カルティエの原点「サントス」最進化形

2022.12.17

1904年に登場した「サントス」は、カルティエのみならず、時計業界におけるひとつの金字塔だ。発表から1世紀以上を経てなお、「サントス」のコレクションはコンセプトを守りつつ、さらに進化を遂げている。その長い歩みを、カルティエの成熟とともに見ていこう。

サントス デュモン

サントス デュモン
エレガンスと革新性を強調した新作の「サントス デュモン」。本作はベゼルとケース、ラグの一部を彫り、そこにブラックラッカーを流し込むという技法を採用する。ケースの厚さはわずか7.3mm。手巻き(Cal.430 MC)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(縦43.5×横31.4mm)。3気圧防水。ブラックアリゲーターストラップ。予価84万7000円(税込み)。
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(クロノス日本版):文 Text by Masayuki Hirota(Chronos Japan)


マニュファクチュール、カルティエ
本気のウォッチメイキング

「サントス」リストウォッチ

Vincent Wulveryck, Cartier Collection © Cartier
1912年に製作された「サントス」リストウォッチ。「サントス」の特徴であるケースと一体化されたラグが見て取れる。

 腕時計の元祖と言われているのが、カルティエの「サントス」だ。確かにこれ以前にも、「腕時計もどき」と呼べるものは存在した。しかし、ケースと一体化されたラグを持っていた「サントス」は、懐中時計にレザーストラップを巻いたものとは明らかに違うデザインを持っていた。タフに使ってもストラップが外れにくく、そして使うシチュエーションを選ばない。「サントス」とは、まさに今の腕時計の在り方を先取りするものだったのだ。

アルベルト・サントス=デュモン

© Albert Harlingue/Roger-Viollet
「サントス」の生みの親が、大富豪にして飛行家のアルベルト・サントス=デュモンだ。彼は友人であり、カルティエ創業家の3代目当主ルイ・カルティエに、飛行時にも使える腕時計の製作を依頼した。

「14-bis」号の公開実験

Cartier Documentation © Cartier
サントス=デュモンによる自作の「14-bis」号の公開実験(1906年)。彼は2回目に220mの距離を飛んでドゥッシュ・アルシュデック賞を受賞した。おそらく彼はこの時も「サントス」を腕に巻いていたと思われる。

 その「サントス」が再び日の目を見たのは、1978年だった。新しい「サントス ガルベ」は、薄いケースはそのままに防水性能を30mに高め、さらにメタルブレスレットを備えたモデルだった。しかし、どこでも使える腕時計という「サントス」のキャラクターは不変だったのである。

 以降も「サントス」は、そもそもの在り方は同じながら、時代に応じて姿を変え続けた。その最新作が、オリジナルの個性を色濃く残した薄い「サントス デュモン」と、タフで汎用性の高い「サントス ドゥ カルティエ」だ。見た目も性格も「サントス」らしさを受け継いでいるが、別物に進化を遂げたのである。

ルイ・カルティエ、「サントス」の注文台帳

(左)Archives Cartier Paris © Cartier
(右)Archives Cartier © Cartier
(左)「サントス」を完成させたのが、カルティエ3代目当主のルイ・カルティエである。宝石商としての才能に恵まれていた彼だが、腕時計という新しい分野にも大きな関心を抱いていた。
(右)「サントス」の注文台帳より。1911年、サントス=デュモンは自らのために作られた腕時計を、カルティエが顧客に販売することに同意。同年の2月16日、「サントス」初の量産型がカルティエの販売台帳に記された。

 2001年に自社工場を完成させたカルティエは、まずムーブメントに加える付加機構を、続いてムーブメントそのものを製造するようになった。その後もカルティエは内製化を推し進め、今ではケースやブレスレットも自社製だ。スイスには優れた時計メーカーが数多くある。しかし、ムーブメントはもちろん、外装まで自社で手掛けるカルティエのような会社は、数えるほどしかない。

 カルティエほど人気のあるメーカーならば、他社から買った部品を腕時計に仕立てても、誰も文句を言わないはずだ。事実、同社が時計生産に本腰を入れるようになった1973年以降、カルティエはそういう手法で腕時計を作り続けてきた。しかし2001年以降、「王の宝石商」は、老舗の時計メーカーも顔負けのマニュファクチュールに姿を変え、着々と進化を遂げているのである。

「サントス」リストウォッチ

Vincent Wulveryck, Cartier Collection © Cartier
1916年の「サントス」リストウォッチ。この時代、カルティエの腕時計は基本的に一点物だった。そのため、黎明期の「サントス」は個体によってデザインが若干異なる。1915年のカルティエの腕時計の売り上げを見ると、「サントス」「ベニュワール」の順であった。
サントス ガルベ

Nick Welsh, Cartier Collection © Cartier
「サントス」の名を轟かせたのが、1978年の「サントス ガルベ」だ。オリジナルのデザインとキャラクターを受け継ぎながらも、「サントス」は若い世代にも好まれるスポーティーウォッチへと進化を遂げた。防水性能が30mに向上したほか、カルティエとしては初のステンレススティール製ブレスレットが与えられた。以降の「サントス」は、このモデルの在り方を踏襲するようになった。

 カルティエの進める内製化は、「サントス」の在り方も大きく変えた。例えば薄型の「サントス デュモン」。ケースを自社製にすることで加工精度は大きく高まり、ポリッシュした面には、ほぼ歪みが見られなくなった。また、リュウズを引き出して左右に動かした際の、無駄な遊びもなくなったのである。完成度の高さは、「サントス ドゥ カルティエ」も同じだ。

サントス デュモン

© Cartier
サントス デュモン
オリジナルの「サントス」の造形を今に受け継ぐのが本作だ。自社製ケースの完成度の高さは、ケースに映り込んだ影の歪みの小ささからも明らかだ。サイズ違いに加えて、手巻きのCal.430 MCを搭載したモデルもある。クォーツ。18KPG(縦43.5×横31.4mm、厚さ7.3mm)。3気圧防水。174万2400円(税込み)。

 例えばブレスレット。それぞれのコマに内蔵されたピンを押し込むと、完全に分解できる。こういったブレスレットは他社にもあるが、「サントス」のそれは、部品の加工精度が高いため、内蔵されたピンが一見分からない。ブレスレットとケースの噛み合わせも、交換式とは思えないほど精密だ。普通、こういった部品は社外製のため、あえて噛み合わせを緩くしている。しかしケースもブレスレットも社内で製造できるカルティエは、このふたつの精度を大きく高めたのである。

サントス ドゥ カルティエ

Vincent Wulveryck © Cartier
サントス ドゥ カルティエ
「サントス」の完成形。簡単にブレスレットを交換できる「クイックスイッチ」システムや、コマの調整が容易な「スマートリンク」システムを採用する。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約42時間。SS(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。99万8800円(税込み)。
サントス ドゥ カルティエ

Vincent Wulveryck © Cartier
サントス ドゥ カルティエ
1978年の「サントス ガルベ」を思わせるコンビネーションモデル。時計が薄く、ブレスレットとの重さのバランスに優れるため、装着感はかなり良好だ。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS×18KYG(縦47.5×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。157万800円(税込み)。

 こういったディテールに目を向けなくても、内製化の恩恵は明らかだ。ベーシックな「サントス」の3針モデルは、「サントス」らしい薄型ケースに特徴がある。しかし、ケースの厚みが10mmを切っているにもかかわらず、防水性能は10気圧に高められたのである。この厚みのケースだと普通は3気圧防水がせいぜいだ。対してカルティエは、ケースの加工精度を高めることで、その壁を破ったのである。

 どこでも使えるというキャラクターはそのままに、劇的な進化を遂げた「サントス デュモン」と「サントス ドゥ カルティエ」。このふたつに込められたのは、“ファーストクラス マニュファクチュール”を目指すカルティエの本気、なのである。

サントス ドゥ カルティエ

© Cartier
サントス ドゥ カルティエ
傑作Cal.1904 MCをベースに採用するクロノグラフ。ベゼルには傷が付きにくいADLC加工が施されたほか、インデックスと針には夜光塗料が塗布される。自動巻き(Cal.1904-CH MC)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS+ADLC(縦51.3×横44.9mm、厚さ12.4mm)。10気圧防水。132万円(税込み)。



Contact info: カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-301-757


時計専業メーカーを超えるカルティエ 本気の時計づくりの秘訣

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1世紀を経てなお進化を続ける時計業界のアイコン、カルティエ「サントス ドゥ カルティエ」

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アイコニックピースの肖像 カルティエ/サントス

https://www.webchronos.net/iconic/17089/