注目時計の〝中身〟を問う。新型ムーブメント深掘り鑑定術⑨ジェイコブ&コー「アストロノミア レギュレーター」

2026.08.03

巨大な回転体を回す複雑時計は、設計と製造技術の進歩がもたらしたものだった。ピアジェの「ルラティフ」に、カルティエの「ミステリユーズ」などなど。その究極は、2024年に発表された「アストロノミア レギュレーター」である。時・分とトゥールビヨンを載せた軸と、秒表示のディスクが1分間で1回転するという機構は史上空前のものだ。

アストロノミア レギュレーター

アストロノミア レギュレーター
2000年代以降、多くの時計メーカーが夢見た重い回転体を速く回す複雑時計。現時点におけるその頂点が本作だ。1/6秒コンスタントフォースにより、重いレギュレーターと秒ディスクが1分間に1回転する。手巻き(Cal.JCAM56)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(直径43mm、厚さ18mm)。30m防水。世界限定99本。要価格問い合わせ。

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奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌)、鈴木幸也(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Text & Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]


21世紀の時計技術が到達した金字塔

 2014年に発表されたジェイコブのアストロノミアは、際立って独創的な不屈時計だった。なにしろ、10分間で時計回りに1回転する中心軸から4本のアームが飛び出し、それが、時・分ダイアル、トゥールビヨン、そしてふたつの球体をさらに回すのだ。

 当初、このプロジェクトを進めたのは独立時計師のルカ・ソプラナだった。ジェイコブが20年の12月30日に得た「時計」という題名の特許(スイス特許710811)では出願者ジェイコブ、発明者ルカ・ソプラナと記されている。初代のアストロノミアが載せた2軸トゥールビヨンも同様(スイス特許710836)である。しかし、小規模なソプラナの工房でこの時計の量産は不可能だった。対してジェイコブは気鋭のムーブメントメーカーであるコンセプトをパートナーに選び、二人三脚でアストロノミアを成長させていった。

Cal.JCAM56

秒ディスクと、時・分・トゥールビヨンの軸が1分間に1回転するムーブメント。それがジェイコブとコンセプトが共同開発したCal.JCAM56である。重い機構を回転させるよう進化してきたアストロノミアは、今回一転して、高速回転体に挑んだ。ジェイコブ曰く「コンスタントフォースを載せているため、平置きの精度はテンプの振り角にかかわらず常に一定」とのこと。一見無茶な機構だが、時計としての実用性をきちんと担保したのがコンセプトらしい。

 多くの関係者が述べるように、ただでさえ重い回転体を滑らかに回すのは難しい。それにもかかわらず、ジェイコブはそんなアストロノミアに、さまざまな付加機構を加えていったのである。重さという課題を乗り越えたジェイコブが、次に挑んだのが回転体の速さである。現CEOのベンジャミン・アラボは、創業者にしてアストロノミアの企画者であり、かつ父親のジェイコブ・アラボから、もっと速く回転体を回せと言われた、と語る。

 果たして完成した「アストロノミア レギュレーター」は、時・分・トゥールビヨンを載せた軸が1分間に1回転(時計回り)し、ムーブメントの土台に置かれた秒ディスクも1分間に1回転(反時計回り)するという途方もない複雑時計となった。

Cal.JCAM56

Cal.JCAM56

 これに先立つこと約4年、ムーブメントの台座に据え付けた巨大な表示部を回転させる機構で、コンセプトは特許を取っている(スイス特許711613)。これが結実したのが、宝石をあしらったMOP文字盤が10分間に1回転するという「フルールデ ジャルダン」だった。おそらくこれは、ジェイコブが動かした回転体の中で最も重いものだろう。その強いトルクがあれば、巨大な秒ディスクを速いスピードで回転させるのは決して不可能ではないだろう。もっとも、トルクだけが強くても、秒表示を正確にコントロールするのは極めて難しい。

 解決策となったのが、コンセプトの開発した新しいコンスタントフォースだった(スイス特許719508)。これは「従来は歯車が1秒ごとに解放されるのに対して、テンプの交代のたびに巻き上げ歯車を解放することを可能にする」もので、定力装置はなんと、6分の1秒ごと。その狙いはテンプにより安定した力を加えるためだが、特許資料には「香箱と定力機構との間のこの付加的な力は、したがって、例えば、アニメーションを回転させるために使用することができる」とも書いてある。開発者が「6分の1秒で動くコンスタントフォースがなければ、アストロノミア レギュレーターは実現できなかった」と強調した理由である。

Cal.JCAM56

Cal.JCAM56
ふたつの香箱でさまざまな機構を駆動するCal.JCAM56。主ゼンマイのトルクは非公表だが、巨大な回転体を速く回し、しかも1/6秒コンスタントフォースを載せるのだから決して小さくはないだろう。抵抗を減らすために、普通は精密なセラミックベアリングを使う。しかし、ジェイコブは一貫して普通のスティールベアリングを採用してきた。理由は「(ベアリングの)遊びが大きくなりすぎ、スムーズな回転ができないため」。

 加えてジェイコブは、回転体の軽量化を図った。巨大な秒ディスクは軽いポリカーボネート製。また、ムーブメントの回転部分の特定の部品にはチタンを使用している。これだけ大きな回転体が動くと精度は悪くなりそうだが、垂直方向でも±4秒以内というから、かなりの高精度だ。

 重い回転体を可能な限り速く回す、という難題をクリアしたジェイコブの「アストロノミア レギュレーター」。これは、今の時計業界が到達した究極形だろう。



Contact info:ジェイコブ 銀座 Tel.03-6281-4777


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