中日ドラゴンズの新監督に、工藤公康が就任した。選手としてもコーチとしても一度も中日に在籍したことのない、いわば“完全外部”からの招聘は、2リーグ制以降では水原茂、1984年の山内一弘に続く3人目という異例の人事である。ソフトバンクを常勝軍団へと導き、“優勝請負人”の異名を持つ名将を口説くため、加藤宏幸球団社長らが複数回にわたって直接会い、就任を打診したという。10年後の球団創設100周年に向け、強いチームの礎を築く役目を担う新監督。その腕元で時を刻む1本に注目した。

Text by Yukaco Numamoto
編集:土田貴史
Edited by Takashi Tsuchida
[2026年10月25日掲載記事]
最下位からの再建へ。故郷に“恩返し”を誓う外様の名将
2026年10月15日、名古屋市内のホテルで開かれた就任会見。ソフトバンク時代と同じ背番号「81」を背負うことを明かした工藤監督は、地元ファンへの思いを語ったうえで、最終目標として「優勝」を掲げた。
今季の中日は2年ぶりの最下位に沈み、6年連続のBクラスという厳しい現実に直面している。そこへ、球団と縁のなかった名将はなぜ監督就任を引き受けたのか。背景にあるのは、故郷への思いだ。地元出身の工藤監督は、受諾の理由を「名古屋に少しでも恩返しがしたかった」と語っている。
一方、球団側が託したのは、創設100周年を見据えたチームづくりだ。“勝ち方を知っている監督”という評価に、球団の本気がにじむ。工藤監督は古巣ではない地元球団を“外様(とざま)”として背負う。勝利への道筋を知る人物を、再建が急務の局面に据える構図が、会見で語られた言葉に一層の重みを与えている。
投手として224勝、監督として5度の日本一
工藤公康は1963年5月5日、愛知県名古屋市生まれ。名古屋電気高(現・愛工大名電高)から1981年のドラフト6位で西武に入団した。その後はダイエー、巨人、横浜と渡り歩き、古巣・西武に復帰。投手として通算224勝142敗3セーブの成績を残し、リーグMVPを1993年と1999年の2度、最優秀防御率を4度獲得した。在籍した西武、ダイエー、巨人の3球団で計11度の日本一を経験し、“優勝請負人”と呼ばれるようになる。47歳までマウンドに立ち続け、数々のタイトルを手にした鉄腕は、2016年に野球殿堂入りを果たしている。
監督としては2015年から2021年までの7シーズン、ソフトバンクを率い、日本一5度、リーグ優勝3度を達成した。レギュラーシーズンの勝率.596は、通算500勝以上の監督のなかで歴代2位を誇る。その采配を支えたのが、徹底したデータ活用だ。工藤監督はiPadに選手ごとの特徴やデータ、所感を書き込み、毎日のように手を入れていたという。集めた情報を寝かせず、見直しを重ねることで判断を研ぎ澄ませていく。この作法こそが、“感覚と理論を併せ持つ”名将像を確かなものにしてきたのではないだろうか。
学びに裏打ちされた指導にも注目したい。工藤監督は筑波大学大学院でスポーツ医学を学ぶなど、科学的なトレーニングへのこだわりで知られてきた。単に厳しい練習を課すのではなく、スポーツ医学の理論に基づいて、選手一人ひとりの弱い筋肉を鍛える方法を示す。なぜその練習が必要なのかを具体的に伝えるからこそ、選手も納得して取り組むことができる。
工藤監督の勝ち方は根性論ではなく、むしろ“設計”に近い。だからこそ、チームが変わっても再現できる。それが高い勝率を支える要素のひとつであり、新天地・中日で求められている力でもあるだろう。
白文字盤を黒セラミックベゼルが引き締める、10年来の相棒
この着用写真で確認できるのは、セイコー アストロン 2014限定モデル(Ref.SBXB001)だ。白文字盤と黒のセラミックベゼルが生むコントラストは、遠目にも一瞬でそれとわかるほど鮮やか。会見のようなフォーマルな場でも、腕時計が埋もれることはない。ダークトーンのスーツの落ち着いた色調に対し、白文字盤が腕元に明るさを添え、黒いベゼルが輪郭をきりりと締める。決して華美ではなく、“精度”を象徴するような端正な装いに仕上がっている。
10年以上前に発売されたSBXB001を今も愛用している点からも、工藤監督の人柄がうかがえる。そこには、流行よりも着け心地や自分との相性を大切にするスタイルが表れている。発売の翌年は、まさにソフトバンクの監督に就任した2015年。この時計が工藤監督とともにベンチで歳月を重ね、数々の日本一を見届けてきたとも考えられる。
勝利の現場をともにした時計には、いつしか持ち主の“リズム”が宿る。工藤監督にとってこのアストロンは単なる道具ではなく、積み重ねの日々に寄り添ってきた守り神的存在なのかもしれない。
なお、このモデルは2020年に本連載で取り上げた王貞治氏の愛用モデルと、まったく同じであることも判明した(関連記事はこちら)。王氏は、ルーキーイヤーの1959年から1980年の引退までに通算868本塁打を放ち、いまなお世界記録を保持する球界のレジェンド。現在は福岡ソフトバンクホークスの取締役会長を務めている。モデルの発売時期を考えると、工藤監督の就任前後に2人がそろってこの時計を手にしていた可能性もある。特別な思い入れのある1本だとしても不思議ではない。
セイコー アストロン 2014限定モデル(Ref.SBXB001)とは?
まずはアストロンの背景を押さえておきたい。現在のアストロンシリーズの原点は2012年、世界初のGPSソーラーウオッチとして誕生した。ボタン操作ひとつでGPS衛星から信号を受信し、現在地の正確な時刻を表示する。つまりこの時計の核にあるのは、時をただ示すのではなく、自ら正解に“合わせにいく”という発想だ。
今回のSBXB001は、2014年9月に発売された第二世代コレクションの数量限定モデルである。同コレクションでは、初代に比べてウオッチヘッドの体積を約30%小型化し、新たにクロノグラフも搭載。電子式リュウズにより、操作もより直感的になった。そのなかで本作は、モータースポーツをイメージした大胆な造形に、アストロン初となるホワイト文字盤を組み合わせ、コレクションの頂点に位置づけられた存在だ。
12面カットのベゼル、上質感を高めるライターカットを施したリュウズ、立体的な造形のボタン、セラミックスパーツを組み合わせたチタンバンドと、ディテールの随所から疾走感が漂う。裏蓋には「LIMITED EDITION」の文字と、0001/7000から7000/7000までのシリアルナンバーを刻印。付け替え用のクロコダイルレザーバンドも付属する。

GPSソーラームーブメント(Cal.8X82)。チタンケース(直径45.0mm、厚さ13.3mm)。バンドは一部セラミックス。2014年発表。生産終了。
衛星から正確な時を受け取る腕時計と、勝利への最短距離を測る名将
データを積み重ね、判断の精度を上げ続ける。工藤監督のその姿勢は、GPS衛星から正確な時刻を受け取るアストロンの思想と重なる。時計が誤差を許さない仕組みで精度を追求するように、監督もまた緻密な準備で勝利への距離を詰めていく。
思えば工藤監督は選手時代、西武、ダイエー、巨人と、在籍したチームに日本一をもたらしてきた。降り立った土地の時刻に瞬時に同期するアストロンのように、置かれた場所の“最適解”へと自らを調律していく人物像が浮かび上がる。そして今、中日で再建の時間が始まろうとしている。
10月19日、秋季練習中のナゴヤ球場を訪れた工藤監督は、以前から入っていた仕事のため、22日のドラフト会議は欠席する見込みだと明かしていた。指名については「お任せしています。スカウトの皆さんの目で見た最善の選手をドラフトにかけていただいて、あとは僕らがどう育てるかというところだと思うので」とスカウト陣に全幅の信頼を寄せていた。ところが当日は、急きょ会場に駆けつけた。外れ1位で指名した近大・宮原廉投手について「いいですね」と語った言葉からも、選手の伸びしろを見極め、育てていこうという自信がうかがえる。
2027年、いよいよ本格的な指揮の季節が訪れる。故郷・名古屋で新たな時を刻み始める工藤監督に、期待は自然と高まっていく。



