1904年に登場した「サントス」は、カルティエのみならず、時計業界におけるひとつの金字塔だ。発表から1世紀以上を経てなお、「サントス」のコレクションはコンセプトを守りつつ、さらに進化を遂げている。その長い歩みを、カルティエの成熟とともに見ていこう。
エレガンスと革新性を強調した新作の「サントス デュモン」。本作はベゼルとケース、ラグの一部を彫り、そこにブラックラッカーを流し込むという技法を採用する。ケースの厚さはわずか7.3mm。手巻き(Cal.430 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(縦43.5×横31.4mm)。3気圧防水。ブラックアリゲーターストラップ。予価84万7000円(税込み)。
広田雅将(クロノス日本版):文 Text by Masayuki Hirota(Chronos Japan)
マニュファクチュール、カルティエ
本気のウォッチメイキング
腕時計の元祖と言われているのが、カルティエの「サントス」だ。確かにこれ以前にも、「腕時計もどき」と呼べるものは存在した。しかし、ケースと一体化されたラグを持っていた「サントス」は、懐中時計にレザーストラップを巻いたものとは明らかに違うデザインを持っていた。タフに使ってもストラップが外れにくく、そして使うシチュエーションを選ばない。「サントス」とは、まさに今の腕時計の在り方を先取りするものだったのだ。
その「サントス」が再び日の目を見たのは、1978年だった。新しい「サントス ガルベ」は、薄いケースはそのままに防水性能を30mに高め、さらにメタルブレスレットを備えたモデルだった。しかし、どこでも使える腕時計という「サントス」のキャラクターは不変だったのである。
以降も「サントス」は、そもそもの在り方は同じながら、時代に応じて姿を変え続けた。その最新作が、オリジナルの個性を色濃く残した薄い「サントス デュモン」と、タフで汎用性の高い「サントス ドゥ カルティエ」だ。見た目も性格も「サントス」らしさを受け継いでいるが、別物に進化を遂げたのである。
(右)Archives Cartier © Cartier
(右)「サントス」の注文台帳より。1911年、サントス=デュモンは自らのために作られた腕時計を、カルティエが顧客に販売することに同意。同年の2月16日、「サントス」初の量産型がカルティエの販売台帳に記された。
2001年に自社工場を完成させたカルティエは、まずムーブメントに加える付加機構を、続いてムーブメントそのものを製造するようになった。その後もカルティエは内製化を推し進め、今ではケースやブレスレットも自社製だ。スイスには優れた時計メーカーが数多くある。しかし、ムーブメントはもちろん、外装まで自社で手掛けるカルティエのような会社は、数えるほどしかない。
カルティエほど人気のあるメーカーならば、他社から買った部品を腕時計に仕立てても、誰も文句を言わないはずだ。事実、同社が時計生産に本腰を入れるようになった1973年以降、カルティエはそういう手法で腕時計を作り続けてきた。しかし2001年以降、「王の宝石商」は、老舗の時計メーカーも顔負けのマニュファクチュールに姿を変え、着々と進化を遂げているのである。
カルティエの進める内製化は、「サントス」の在り方も大きく変えた。例えば薄型の「サントス デュモン」。ケースを自社製にすることで加工精度は大きく高まり、ポリッシュした面には、ほぼ歪みが見られなくなった。また、リュウズを引き出して左右に動かした際の、無駄な遊びもなくなったのである。完成度の高さは、「サントス ドゥ カルティエ」も同じだ。
オリジナルの「サントス」の造形を今に受け継ぐのが本作だ。自社製ケースの完成度の高さは、ケースに映り込んだ影の歪みの小ささからも明らかだ。サイズ違いに加えて、手巻きのCal.430 MCを搭載したモデルもある。クォーツ。18KPG(縦43.5×横31.4mm、厚さ7.3mm)。3気圧防水。174万2400円(税込み)。
例えばブレスレット。それぞれのコマに内蔵されたピンを押し込むと、完全に分解できる。こういったブレスレットは他社にもあるが、「サントス」のそれは、部品の加工精度が高いため、内蔵されたピンが一見分からない。ブレスレットとケースの噛み合わせも、交換式とは思えないほど精密だ。普通、こういった部品は社外製のため、あえて噛み合わせを緩くしている。しかしケースもブレスレットも社内で製造できるカルティエは、このふたつの精度を大きく高めたのである。
「サントス」の完成形。簡単にブレスレットを交換できる「クイックスイッチ」システムや、コマの調整が容易な「スマートリンク」システムを採用する。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約42時間。SS(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。99万8800円(税込み)。
1978年の「サントス ガルベ」を思わせるコンビネーションモデル。時計が薄く、ブレスレットとの重さのバランスに優れるため、装着感はかなり良好だ。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS×18KYG(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。157万800円(税込み)。
こういったディテールに目を向けなくても、内製化の恩恵は明らかだ。ベーシックな「サントス」の3針モデルは、「サントス」らしい薄型ケースに特徴がある。しかし、ケースの厚みが10mmを切っているにもかかわらず、防水性能は10気圧に高められたのである。この厚みのケースだと普通は3気圧防水がせいぜいだ。対してカルティエは、ケースの加工精度を高めることで、その壁を破ったのである。
どこでも使えるというキャラクターはそのままに、劇的な進化を遂げた「サントス デュモン」と「サントス ドゥ カルティエ」。このふたつに込められたのは、“ファーストクラス マニュファクチュール”を目指すカルティエの本気、なのである。
傑作Cal.1904 MCをベースに採用するクロノグラフ。ベゼルには傷が付きにくいADLC加工が施されたほか、インデックスと針には夜光塗料が塗布される。自動巻き(Cal.1904-CH MC)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS+ADLC(縦51.3×横44.9mm、厚さ12.4mm)。10気圧防水。132万円(税込み)。
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