世界から頼りにされる、素晴らしい時計部品メーカーが実は日本にあることを、皆さんに知ってほしい。その想いから、秋田県湯沢市に本拠を構えるOrbray株式会社(オーブレー)を取材。オーブレーは、機械式時計には欠かせない「軸受け(ベアリング)宝石」、つまり「穴石」や「受け石」「アンクル石」を、1949年に国内で製造開始したメーカーであることを、前編で紹介した。しかし同社の神髄に迫るには、時計部品以外のジャンルを紹介しなければならない。では同社はどのような企業で、軸受け宝石部品以外にどんなものを開発・製造しているのか? 時計ジャーナリストの渋谷ヤスヒトは、同社の並木里也子(なみき りやこ)代表取締役社長にインタビューした。

Photographs & Text by Yasuhito Shibuya
[2026年10月24日掲載記事]
アスリート→主婦→オーブレー社長として歩んできた並木里也子氏をインタビュー
渋谷ヤスヒト(以下、渋谷):現在の「オーブレー」という社名になったのは2023年。その前はアダマンド並木精密宝石で、1939年(昭和14年)創業時の社名は並木製作所でしたね。お名前から、並木社長は創業家のご出身なのでしょうか?
並木里也子社長(以下、並木):はい、当社はモノづくりのファミリー企業です。祖父の並木一(なみき はじめ)が東京都北区で、19歳で独立して始めた町工場からスタートしました。私の父の並木章二(なみき しょうじ)が2代目社長、そして私は3代目オーナー社長になります。当社はこのふたりが80年間、「切る」「削る」「磨く」という加工技術を追求し続けて発展してきた会社です。仕事の原点は祖父が12歳のとき、家族の生計を支えるため進学を諦めて職人修業で身に付けた宝石加工の技術です。当社の技術や製品は、祖父が学んだこの技術がルーツになっています。

渋谷:社名には、並木社長の願いが込められているそうですね。
並木:はい。「Orb」には英語で「天体」や「球体」、そして「地球」という意味があります。「ray」は光。現在の社名には、私たちの命の源の地球と、そこから生まれた物質を磨くことによって生まれる光のイメージを込めました。オーナー企業として「並木」の名前を残すことも考えましたが、新経営体制への移行と同時に、会社をきちんとブランディングしたい、社外の方はもちろん、社員にも、当社が高度な技術や独創的な製品を持った素晴らしい会社であることをもっと幅広く知ってもらいたいと思いました。そこで2023年にオーブレーへと、社名変更をすることにしました。思い返してみると、私がこの会社でこれまで行った仕事の中で、この社名変更がいちばん大変な仕事でしたね。
渋谷:2020年にお父様の会社に入社するまで、並木社長は宝石加工やモノづくりとは無縁の人生を送られてきたのですよね。1998年にはJSBA全日本スノーボード選手権大会のジャイアントスラロームで優勝され、1999年から2003年までは日本代表選手としてスノーボード ワールドカップを転戦するなど、トップアスリートとして活躍されていたとか。
並木:私はアスリートだったという、ちょっと変わった経歴なんです。アメリカ生まれの東京育ちで、大学まで青山学院に通いました。大学では教育学を専攻しています。大学時代からスノーボードで世界中を転戦していました。そして引退後、結婚してからも世界各地に住んだ経験があります。スイスのラ・ショー・ド・フォンやローザンヌ、アメリカのカリフォルニアに中国の上海等……。3人の子供が産まれ、15年間は主婦でした。そして子供たちにスノーボードを教えたり、野外活動教室を開いたりという教育系の仕事もしてきました。現在、子供はいちばん上が大学生で、真ん中の18歳の子はスイス人が7割という、スイスの進学校系のボーディングスクール(寄宿学校)で学んでいます。
渋谷:そのキャリアから一転、お父様の会社の社長になられるとは、驚きの転身ですよね。よく決断されましたね。
並木:きっかけは、2代目社長である父の章二から「会社を継いでほしい」と指名されたことです。私は、創業家の一員ではありますが、家業を継ぐことはまったく考えていませんでした。父は祖父と共に技術者として新しい分野に挑戦し、また、海外市場の開拓にも積極的に取り組み、会社を大きく発展させてきました。しかし当時は、単結晶人工ダイヤモンドの研究開発が思うように進まず、開発投資がかさみ会社が傾いて、現在副社長を務める和田統(わだ おさむ)に経営コンサルタントとして会社の立て直しをお願いしているところでした。
渋谷:でも今、御社は単結晶人工ダイヤモンドの製造技術で世界的に注目されていますね。
並木:はい、ダイヤモンドは最強の素材で、父はその可能性を信じて10年間、研究開発に取り組んできました。その努力が実って現在、当社はダイヤモンド半導体の基板になる単結晶人工ダイヤモンドの製造技術では世界のトップクラスを誇り、ダイヤモンドの会社として有名なデビアスグループの会社である「Element Six(エレメントシックス)」とも提携しています。単結晶人工ダイヤモンドの製造は、これから最も成長が期待できる事業のひとつになっています。ただ(父から会社を受け継ぐことを打診された)当時は大変でした。そして、完全に引退するという父と話して「会社の立て直しは創業家で行いたいし、それができるのは私しかいない」と思いました。そこで6年前に入社して、2021年に社長に就任したのです。今年4月からは一番下の子供と、東京から当社の湯沢工場がある秋田県湯沢市に転居して、東京と湯沢を行ったり来たりしています。
渋谷:2021年9月に、実用化に必要なサイズである直径2インチ(50.8mm)の単結晶ダイヤモンドウエハーの、量産技術を確立されたそうですが、現在はさらに技術が進化したとうかがいました。
並木:はい、現在は直径3インチ(76.4mm)サイズの量産技術の確立に成功し、直径4インチ(100mm)の量産を目指して技術開発を続けています。来年2027年7月以降には、いよいよ直径2インチサイズの量産を始める予定です。
渋谷:ついに、お父様の夢が現実になるわけですね。

独自の精密加工技術で「世の中にないものを作る」
渋谷:それにしても、大変な覚悟で社長になられたわけですね。ところで、オーブレーとはどんな企業でしょうか? 湯沢の工場を訪れて取材させていただき、単結晶人工ダイヤモンドやその他の事業についての資料も拝見すると、どの事業も世界トップクラスの素晴らしいもの。これまで多くの企業を取材してきた私でも、その業務内容をひと言で表現するのがこれほど難しい会社もないと思いました。
並木:「オーブレーはどんな企業ですか?」と聞かれると、まずは「世界をリードする精密宝石技術の企業」とお伝えすることにしています。従業員数は1350人、連結子会社を含めると2300人(2026年1月1日現在)で、さまざまな技術と製品がありますけれども、いちばんの強みは「85年の歴史で培った世界最高峰の独自技術」です。
渋谷:独自、というのはどのような点でしょうか?
並木:父は「捨てない技術」という言葉で表現しているのですが、昔の技術を残しておくことで、新しい技術が生まれてきます。だから私たちオーブレーは、(※その新しい技術で)「世界のどこにもない、人類に役立つ素晴らしいもの」を作ることができます。工場を取材されたときにお分かりだと思いますが、工作機械は社内で独自に開発し、改良したものが多いです。どこにもないものを作るためには、どこにもない工作機械が必要です。世界各国、大企業から直接オファーをいただいていますが、そのオーダーメイドに応えることのできる独自の技術が私たちにはあります。最初は下請けの下請けとして、モノづくりの上流にいる存在でしたが、どんどんモノづくりの下流に向かうことができていると感じています。
※編集部注釈
渋谷:主要な事業は「精密宝石部品」「光通信部品」「超小型モーター」「医療機器」「ダイヤモンド」だと公式ホームページにも紹介されていますが、これだけさまざまな事業を手掛けられているのは、御社の規模の企業としては珍しいですよね。しかも、どれも世界トップクラスの技術でトップクラスの製品を作っている。これも驚異的なことだと思います。
並木:さまざまな事業を行っていることで、景気の波に左右されないというのも、私たちオーブレーの大きな強みのひとつです。
ファミリー企業だから可能な長期的ビジョンの制定
渋谷:企業文化としては、どのような点が特長であり強みでしょうか?
並木:やはり「ファミリー企業」つまり「家族主義の企業である」ことが私たちの強みだと考えています。家族経営で運営してきたファミリー企業は、多数の株主がいる企業とは違って、長期的なビジョンの下に経営を進めることができるという大きな強みがあります。そして、この体制で祖父や父は80年あまり、独自の技術開発に取り組み、独自の技術で世界的なモノづくり企業に育て上げました。それができたのは、ファミリー企業だったからだと思います。祖父は創業時から「一社如一家(いっしゃいっかのごとし)」、つまり従業員は大切な家族と同じように大事にすることを掲げて会社を運営してきました。何十年も勤めてくださっている社員の方々も多数いらっしゃいます。
渋谷:ところで、御社は現在、新本社を、先日お邪魔した湯沢の最新の工場「Orbray[TRAD]」の横に建設中で、今年2026年12月にはそちらに移転されるそうですね。もともと東京で創業した御社が秋田に工場を作ったきっかけ、また、秋田での企業展開に力を入れる理由は何でしょうか?
![Orbray[TRAD]](https://www.webchronos.net/wp-content/uploads/2026/08/Orbray_TRAD-03.webp)
並木:祖父がこの地、秋田県の湯沢に工場を作ったのは60年前です。祖父は3つの理由で秋田を選んだと聞いています。ひとつめは、課題が多い大変な地域だったから。その当時、このあたりはすべて農地で、しかも冬は6mも雪が積もる豪雪地帯です。現地の働き手は、冬場になると出稼ぎしなければなりませんでした。ここに工場を作れば、出稼ぎに行かなくても済むようになると祖父は考えました。また、このような土地なので競合他社が進出してくる可能性が少ないことも理由だったそうです。
渋谷:2月に取材させていただいたときも、雪の多さにびっくりしました。とても厳しい環境ですよね。
並木:はい、でもこの環境は、スイスに似ていますね。それが、秋田という地を選んだもうひとつの理由だったそうです。私が初めて湯沢を訪れたのは7年前でしたが、ジュラ山脈の峰を越えた先の盆地にあるラ・ショー・ド・フォンに似ていると、まず思いました。同じく山間の盆地で美しい山々に囲まれて、冬の厳しい寒さと湿潤な気候でキレイな水が豊富にある。精密機械産業に向いているんです。

渋谷:私も冬場に何度か訪れたことがありますが、スイス時計産業の中心地のひとつ、ラ・ショー・ド・フォンも大変な豪雪地帯ですからね。
並木:そして3つ目の理由が、この地に生きてきた地元の皆さんの気質です。細かくて地道な作業をコツコツと真面目にやる。私はこれを「雪国気質」と名付けています。この気質が、私たちにしかできないナノレベルの加工を可能にしているのではないか、と思っています。
4つの分野+αで、これからも「他社にはできないモノづくり」を

渋谷:では改めて、オーブレーの4つの主要な事業、「精密宝石部品」「光通信部品」「小型モーター」「医療機器」「ダイヤモンド」で、どんなモノづくりを行っておられるか、また、現状と今後の展開について教えてください。
並木:精密宝石部品事業は、創業から続く80年以上の歴史があり、最初は穴石など「時計作りの縁の下の力持ち」として時計文化に貢献してきました。この分野で当社は、その素材であるダイヤモンドやサファイア、ルビーの結晶育成から研磨、加工までを一貫して手掛けている数少ないメーカーです。また、こうした素材を「切る」「削る」「磨く」技術に加えて、微小な穴を開ける独自の技術も当社は持っています。そして宝石は金属より硬く薬品や温度変化にも強いという特徴から、時代の流れとともに、医療分野や半導体分野など新しい使い道が広がっています。これからも表に出ないかたちだとは思いますが、お客様のオーダーに独自の技術力で応えて、基幹事業として展開していきます。
渋谷:光通信部品事業も、光ファイバーを使ったネットワークがますます大容量化、高速化していく一方なので、ますますニーズが高まり、さらに発展しそうですね。
並木:当社は1978年に光通信部品の分野の研究開発を始めて、1980年に最初の製品を世に送り出しました。現在に至るまで、半世紀近い歴史があり、お客様のニーズに応えるさまざまな製品を開発・製造しています。中でも光ファイバーをつなぐ部品の要である「フェルール」という精密部品では、一時世界トップになったこともあり、現在も当社が最も得意とする製品です。AI(人工知能)技術の発展で、いま、このフェルールを筆頭に光通信部品の世界では、新たな技術革新が進んでいます。当社はそのインフラである大規模なデータセンター向けのフェルールの開発、製造に積極的に取り組み、この分野も大きな発展を見込んでいます。
渋谷:小型モーター事業も、オーブレーの名前は表に出ませんが、実は医療機器やカメラ等に使われており、あらゆる分野で活躍していますよね。シャープが開発した電話もできる人型ロボット「RoBoHoN(ロボホン)」の関節にもオーブレーのRCサーボ用ブラシレスモーターが使われていると知って驚きました。また、産業用の繊細な動きをするロボットにも、御社の小型モーター技術が生かされているとか。
並木:モーターは今後、さらに小型化、高応答性、高回転、高パワーに進化していくことでしょう。当社は引き続き、生活のさまざまな場面で役立てるように独自の技術、特にサーボモーターの開発で貢献していきます。

渋谷:医療機器事業においても長い歴史を持ち、また、大きく業績を伸ばされていますね。
並木:当社の医療機器事業は、最初は部品メーカーという下請けの立場で始まりました。この分野はとにかく参入が難しくて苦労しました。しかし現在は、さまざまな企業の医療機器の受託開発(ODM)や受託製造(OEM)を引き受けるまでに成長しています。中でも特に力を入れているのが、輸液ポンプや外科手術用ロボットの超小型モーター、そしてインプラントに使う医療用のデンタルブロックです。医療技術の進歩で年々市場が拡大しているうえに、他の事業の製品とは異なる、安定した市場であるため、着実に収益も上げられます。これから、さらなる発展を見込んでいます。
渋谷:さらにお父様が開発に苦労された量子コンピューター、5Gや6G通信、EVに人工衛星、そして宇宙船などに使われ、世界でブレイクスルーをもたらすと期待されている単結晶人工ダイヤモンドの製造でも世界をリードされていますよね。
並木:ダイヤモンドは、硬さに加えて熱伝導率など、物質中最高の特性を持つ究極の単結晶素材です。非常に高い熱伝導率や絶縁性、電流を高速で流せる電子移動度、強い放射線への耐性、機械的強度といった特性から、これまでのシリコンや炭化ケイ素、窒化ガリウムを使った半導体とは異次元の優れた性能が実現できます。当社が作っている「世界のどこにもない、人類に役立つもの」として、さらに開発に力を入れていきます。
秋田から世界を変えたい

渋谷:今後の発展のために、独自の人事政策や人材確保への取り組み、さらに人材教育、特に女性社員が活躍できるような取り組みにも力を入れていらっしゃるそうですね。
並木:私はできるだけ勉強はしていますが、祖父や父とは違い、会社の技術のすべてが分かるわけではありません。そこで、私が社長に就任してからは、ふたりの副社長(和田 統と古市 悠)をはじめ、チームワークで経営する体制になっています。その中で、教育に携わってきた私ができること、しなければならないことは、人材教育だと考えました。「モノづくりは人づくり」ですから。
渋谷:社員ひとりひとりと、一対一で話されたとか?
並木:全社的なチームワークを実現するためには、まず会社の人や文化を知らなければなりません。また、社員とのコミュニケーションも社長としては重要なことです。社員ひとりひとりの話を直接聞きたいと感じ、社員ひとりひとりと、一対一で話を聞くことにしました。2年間掛かりましたが、より会社や社員のことを理解することができました。それから、社内で私を「社長」と呼ぶことを禁止しています(笑)。
渋谷:社内に独自の学校「OrbrayAcademy(オーブレー・アカデミー)」を作られたそうですね。
並木:ぜひ学校を作りたくて、リクルートで人材育成をされていた方をスカウトして2年前に教育研究部を作り、新人教育はもちろん、あらゆる年齢の社員がいろいろなことを学べる学校を創設しました。私も講師を務めていて、延べ1300人がすでに学んでいます。
渋谷:東北地方での採用、特に秋田での人材募集と採用に力を入れていらっしゃることについても教えてください。
並木:私は精密加工技術を秋田の地場産業にしたい、そして秋田から、あらゆる意味で「世界を変えたい」と思っているんです。秋田は全国でも過疎化が深刻で、真っ先に立ち行かなくなる限界自治体だと言われています。でも、秋田には可能性がある。この秋田を変えたら、世界を変えることができる。私は「秋田から世界を変えたい」のです。
渋谷:女性人材の登用も積極的に行われているそうですね。
並木:土地柄もあり、私が社長に就任するまで、この会社はずっと男性が中心でした。男性しか責任ある立場に就けなかった会社を、女性も男性と変わらずに活躍できる会社に変えたいと決意しました。男性比率の高い製造業というフィールドで、女性が主役となり、モノづくりを通じて自信とやりがいを得られるようにという想いから2023年に始めたのが、「アクセサリープロジェクト」です。このプロジェクトは横手工場で光通信、医療用に製造しているセラミックス素材から、社章やピアスを開発するというものです。
渋谷:日本全体でも女性の人材登用や男女平等への取り組みは依然として進んでいません。そして失礼ながら、秋田は東京と比較すると、文化的によりその取り組みが難しい気がします。でも、並木社長の情報発信や取り組みで、男性社員の意識も大きく変わったのではありませんか?
並木:はい、男性社員の意識も大きく変わりました。横手工場では2025年度に子供が生まれた男性社員が5人いるのですが、うれしいことに5人全員が、育児休業を取得してくれたのです。これは県内でも大きな話題になりました。これからも、製品でも人でも、秋田から日本を、そして世界を変えていきたいと思っています。

オーブレーについて知りたい読者は、社名変更の理由を説明した以下のコラムをはじめ、公式ホームページを読んでほしい。
公式ウェブページ:https://orbray.com/
Orbrayスペシャルコラムページ:https://orbray.com/special/columns/index.html




