2026年4月、『クロノス日本版』編集部はパルミジャーニ・フルリエのサプライヤーやレストレーション部門を回る機会を得た。時間が限られたこともあって、見られたのはごく一部。しかし、パルミジャーニ・フルリエの個性である、驚くべき一貫生産体制と手作業へのリスペクトはどこでも不変だった。

Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年9月号掲載記事]
マニュファクチュールを超える一貫体制
「トンダ GT」と続く「トンダ PF」で一躍その名前を轟かせたパルミジャーニ・フルリエ。筆者からすると遅すぎた感はあるが、良質な時計作りを志してきた同社が、その中身にふさわしい名声を得たのはとても喜ばしい。
ふたつのトンダが成功を収めた大きな理由は、ブレスレット付きのスポーティーな時計という構成を選んだことだった。しかし、時計としての高い完成度がなければ、たちまち失速しただろう。幸いにも、GTやPFは、仕立ての良さを強調するようにそぎ落としたデザインと、ブレスレットを高度に融合させたケース、そして中間色を大胆にあしらった文字盤を備えていた。もちろん搭載するムーブメントを含めて、これらは同一グループ内での製造で完結している。つまり、トンダ PFとは、パルミジャーニ・フルリエの培ってきた総合力が、分かりやすく実を結んだコレクションだったのである。
時計メーカーとして独立したパルミジャーニは、当初サプライヤーの協力を受けられなかった。いくらサンド財団という後ろ盾があったとしても、創立間もない、しかも少量生産のブランドに部品を卸したがるメーカーはないだろう。以降、同社はサプライヤーを設立し、今や類を見ない一貫生産体制を誇るに至った。

今回訪問したのは、まず文字盤を製造するカドランス・エ・アビアージュ、そしてケース製造のレ・アルティザン・ボワティエ(LAB、旧ブルーノ・アフォルテ)だ。取材当時、両社の責任者を務めていた人物はメリットをこう述べる。「ケースと文字盤の製造は分かれていますが、同じ社屋で製造しています。現在、取引先はパルミジャーニを含めて十数社ですね。いずれもハイエンドのメーカーです」。


訪問時は「トリック パーペチュアルカレンダー」の文字盤が製作中だった。文字盤の厚みはなんと1.1mm。通常の2倍以上も厚い文字盤を、普通サプライヤーは作りたがらない。しかし、パルミジャーニは立体感をもたらすべく、この厚みを採用した。面白いのはPFロゴの固定方法。ロゴに脚を立て、文字盤に埋め込むのは他社に同じ。しかし脚を埋め込む部分を文字盤の裏側から大きく抜き、そこに細いロゴの脚を立てている。細長い脚を精密に固定するためだ。こういった小さな部品を文字盤に固定する場合、薄い文字盤を使うのが定石だ。しかし、そうでないのがパルミジャーニなのである。


「色こそが真の挑戦」と責任者が述べた通り、トンダ PFやトリックの個性である絶妙な中間色も、カドランス・エ・アビアージュで開発している。基本的に使うのは、ラッカー仕上げ。しかし色によっては、PVDとALDも使用するとのこと。もっとも、それらの仕上げも入念な下準備があればこそである。なお、MOPやオニキスのカットとスライスも自社グループのネットワーク内で行う。そして50種類ものディスクを使い、下地を整えていく。責任者が「(文字盤の)厚みがあると仕上げの際に歪みにくくていい」と述べたのは、文字盤の製造に最低14種類もの工程を加えるためだろう。もちろん、カドランス・エ・アビアージュでは、標準的な厚さの文字盤も作っている。しかし、その厚さは必ずしも標準とされる0.45mmとは限らないという。理由は「最後に施すのがメッキか塗装かで厚みを変えているから」とのこと。また、文字盤の保護に吹くクリアの厚みも、数ミクロンから数十ミクロンと、目指す表現によって微妙に変えている。



ケースの製造もやはり入念だ。最新の工作機械で素材を削るのは他社に同じ。しかしLABで製造するケースの99%は、SSを含めてラグが溶接とのこと。貴金属ならさておき、技術的にも難しいSSの溶接をやるのは、ケースの細部にまで仕上げを加えるため。トンダ PFのラグを見ても、正直これが溶接とは全く分からないだろう。仕上げの良さは、見えない部分も同様である。筆者は出荷前のトンダ PF用ケースを見せてもらったが、裏蓋のフランジまで完璧に磨かれていた。裏蓋に噛ませる分厚いパッキンとの食いつきを良くするためだろう。極薄のトンダ PFが高い防水性能を持てるのは納得だが、過剰とも言えるほど磨いてあるのは、いかにもパルミジャーニだ。





その後、案内してもらったのがフルリエにあるレストレーション工房である。ここではパルミジャーニの複雑時計はもちろん、往年の懐中時計の修復などを行っている。解説してくれたのは、時計修復士のフランシス・ロシニョールだ。「壊れた部品はこの工房内で作り直します。その際は、昔ながらの糸鋸で切削することもありますね。ひとつの部品を作るためにわざわざ設計図を引き、最新の機械を動かすのは無駄でしょう」。しかし、昔と今では、素材の組成が違う場合がある。そういった場合、どうやっているのか?「例えばバネ。今の部品は張力が大きいので、わずかに小さく作るんですよ。どう判断するかですか? 感覚と経験だけです」。


工房に、ミシェル・パルミジャーニ本人が顔を出してくれた。「時計芸術の神髄は、昔の時計にあると思うんですよ。実際、私はキャリアを修復から始め、その後新しいモデルを作ったのです。伝統を生かして、ですね。人の手で時計を修復する意味は、昔のノウハウを残すということでもあるんです。そしてそれは、私たちの時計作りにおける目安として残ることになる。歴史が培った素晴らしい時計が多くありますが、それらはもう作り直せない。だから私たちは謙虚になるのですね」。彼がその例として挙げたのが、昔のエボーシュを用いた新作だ。
「ムーブメントだけしか作られなかった時計がありますので、私たちはそれを新しい作品として作り直しているのです」

かつて筆者は、パルミジャーニの全工房を回るという機会を得た。それから十数年、パルミジャーニはメジャーとなり、その新製品は多くの時計好きを沸かせるようになった。しかし喜ばしいことに、入念な手作業というパルミジャーニの伝統は、今回の訪問でも全く不変だった。高級時計は人の作るもの。これこそがパルミジャーニというマニュファクチュールを非凡なものたらしめる要素だろう。


創立30周年を記念する「Mechanical Wonders 2026 | 3世紀の時を超えて、歩み続ける機械芸術」
パルミジャーニ・フルリエの創立30周年を記念して、9月19日より東京で展覧会「Mechanical Wonders 2026 | 3世紀の時を超えて、歩み続ける機械芸術」が開催される。同展では、創業者ミシェル・パルミジャーニ率いる修理工房によって修復されたサンド・ファミリー財団所有のコレクションが日本初公開。パルミジャーニ・フルリエの現行モデルとともに展示される。両者を同時に紹介することで、過去のクラフツマンシップと現代時計製造の表現との間に、途切れることのない糸が存在することを示す。時計修復士のクリスティ・ジレルも来日予定。

会期:2026年9月19日~24日
時間:10:00~19:00(最終日は17:00まで)
場所:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3(東京都港区赤坂9-7-6)
入場料:無料
予約優先制(ご予約はこちら)



