レイモンド ウェイル「トッカータ ヘリテージ」は新たなドレスウォッチのスタンダードになるか【着用レビュー】

2026.03.03

2024年12月、筆者はレイモンド ウェイルの「マエストロ」をインプレッションした。その際、家族経営の同社が「スイス時計産業の伝統」を守ることを前提とした製品作りを進めていることを知り、その姿勢に感銘を受けた。今回取り上げる「トッカータ ヘリテージ」は、そんなレイモンド ウェイルがドレスウォッチ分野に新たに投じた一石である。

レイモンド ウェイル トッカータ ヘリテージ

レイモンド ウェイル「マエストロ」を着用レビュー。この価格と品質は、〝名指揮者〟が生み出した

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堀内俊:写真・文
Photographs & Text by Shun Horiuchi
[2026年3月3日公開記事]


「ミレジム」をヒットさせたレイモンド ウェイルが送り込む、次なる刺客

 レイモンド ウェイルの「ミレジム」がヒットしている。webChronosとして語っておくべきは、このミレジムには、編集長・広田雅将がプロデュースのうえ、個人的趣味を反映したデザインを打ち出す、通称“ピロジム”も限定モデルで販売されたことだ。

レイモンド ウェイル「ミレジム」広田雅将監修モデル。目指したのは「日常に寄り添う」ネオ・ヴィンテージ

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 従来より、多くの時計ブランドが販売店限定、あるいは時計メディア限定などの、独自のエッセンスを取り入れた企画モノ時計を作ってきた。そんな中、時計メディアの編集長という個人直々の趣味主観を取り入れてまとめ上げた時計というのはほとんど聞いたことがない。ミレジムのヒットには、このような企画を実現化してしまえるブランド側の度量も大きく寄与している。この点に、「家族経営」の同社の本質がうかがえる。もっとも、ミレジムがヒットしているのは、レギュラーモデルのデザインや品質といった、その素性そのものが良いことの表れと言えよう。

レイモンド・ウェイル ミレジム

レイモンド・ウェイル「ミレジム」Ref.2930-STC-65001
ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)2023でチャレンジウォッチ賞を受賞したモデル。ミレジムヒットのきっかけとなった。自動巻き(Cal.RW4251)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(直径39.5mm、厚さ10.25mm)。5気圧防水。37万4000円(税込み)。

 この現象について、筆者は「近年のレイモンド ウェイルはヒットの法則をつかみ取った」のではないか、と見ている。その法則が何なのかは明言しにくいが、デザインとパッケージが優れ、ディテールのバランスが取れており、加えて価格が納得感のあるもの、ということではないか。中でも決定的なのはやはり「デザイン」に尽きる。あくまでこれは個人的な主観であるが。

「デザイン」は日本語だと意匠に近いが、英語では設計も含まれる。時計のデザインはあくまで後者のほうが近い。デザインで成功するためには、過去にあまた作られてきた意匠のバリエーション、デザイン文法などに精通したうえで、もちろんムーブメントやケースなどのパーツ、構造や製法など時計に関するあらゆることについて膨大な知識を必要とする。決して“一発屋”ではなく、そのため歴史のあるブランドが安定的に良作を出し続けるのは必然とも言える。

 そのようなレイモンド ウェイルが伝統、すなわちヘリテージとして、2針の薄型ドレスウォッチを規範として現在によみがえらせたのが「トッカータ ヘリテージ」である。そのケース形状と放射したサンレイ仕上げの文字盤、アプライドのバーインデックスを見ればパテック フィリップの「ゴールデン・エリプス」を思い浮かべる時計愛好家もいるだろう。価格帯はひと桁違うが、その価格差をどこまで感じさせずに、「トッカータ」そのものの魅力に昇華できているかがキモになる。

レイモンド ウェイル トッカータ ヘリテージ

レイモンド ウェイル「トッカータ ヘリテージ」Ref.2280-PC5-80001
1970年代の時計を想起させる、2針の薄型ドレスウォッチ。異形レクタンギュラーケースを持つ手巻きモデルだ。コッパーダイアルも目を引く。手巻き(Cal.RW4100)18石 2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SSケース+RGPVD(縦33×横38mm、厚さ6.95mm)。3気圧防水。31万9000円(税込み)。


実際のトッカータの印象

 トッカータを見てゴールデン・エリプスを意識してしまうのは必然であろうし、また、手巻きゴールデン・エリプスを所有している筆者としては、それを横目で見つつのインプレションにならざるを得ない。ただしあくまで本記事は、30万円クラスという価格キャップのある量産機としての評価、インプレッションを届けたいと思う。

パテック フィリップと比較しつつ外観や構造をインプレッション

 まずはその外観や構造を見てみよう。

 約1週間のインプレションに用いたのは、ローズゴールドPVDケースを持つコッパーダイアルの手巻きモデル、Ref.2280-PC5-80001である。大きさは縦33×横38mm、厚さ6.95mmと、完全なる薄型のドレスウォッチのディメンションを持つ。そこで気になるラグ幅を測ってみると17mm、またバックルの幅は14mmであり、このストラップのテーパーはいにしえのドレスウォッチそのものではないか、と感じ入った。

 なお、ゴールデン・エリプスはラグなしモデルが代表的であるが、Ref.3546、3746、3846などラグありモデルも存在することから、本作は「ラグがあることがゴールデン・エリプスとの最大の違い」ではないことは明記しておく。

 付け加えると、基本的なオーバル形状以外のもの、たとえばTVスクリーン型や横長のオーバル型など多種多様なデザインのゴールデン・エリプスが存在し、一時期は50種類ものリファレンスが展開されていた。すなわちこのような楕円形状の2針ドレスウォッチのデザインは、1980年代頃までにほとんど耕されつくしているのだ。パテック フィリップ恐るべし、である。このあたりは拙ブログ「トキノタワゴトblog」の、7年ほど前のエントリーに取りまとめてあるので、ご興味あれば読んでいただきたい(http://reverso.txt-nifty.com/blog/2019/05/post-2ab40a.html)。

 話を戻す。

 それではトッカータが主に意匠面でゴールデン・エリプスとはどう違うのか、というポイントを挙げる。

・ケースサイドの形状が異なる。具体的にはケースバックに向けて絞り込まれているのがトッカータ。

・針の形状が異なる。エリプスは細いバトン針が基本。

 逆に言うと、ふたつの時計の違いとは、ほとんどこれだけである。ケースサイドの形状により独自性は出しているものの、トッカータの正面からの印象はほぼゴールデン・エリプスだ。ただし前述の通り、価格はひと桁少ない。

レイモンド ウェイル トッカータ ヘリテージ

ケースサイドをリュウズ側から撮影したショット。ミニマルな形状のラグの付け根を見ると、ケースサイドが絞り込まれていることが分かる。リュウズはケースバックまで届く程度の大きさ。カーフのストラップは薄型ケースに合わせた、適切な厚さと言える。

 1990年代後半からの機械式時計復興期以降、ゴールデン・エリプスはあまり人気がなかったが、ここ数年は注目されており、今回トッカータを世に出したのはタイムリーである。手の届きやすい価格帯で良作を出し続けてきたレイモンド ウェイルらしい作品だ。

詰められたディテールに、辛口の筆者も納得

 それではディテールを見ていこう。いちいちパテック フィリップとの比較となってしまうが、そのつもりで。

 まずは最大の特徴であると思っている文字盤。見事な放射状のサンレイ仕上げで発色も良好。クォリティは高い。アプライドのインデックスもカッチリとしている。ただし表面の平滑さと建て付けの正確さはパテック フィリップに軍配が上がるのはやむなし。とはいえよくこの価格帯でこの文字盤を採用できるな、という高いレベルである。

 針は、パテック フィリップのバトン針に対し、ハカマ部分を除いて少し絞りを入れた細身のドーフィン形状である。製法はさすがに打ち抜きだが、表面は平滑に仕上げられており、文字盤との釣り合いも取れている。伸びやかでありながらクッキリとした稜線は好印象だ。特にアワーハンドは文字盤に近い位置を低空飛行しており、ディテールもよく追い込まれている。

レイモンド ウェイル トッカータ ヘリテージ

文字盤とインデックス、針との関係性を意識して撮ったショット。2針のため、ダイアルの見返しを狭く取ることができる。針と針の間隔、インデックスと分針の位置関係を注目してほしい。

 また、インデックスが薄すぎると安っぽく見えるが、本作は十分な厚みを備えている。その上を周回するミニッツハンドは、インデックスとのクリアランスを詰めるほど一般的には高級感が増す。針間の上下方向の詰め具合によって、ダイアルの見返し幅をどこまで狭くできるか決まるところ、本作は量産可能なレベルで針間もよく詰められ、ドレスウォッチとして十二分に成立するディメンションを与えられている。

 製造工程上の限界はあるものの、こうしたディテールはドレスウォッチを安っぽく見せないために極めて重要であり、要点を押さえた入念な設計がなされていると感じた。

 5分間隔のアプライドインデックスの間にある、黒くプリントされたミニッツインデックスは最小限の長さに抑えられており、ドレスウォッチとして極めて自然である。ブランドネームの印字もシャープだ。

 風防は当然のフラット形状で、丸でも角でもない特徴的なベゼル形状に完璧にフィットしている。

 ケースは全てポリッシュ仕上げで、サテンとポリッシュの複合仕上げであるゴールデン・エリプスと異なるが、これはこれで全く違和感がない。ラグの形状は控えめで好印象であり、ゴールデン・エリプスのRef.3546などに見られる、ケースサイドから一筆で連なる形状とは異なっており、独自性を出している。

 ケースはツーピースで、ケースバックは4隅がネジで止められている。そもそも大汗をかくようなシチュエーションで使われる時計ではないと思うが、必然的に小さいこのネジは、後のメンテナンス時に固着して折れたりすることなくしっかりと着脱できるよう、日頃から水分を避けるなど気を遣いたいところだ。

 ケースバックはシースルーバックであり、オーバル型のサファイアクリスタルガラスからETA2801に範を取ったセリタのCal.SW210-1b(本作ではRW4100)が見える。これは11.5リーニュの丸型手巻きムーブメントで、12時位置に比較的大きめなテンワが位置することなどから、オーバル型のムーブメントが入っているように見えなくもない。錯覚を利用した優れた意匠と言えよう。なお仕上げは並と言ってしまえばそれまでだが、メインブリッジのヘアラインや青ネジの使用など魅せる仕様にも気を遣っていることが読み取れる。

レイモンド ウェイル トッカータ ヘリテージ

ETA2801をコピーしたセリタSW210(Cal.RW4100)は丸型のムーブメントである。大きめのテンワが12時位置に存在し、これを意識したような楕円形のシースルーバックを実現することで、オーバル型ムーブメントが搭載されているように見えなくもない。まさに目の錯覚を利用した好例。


設計上の制約を踏まえた実際の使用感と考察

 それでは1週間程度、実際に使ってみたインプレッションに移る。

巻き心地は再考の余地あり

 本作は手巻き時計であり、日常使用には基本的に毎日、リュウズを使った手巻き動作が必要になる。主ゼンマイがほどけきった静止状態からの巻き上げは、巻き始め時は比較的軽いものの、巻き上げが進むと徐々に重くなっていき、フルまで巻くころには相当な抵抗感になった。

 これが自分だけの感覚かどうかを確認したかったため、8割程度巻き上げた状態で筆者の妻に巻き上げてもらおうとしたところ「指が痛くて全く巻き上がらない、これ以上力を入れると主ゼンマイを巻き切ってしまうのではないかと感じるような抵抗」という反応であった。

 断っておくが本個体だけの問題かもしれないので、もし実際に購入する場合は、ここは許容できるレベルかどうかをぜひ確認してほしい。

 ここで考察する。Cal.RW4100(SW210)のメインスプリングはかなり強いものが使われているのは想像に難くないが、加えて巻き真から香箱までの減速比が比較的小さい設計なのではないかと思う。

 この巻く力を低減させたい場合にできることは、当然リュウズを大きくすることが考えられる。実際、トッカータのリュウズはケースバック下面近くまで至る大きなサイズであり、ゴールデン・エリプスの小さいリュウズとは明確に異なる。シースルーバックにしたのは、ユーザーがムーブメントを見て楽しめることに加え、ケースバックの厚さを確保することでリュウズの大きさも拡大する意図もあったのではないかと想像する。

 ただしこのリュウズ、巻き上げの観点からはサイズを生かしきったデザインになっていないのではないか、と思った。より峰をシャープにしたローレットを与え、指がかかる外周まで大きな直径をキープするような意匠のものが使われていたら、少々印象は異なったかもしれない。

 手巻き時計は基本的に毎日リュウズを巻くものであり、機械とダイレクトにつながる「巻き上げ」が心地よいものであることは重要と考える。これがもう少し軽くないと、「コハゼのクリック感」などのインプレションに移ることが出来ない。「巻き心地」以外の出来が良いだけに残念である。

 なおトッカータにはひと回り小さく薄いクォーツモデルも存在する。こちらのリュウズは相対的に小さく、ゴールデン・エリプスと同様のたたずまいを見せる。手巻きゴールデン・エリプスの機械はCal.23-300またはCal.215が搭載されており、手巻きのトルクはいずれも小さく繊細で、ここは価格差が表れていると思う。致し方なし。

レイモンド ウェイル トッカータ

手巻き2針というニッチな存在であるがゆえに、過去の名作との比較は避けられないかもしれない。

ムーブメントの特徴について

 ムーブメントに関してはもう2点、これは良い悪いではなく特徴的なことを指摘しておく。

 まずは、このムーブメントは4番車がセンターに位置するセンターセコンド機である、ということだ。2針なので輪列はスモールセコンドだろうがセンターセコンドだろうがどうでもよいと言えばその通りなのだが、薄型手巻き2針ドレスウォッチの機械はパテック フィリップのCal.215やヴァシュロン・コンスタンタンCal.1001~1003、ジャガー・ルクルトCal.849などのスモールセコンド輪列の機械の印象が強い。こういった有名なスモールセコンド機の真ん中に目立つ歯車は2番車であり、1周するのに1時間かかるため、その回転運動はなかなか認識できない。

 一方、このCal.RW4100はセンターセコンド機なのでセンターの歯車は4番車であり、1分間に1回転する。そのスピードに違和感を覚える時計愛好家は、筆者だけではあるまい。

 加えてさらに面白いことに、この機械はなんとハック付きである! 秒針がないため針を止めることにはほとんど意味はないと思うが、機構上は一切のアレンジなくそのまま用いられている。ただしトッカータのような薄型ドレスウォッチの手巻き2針の量産時計を手に届きやすい価格で実現しようとした場合、考えられるムーブメントはほぼETA2801およびSW210となるのが現実であろう。

 本機の精度は秒針がないため正確に測れないが、1週間程度の累積で、目視で約1分の進みとなった。単純計算すれば1日10秒以内の進みとなり、十分に正確と言える。


装着感について

 本作はシースルーバックのため、ケースバックがソリッドバックよりも若干厚くなる。それでも厚さ6.95mmに収めているパッケージングはさすがであり、大きすぎないサイズも相まってペタッと手首上に載る。重心の高さなどを語るまでもない薄さであり、すっとシャツのカフに収まるのはドレスウォッチとして至極真っ当である。

 渋いグリーンカラーのカーフ製ストラップは、アリゲーター柄の型押しである。ただし高い質感を持ち、しなやかで心地よく、決して安っぽくはない。縫い目が裏表とも出ていない、正統派ドレスウォッチのストラップの意匠である。何より、今どきラグ17mm-バックル14mmサイズのストラップが備わるメンズウォッチなど、他にはほとんどない。

レイモンド ウェイル トッカータ ヘリテージ

柔らかなアールを描く形状のピンバックル。ローズゴールドカラーのPVDと、ケース同様の仕上げであり、RAYMOND WEILの刻印もシャープだ。

 ケース形状を意識したに違いない意匠を持つバックルは、使いやすいピンバックルであり、ケース同様ローズゴールドカラーのPVD仕上げである。プレス主体の製法で、ロゴはレーザーマーキングと思われる。廉価品に見られるような裏側の面や側面の乱れもほとんどなく整っており、価格を考慮しても十二分な仕上がりと言えよう。

 これらより、薄型の2針として期待される通りの上々の装着感を得ることができる。リュウズでの巻き上げの固さのみが日常使いにおけるウィークポイントで、ここは本当に惜しい。重ねて書くが、この個体だけの課題かもしれないため、購入時はぜひ確かめてほしい。


まとめ

レイモンド ウェイル トッカータ ヘリテージ

ポケットショットはドレスウォッチを意識してビスポークのスリーピースに合わせてみた。ホーランド&シェリーのネイビー生地に、渋いグリーンカラーのストラップが映える。コッパーダイアルは陽の光によってはシャンパンゴールドのような表情も見せる。トッカータはあまり気を使わずに日常使用できる、薄型ドレスウォッチの秀作だ。

 トッカータはヒットを生み出すことに「何かをつかんだ」レイモンド・ウェイルの新作であり、納得の仕上がりである。近年人気が出てきたゴールデン・エリプスの影響を強く感じるものの、ラグ形状などは独自性を出しつつ、パーツの質感や、薄型ドレスで重要な、優れた全体の建て付けやディテールを持つなど、価格を考慮するまでもなく、パッケージ全体を高度にまとめた秀作である。薄型ドレスウォッチをひとつ持ちたいと考えるコニサーにとって、有力な選択肢となるだろう。

Contact info: ジーエムインターナショナル Tel.03-5828-9080


レイモンド ウェイル「トッカータ ヘリテージ セコンドセコンド リミテッド エディション」はユーモアあふれるドレスウォッチだ!

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