高級時計の既成概念を打ち破る“ハイパーオロロジー”を掲げるロジェ・デュブイは、いま改めてレトログラードに力を注いでいる。左右に配した反復運動するカレンダー針によって、審美性と実用性を高い次元で両立した「バイレトログラード」は、メゾンの歩みが始まった翌年、創業者が初めて手掛けたコンプリケーションである。バイレトログラード搭載モデルの誕生から30周年を迎える2026年、新たなパーペチュアルカレンダームーブメント搭載機も登場し、メゾンの“原点”が次代を見据えて進化していることを示した。ロジェ・デュブイが打ち出す回帰と革新の意味を、時計を愛する者はしっかり受け止めたい。

2100年まで補正不要な永久カレンダーに加え、約122年間にわたって正確な月相を示すムーンフェイズ表示、そしてロジェ・デュブイのお家芸である曜日と日付のバイレトログラード表示を備えた新開発のCal.RD850を搭載。月表示用のコレクターが初めて採用され、操作性も向上している。自動巻き(Cal.RD850)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPGケース(直径40mm)。世界限定188本。1791万9000円(税込み)。
吉田巌:編集・文
Photographs (P.072) by Takeshi Hoshi (estrellas)
Edited & Text by Iwao Yoshida
[クロノス日本版 2026年9月号掲載記事]
伝統を未来へと駆動させる、革新の意思を示す3作
次々と新たな複雑ムーブメントを生み出し、デザインの前衛性でも愛好家を魅了してきたロジェ・デュブイ。その濃密な歴史は、古典的機構のレトログラードを進化させることから始まった。
創業者のロジェ・デュブイ氏は、複数のブランドで経験を積んだ後、ジュネーブの老舗で複雑機構の製作を担った。その後、小さな時計工房を開き、アンティークの修復に携わる中で、ムーブメントデザイナーのジャン・マルク・ヴィダレッシュ氏と出会う。ふたりは、あるジュエラーが企画したコンプリケーションの設計・製作を手掛け、曜日と日付のふたつのレトログラードを盤面の左右に対称配置した永久カレンダーモジュールを完成させた。
針が終点に達すると瞬時に帰零するレトログラードは、懐中時計の時代から存在する機構だ。しかし衝撃に弱く、腕時計に搭載するには高度な技術が求められた。ふたりはその機構を見直し、製造工程の合理化を進めながら、より簡潔で耐衝撃性に優れたレトログラードを開発。1989年には、独自のバイレトログラードシステムで共同特許を取得している。
デュブイ氏は、1995年に自身の名を冠したブランドを設立したが、翌年に発表されたメゾン初のコンプリケーションウォッチにも、このバイレトログラードが搭載されていた。以来、バイレトログラードは、盤面に華やぎと躍動感をもたらす機構として、ロジェ・デュブイを象徴する存在となっていったのだ。
2025年にブランド創設30周年を迎えたロジェ・デュブイは、原点回帰を掲げる新CEO、デビッド・ショーメ氏の下、あらためてお家芸とも言えるこの複雑機構と向き合っている。今年も代表コレクション「エクスカリバー」に、バイレトログラード搭載の新作が2モデル登場した。
そのひとつが、「エクスカリバー バイレトログラード パーペチュアルカレンダー」である。目を奪われるのが、その美しい佇まいだ。オープンワーク仕様の文字盤は9層で構成され、アストラルブルーのマザー・オブ・パール製の各種カウンターや、アベンチュリン製ディスクに18Kピンクゴールド製の月モチーフを浮かべたムーンフェイズ表示とあいまって、まるで銀河をのぞき込むような、幻想的な表情を作り出している。

搭載するのは新キャリバーRD850。メゾンの従来の永久カレンダーとの違いは、月表示用コレクターを備えた点にある。月表示だけを手動で設定できることでカレンダー調整がより素早く行え、機構への負担も抑えられている。
ムーンフェイズの精度も特筆に値する。一般的なムーンフェイズ表示は月の周期を29.5日として計算するため、2〜3年ごとに1日の誤差が生じる。一方、本作は実際の月の周期に近い29日12時間45分として計算。約122年間にわたって正確な月相を表示する。調整が必要になった場合も、ワンクリックで対応できる。もちろん、RD850の品質はジュネーブ・シールによって保証されている。同シールでは仕上げの芸術性も重視するが、このキャリバーには19種類もの仕上げが施されている。中でも時計愛好家の心をくすぐるのが、インナーアングル仕上げの精緻さだろう。各レトログラードを支えるW字状ブリッジには計14カ所もの内角があり、そのひとつひとつが丹念にポリッシュされ、美しくきらめく。
デュブイ氏が追求し続けたバイレトログラード付き永久カレンダーを、正統に進化させた新たな傑作の誕生である。

316Lステンレススティール製の外装にコズミックブルーのダイアルをセット。新たなバイレトログラード カレンダーを、ぐっとスポーティーかつモダンに仕上げた。18Kホワイトゴールド製のスケルトン針やロジウムコーティングされたレトログラード表示部など、高級感も申し分ない。ブルーのラバーストラップ付属。自動巻き(Cal.RD840)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm)。100m防水。721万6000円(税込み)。
ロジェ・デュブイは、アクティブな場面でも安心して着用できるスポーティーなコンプリケーションウォッチを切り開いてきたブランドでもある。右頁で紹介した、エクスカリバーのバイレトログラードシリーズのもうひとつの新作は、その歴史を改めて感じさせるものだ。
こちらは昨年のメゾン30周年の節目に発表され、大きな反響を呼んだ、18Kピンクゴールドケースの「エクスカリバー バイレトログラード カレンダー」を、316Lステンレススティール外装に置き換えたモデル。ブレスレット仕様とし、多層構造の文字盤にはメゾンのアイコンカラーである明るいコズミックブルーを採用。よりスポーティーで、都会的な雰囲気を強めた、ロジェ・デュブイらしいラグジュアリースポーツだ。
搭載するムーブメントは、18Kピンクゴールドケースモデルと同じ、Cal.RD840。同社初の自社製自動巻きだったCal.RD14の改良版で、もちろんジュネーブ・シール認証に求められる性能と美しさをクリアしている。

ちなみに、本作はバイレトログラード搭載のエクスカリバーとして初のオールステンレススティールモデルであり、エントリーモデルとしての性格も備える。それでも高級感は別格だ。ポリッシュ、ショットブラスト、サテンブラッシュ仕上げを組み合わせたことで、外装全体が手首の動きに合わせてリッチに艶めく。とはいえ、一時期のロジェ・デュブイに見られた過度な華美さは抑えられ、全体の印象は端正。薄型ケースによる軽快な装着感もあり、休日からビジネスまで幅広く活躍しそうだ。現行のエクスカリバーシリーズは工具なしで簡単にストラップを交換できるシステムを備える。本作にはブルーのラバーストラップも付属し、その日の装いに合わせて選べる点も魅力だ。
一方、よりクラシックなエレガンスを感じさせるモデルがお好みの方には、やはり18Kピンクゴールドケースのエクスカリバー バイレトログラードカレンダーをお勧めしたい。ピンクゴールドと、文字盤外周に使用された白のマザー・オブ・パールとのコントラストも美しく、格調高く、気品あふれる仕上がりだ。ロジェ・デュブイは、2000年代初期にピンクゴールドとマザー・オブ・パールを紳士用腕時計に使用した先駆でもある。その歴史を思い起こさせる点も、このモデルの大きな魅力だ。

薄くてコンパクトなエクスカリバーの新たなケースに、メゾンの原点であるバイレトグラード機構によるカレンダーを搭載し、2025年に登場するや、たちまち大反響を得た本作。細部の隅々に過去作へのオマージュがふんだんに盛り込まれており、メゾンの卓越した技術と美学を堪能できる。自動巻き(Cal.RD840)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPGケース(直径40mm)。100m防水。1083万5000円(税込み)。

なお、先に紹介した永久カレンダーモデルも、オールステンレススティールモデルも、エクスカリバーを再定義した新しい40mmケースを採用するが、その基点となったのがこのモデルである。オープンワークで文字盤の一部をくり抜き、シンメトリーな造形を一層際立たせたバイレトログラードの新たなデザインコードも、本作で初めて導入された。そういう意味で本作は、ロジェ・デュブイの原点であるバイレトログラードを、次代へ向けて巧みに再構築した最初の1本。将来的に価値を高める可能性も秘めている。
いずれにせよ、今回紹介した3作は、ロジェ・デュブイが歩んだ30年の重みを感じさせるとともに、その創造性が新たな段階に進んだことを印象付ける。原点に立ち返ることは、過去へ戻ることではない。復活したバイレトログラードを通じてロジェ・デュブイが示しているのは、伝統を未来へと駆動させるための、力強い革新の意思。次の30年でメゾンの歴史を振り返ったとき、この3作は重要な節目として記憶されていることだろう。



