活躍した後、脱サラして時計ジャーナリストに転身。いつの間にやら業界ご意見番に。多くの時計専門誌に寄稿する傍ら、『クロノス日本版』では創刊2号から主筆を務める。2016年より編集長に就任。

 ヴァシュロン・コンスタンタンが作り上げた、現時点における最高傑作が「Ref.57260」だ。世界で最も複雑な懐中時計とされる本作だが、実は携帯できるサイズに収まっている。設計に工夫を凝らすことで地板をまとめ、時計の厚みを減らす設計があればこそだ。

 古典的な手法が際立つ本作だが、使えるサイズに抑えた技術力も、本作の大きな見所と言える。時計史に残る傑作中の傑作だ。(広田雅将:本誌)



Contact info: ヴァシュロン・コンスタンタン Tel.0120-63-1755


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