2026年4月14〜20日まで、スイス・ジュネーブで開催されたウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ。高級時計専門誌『クロノス日本版』編集部に入社して3年目を迎えた自分にとって初訪問となったこの見本市の取材は、長年の夢がかなった喜びを感じる一方で、思っていた以上の過酷さに挫折もまた感じるという少し苦い思い出を伴うものだった。そして9月2日からジュネーブ・ウォッチ・デイズが開催されるにあたり、再びジュネーブの地を踏むことに。出発を前に、改めて自分にとっての“時計の聖地”を振り返りたい。

Photographs & Text by Chieko Tsuruoka(Chronos-Japan)
[2026年8月30日公開記事]
再びのスイス取材を前に、ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブの熱気を振り返る
2026年4月14〜20日まで、スイス・ジュネーブでウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブが開催された。時計業界最大のこの新作見本市を、高級時計専門誌『クロノス日本版』に入社して3年目、初めて現地取材することになった。
思えば前職(時計店)でバーゼルワールド、そして当時はSIHHであったジュネーブサロンの存在を知り、「いち早く新作時計を見ることができる」機会を、心底うらやましく思った。同じ頃、『世界の腕時計』編集長である香山知子氏(ちなみに小誌編集部の副編集長・鈴木幸也の元上司)が書いた『スイス時計紀行』(刊・東京書籍)を図書館で手に取り、ジュネーブをはじめとした時計史にとって要地となる各地がその歴史とともにひもとかれた文章に触れ、読みふけり、かの地に思いを馳せた。

そうこうするうちに、小誌編集部に入社した。新型コロナウイルス禍や円安などといった理由でスイス現地を取材するメディアが徐々に少なくなっていた中、小誌は創刊以来、新型コロナ禍の一時期を除き、現地取材を続けていた。そんなメディアに入ったおかげで、私も入社した翌年にあたる2024年8月末、ジュネーブ・ウォッチ・デイズの取材のために、憧れのこの地を踏むことがかなった。
ジュネーブ・ウォッチ・デイズは、2020年、ブライトリングとブルガリ、ドゥ・べトゥーン、ジラール・ペルゴ、H.モーザー、そしてMB & Fの6ブランドによってスタートが切られた、時計業界の新たなる新作見本市だ。ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブが春に開催されていることに対して、ジュネーブ・ウォッチ・デイズは晩夏に行われる。ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブほど出展ブランドは多くなく、リテーラーの商談を中心とした見本市で、ブランドによっては予約せずにブースを訪れても新作時計をゆっくり見せてくれたり、ふらりと要人が立ち寄って取材させてくれたり(ダニエル・ロートを見ていたら、ミシェル・ナバスが……!)と、ゆったりとした雰囲気であった。

その後、2025年11月、ブランパンのコンプリケーション工房「ファーム」取材の機会を得て、ル・ブラッシュを取材した(工房記事:https://www.webchronos.net/features/147882/)。ジュネーブ・ウォッチ・デイズ、そしてブランパン工房では非常に実りの多い取材ができ、また、さまざまな出会いがあったことも手伝って、とても良い思い出となっている。
だからこそ、時計業界で最も大きいイベントであるウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブを取材したいという思いは、改めて強くなった。
かくして2026年4月14日、ついにこのビッグイベントへ。長年憧れていた見本市に立ち会えたことは、自分自身の、時計ジャーナリストとしての仕事観を大きく変えた。高級時計であっても「オンラインでの売買」が珍しくなくなった昨今において、各社が贅と趣向を凝らしたブース内に新作モデルが展示されている様は、発表モデルの多寡にかかわらず、圧倒された。ラグジュアリー産業におけるビジネスというのは、いかに世界感が大切かというのは知識としては持っていたものの、実感として突きつけられた。また、CEOや開発責任者といった、各ブランドのキーパーソンが同じ場所に集うことは滅多になく、製品の開発について、あるいは今後のブランドの展望等を1週間の会期の中でまとめて聞くことができるというのは、メディアとして得難い機会であった。一次情報として、各社の“今”を自分の目で見て読者に伝えていくということは極めて重要であり、そのためには常に新しい情報を仕入れ、その情報を正しく伝えていく(ブランドの発信をそのまま伝えるということではなく)ことが、私の仕事なのだ、と実体験として理解したのである。

半面、広大な会場を分刻みのスケジュールで取材したことが思いの外大変で、目の回るような忙しさであった。また、大量の情報インプットに混乱したり、他国のメディアの勢いに圧倒させられたりと、ジュネーブ・ウォッチ・デイズを見本市として経験していたからこそ、それとはまったく異なる過酷さが体にこたえた。同時に、インプットをしっかりと頭で咀嚼しきれなかったり、一度聞いて理解できなかったことを聞き直せなかったりといった経験から、大きな挫折感を覚えたことも苦い思い出である。
そんなウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブでは「ジュネーブ日記」と称して、取材の様子をレポートしていたのだが、自分自身にとって最終日となる4日目がこの挫折感のピークであり、思い出すのが辛く、結局書けずじまいであった。
今回9月のジュネーブ・ウォッチ・デイズ取材を行うにあたり、この挫折感を抱えたままではいけないと思い、改めて振り返ることを目的に本記事を書いている次第だ。

“現地”を取材するということ
現在は各社の情報発信が早く、また、新作時計が日本に入荷するタイミングも早くなっている。各社のキーパーソンが来日する機会もある。そのためスイス現地を取材する必要性というのは、年々薄くなっていくかもしれない。
2005年に『クロノス日本版』を創刊した故・松崎壮一郎は、常々こう言っていた。「見本市に行ったなら、必ずインタビューをしなさい。現地でいろいろな人に話を聞いてきなさい」と。我らが編集長の広田雅将も、出張前には「いろんな人と飯食ってきて! あと、パーティーでブランドのCEOとかいたら、絶対声かけて!」と命じる。実際、過去のスイス取材では、誌面やオンライン上でしか知らなかった時計業界の要人と直接話す機会が得られたことが、最も自分自身の考え方のアップデートに寄与した。“いろいろな人と会う”というのは、やはりビッグイベントが絶好の機会だ。それは開催地が異国であろうと日本であろうと変わらない。“現地”取材ならではの価値だ。
そういうわけで、ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブでの辛さや反省を抱えつつ、私は9月に再びスイスの地を訪れる。なぜなら、時計ジャーナリストであるのだから。

やはりジュネーブは私にとっての聖地
ジュネーブ・ウォッチ・デイズ取材を前に、これまでの私のスイス取材を振り返った。
スイス・ジュネーブは、これまで憧れてきたこと、そして取材に対する考え方の「原点」となったことから、私にとっては“時計ジャーナリストとしての聖地”だ。であるからして、やはり今回もこの地を踏めることになるのは、とても幸運だと感じている。もちろん日本も時計において、海外勢に引けを取らない市場であるし、高名な製造拠点、あるいは作り手は多い。また、世界各地にはユニークな作り手、売り手が増えている。今後、どこであっても“現地”取材を大切にしてきたい。
まずはジュネーブ(と、ラ・ショー・ド・フォン)取材、webChronosで情報を発信していくので、乞うご期待(ジュネーブ日記も頑張ります……)!






