良質な時計の選び方/どんな時計を買うべきか? その4

FEATURE良質な時計の選び方
2020.06.02

気に入った時計を見つけて、自分の使う状況も、装着感も視認性も確認したとする。では次に考えるべきは、その時計に対価を払うかどうか、である。

時計を買う際、何を見ればいいのか? その1
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時計を買う際、何を見ればいいのか? その2
 https://www.webchronos.net/selection/11556/
時計を買う際、何を見ればいいのか? その3
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高品質と低価格を両立した好例が、スイスのスウォッチである。1980年代にほぼ完全な自動化ラインを整備したスウォッチは、高賃金のスイスでも、安価に時計を作れることを証明した。スウォッチ「スキンノワール」。クォーツ。プラスチックケース。1万3000円(税別)。Contact info:スウォッチ グループ ジャパン スウォッチコール Tel.0570-004-007
 
広田雅将(クロノス日本版):文 Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)

時計の値段はどうやって決まるのか?

 市場には1000円で買える時計もあれば、1000万円する時計も存在する。これは自動車のあり方に似ているが、自動車と時計はふたつの点が大きく異なる。数百万本作る量産品もあれば、数本しか作らない工芸品も、同じ時計なのである。自動車もメーカーごとに生産台数はまったく違うが、時計ほどの差はない。そして時計の場合は、自動車と異なり、完全に自動化ラインで作ることもできるし、手作業で作ることもできる。現在時計の値段がわかりにくくなった最大の理由は、機械で作った物と、手作業で作った物の違いが分かりにくく、しかもそのふたつが混在している場合があるからだ。ただ一般論を言うと、一部の工芸品を除いて、今の時計は工業製品である。つまり店頭での販売価格は、生産コストに積み増しして決められる。

時計の値段を左右する要素は、以下の通りである。

・生産本数
・手仕上げの割合
・宣伝広告費
・部品点数

 生産本数については先述したとおりである。生産本数が少ないほど値段は上がり、多いほど安くなる。ロレックスのように年間100万本も作っているにも関わらず高価な時計もあるが、質を考えればむしろ価格は安いと見るべきだろう。生産工程を高度に自動化して、質を高めると同時に、価格を下げた好例である。


値段を上げる最大の要素は、手仕上げの割合

 値段を上げる最大の要素は、手仕上げの割合である。スイス製のいわゆる高価な時計は、相応に手仕上げの割合が高い。そしてスイスの熟練工の賃金は、他国に比べてはるかに高い。あるスイスの高級メーカーの場合、日本や旧東独地域の約3倍である。手仕上げの割合を増やすほど、当然価格は上がることになる。もっとも、工作機械が進化した現在、手作業に依存しなくても上質な仕上げは、以前ほど得やすくなった。しかしそういった機械は一台数千万円もする。結果、手作業に依存しなかった大量生産品は、仕上げも良くなったが、値段が高騰するようになった。最新の工作機械を使わなければ、価格を抑えることが可能だ。しかし仕上げを良くしないと、時計業界の激しい競争に勝てなくなったのである。

ほぼ完全に手作業で時計を作っているのが、独立時計師のダニエル・ロートだ。主立った部品は大まかに成型された上で納品されるが、彼はそれらをすべて手作業で仕上げ直し、完全な調整を施す。年産2本から3本というのも納得だ。ジャン・ダニエル・ニコラ「2ミニッツ・トゥールビヨン」。手巻き。Ptケース。2400万円(税別)。Contact info:シェルマン銀座店 Tel.03-5568-1234

 広告宣伝費も、時計の値段を上げる要素だ。かつて時計メーカーは、一部の大企業をのぞいてあまり広告宣伝費を使わなかった。しかし時計の認知度が高まるにつれて、年産数百本の小メーカーも広告費を使うようになった。広告費が乗れば当然時計の値段は上がるだろう。ただし、広告費がかかるから時計の値段が上がったというのは、一面事実だが、必ずしも正しくはない。スイスの時計メーカーが費やす売り上げに占める広告費の割合(総額ではない)は、年間数千から数万本作っているメーカーならば、ここ10年は横ばいである。では広告費を削減すればどうなるか。値段は下げられ、より売れる可能性はある。しかし年に数千本から数万本しか作れない時計メーカーの場合、認知度が下がる可能性は高い。覚えてもらうために広告を出さざるを得ない状況は、ここ10年で急速に強まったのである。

 そして値段を左右する最後の条件は、部品点数である。時計を構成する部品が増えるほど、単純に価格は上がる。また、もうひとつ要素を挙げるならば、株式を公開している時計メーカーや、高級品を扱うグループに属しているメーカーは、高い利益率を維持するためにしばしば価格を上げたがる。しかし価格を上げすぎると、反比例して売れ行きは下がることになる。