懐中時計から分かれ、腕時計が広く普及するようになってから約100年。腕時計の進化の歴史は、近代デザインの歩みとも重なるのである。時代の精神を映し出す腕時計という鏡。腕時計の意匠を通して、デザインの歴史にも迫る。
Text by Yousuke Ohashi (Yuto Hosoda, Yousuke Ohashi)
Edited by Chronos-Japan (Yuto Hosoda, Yousuke Ohashi)
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
腕時計から見るデザイン史
腕時計のデザインは、懐中時計のそれとは異なる進化を遂げた。それはただの装飾からの決別を意図したデザイン運動として語られる、近代デザインの歴史と大きく重なっている。
そのひとつがアールデコだ。この言葉の語源となった1925年の現代装飾美術産業美術国際博覧会は、当時の時代に即した新しい「装飾」を模索する博覧会であった。その目指す方向性はさまざまだったが、建築を思わせる直線的な造形で、マシンエージを捉えようする点が異なっていた。とはいえ古典から続く、熟練した職人による丁寧な手仕事も多く見られた。つまりアールデコとは、工業と手工芸の融合でもあったのである。時計で見るならば、1917年に発表されたカルティエの「タンク」や、1931年のジャガー・ルクルト「レベルソ」がまさに好例だ。水平なケースもそこに盛り込まれた精緻な手工芸も極めてアールデコ的だ。


そこに続いたのが、しばしばバウハウスを象徴とする近代デザイン運動、すなわちモダニズムだった。これは、装飾を廃した機能主義的で「趣味の良い」、そして高品質なデザインで社会を改良する試みだった。アールデコを旧態然とさせたモダニズムを支えたのは、一層進んだ社会の工業化である。モダニズムと時計の関係を象徴するのがル・コルビュジエだ。スイスのラ・ショー・ド・フォン出身である彼は、父親が文字盤職人であり、時計と濃厚な関係性を持っていた。彼が時計が象徴する機能性を建築にさせたと考えるのは、決して奇妙ではないだろう。そんなモダニズムは、時計においては文字盤に見られるようになった。分かりやすいもののひとつが、ノモス グラスヒュッテのデザインの原案となった。A.ランゲ&ゾーネの文字盤である。

スイス北部、ヴィンタートゥール出身のマックス・ビルは、戦前、ナチスによって閉鎖されたデッサウのバウハウスに通い、戦後はデザイナーとして活躍した人物だ。そんな彼はプロダクトデザイナーとしても活躍し、ユンハンスのために極めてモダンなキッチンタイマーや腕時計をデザインした。もっとも、こういった象徴例を挙げずとも、モダニズムは腕時計のデザインに影響を与えた。読み取りやすい、そして装飾を廃したバーインデックスは、アールデコではなく、明らかにモダンだ。
他方、資本主義の本場であるアメリカ合衆国では、「趣味の良い」デザインよりも、消費者の願望に応えたデザインが求められていた。それは遊び心、未来への希望、豪華さをまとめあげた「見ていて楽しい」デザインだったのである。こういった要素をプロダクトに織り込んだのが、工業デザイナーという新しい職業だ。事実、初期の工業デザイナーの多くは、造形の魅力で人々の心をつかむ方法を熟知する、広告業界や舞台装飾の出身だった。そんなアメリカは1929年の世界大恐慌で打撃を受けたが、1930年代に入ると、今までにない流線形のスタイルを見出し、やがて豪華で享楽的なデザインを花開かせた。こういった傾向は、1950年代で開花する。好例が、ゼネラルモーターズ「キャデラック」などのスタイリングで活躍したリチャード・アービブによる、世界初の電池駆動腕時計の「ベンチュラ」だ。

流線形を科学の力がもたらした、明るい未来を切り開く速度の象徴とみなすなら、その帰結は、アポロ11号が月に到着したスペースエージデザインとなる。大胆な曲線を用いたエーロ・サーリネンによる「TWAフライトセンター」は、四角という見慣れた建築物の形状から離れた、新たなる未来を提示する建築物である。そしてこういうスペーシーなデザインは腕時計ケースとマッチするものだった。オメガの「フライトマスター」や、シチズンの「クロノグラフ チャレンジタイマー」を初めとするスペースエイジの時計に共通するのは、過剰なまでに曲面を強調したケースだ。

そして最後にやってきたのが、ポストモダンデザインである。乱暴にまとめると、これは機能を優先し装飾を廃した結果、画一的となった近代デザインへの批判だった。このデザイン「運動」は、様式と言うより運動であったがために、過去のさまざまな様式を引用するだけでなく、装飾を復活させ、そこに地域性や、遊び心を盛り込んだ意匠をも得意とした。1980年代のバブル期において、日本で大いに流行した様式だ。
カラフルな配管をあえて建物の表面に剥き出しにしたポンピドゥー・センターはその萌芽のひとつだろう。そしてイタリア人デザイナーであるエットレ・ソットサスによるデザイン集団、メンフィスも同様に、派手な色使いと風変わりでユーモラスの造形感覚をセイコーのクロノグラフに落とし込んだ。

製法とサイズという制約があったため、腕時計のデザインが、近代デザインと直接的に関わることはあまりない。しかし、タンクやフライトマスターなどが示すように、近代デザインと腕時計のデザインは、歩みを同じくして、進化を遂げていったのである。
アールデコ
1920~30年代に隆盛を迎えたアールデコ様式とは、幾何学と対称性を軸に、さまざまな装飾性を融合させたデザインである。ニッチに留まったアールヌーボーに対して、この新様式は、第1次大戦後の楽観主義と工業化を背景に、建築から時計、ジュエリーに至るまで、幅広いジャンルに影響を与えた。
モダニズム
装飾性を排し、機能性と合理性を重視した様式が、19世紀から20世紀に普及したモダニズムである。バウハウスやル・コルビュジエらが牽引したこの様式は、“Less is more”の理念のもと、建築から家具、グラフィックまで幅広く影響を与えた。ミニマルデザインの原点とされる。
フィフティーズ
戦後の大量消費を背景に生まれたフィフティーズデザインは、プラスチックなどが生み出す有機的フォルムと明快な色彩が特徴である。1960年代に広がった多様性はこの潮流を急激に失速させたが、親しみやすい造形と、それを支える量産技術は、後のインダストリアルデザインにつながることとなる。
スペースエージ
1950~60年代の航空と宇宙開発ブームを背景に誕生したのが、ジェットエージとスペースエージだ。流線型のフォルムやドーム形状、斬新な色彩やFRPなどの新素材が、科学的楽観主義を象徴していた。腕時計の世界では、60年代後半から70年代にかけて、スペースエージ的なデザインが一世を風靡することになる。
ポストモダン
機能一辺倒なモダニズムに対する反動として1970年代以降に興隆した様式がポストモダンである。古典的意匠や装飾を再評価し、そこに文脈やアイロニー、遊び心といったアンチテーゼを加えたデザインの特徴のひとつ。この様式は建築や家具、グラフィックなどに広がり、デザインに多様性と自由をもたらした。
正統派機械式時計のケースデザイン進化
ここでは20世紀前半に起源を持つ、正統派機械式時計のケースデザインを系統樹にして表してみた。本特集でも再三取り上げる1970年代デザインなど、1900-1910年にその大元と考えられる意匠を見つけられないものに関しては、意図的に省いている。




