クレドール 黄金の羽根 立体感を強調した彫金技術の集大成

2023.10.11

傑作ムーブメント、Cal. 68系とともに語られてきたのが、唯一無二の彫金技術だ。薄いムーブメントに加えたシャープな彫りは、長年、クレドールのお家芸であり続ける。2023年、その技法がゴールドフェザーで進化を遂げた。しかも、薄型らしからぬ立体感を伴って、である。

ゴールドフェザー U.T.D. GBBY979

ゴールドフェザー U.T.D. GBBY979
彫金を強調すべく、ケース構造を一新した限定版。ムーブメントを押さえる中枠と一体化した飾り板を設け、その上に立体的な羽根を加えた。彫金技術を磨き上げてきたクレドールの集大成。手巻き(Cal.6890)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約37時間。Ptケース(直径37.4mm、厚さ8.2mm)。日常生活防水。限定12本。550万円(税込み)。11月10日よりクレドールサロン先行発売。
岡村昌宏:写真 Photographs by Masahiro Okamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年11月号掲載記事]


クレドール「ゴールドフェザー U.T.D.」

ゴールドフェザー U.T.D. GBBY979

薄さと立体感をどうやって両立させるか。開発陣の答えが、ムーブメントの飾り板に彫金を施すことだった。0.6mmという薄板を立体的に見せるべく、外周への彫り込みや、ツヤ消し仕上げがふんだんに盛り込まれた。

 基本設計を1969年にさかのぼる極薄手巻きのCal.68系は、古典の名機である。今ある機械式ムーブメントで、これほど長く製造されてきたものは、他に数える程度しかない。

 セイコーは、この傑作に彫金を加えることで、他にはない造形美を強調するようになった。併せて、薄型ムーブメントに向くよう、独自の彫金技法を進化させていった。メリハリのあるシャープな彫りは、今やスイスの彫金技術とはまったく異なるものだ。

 68系を搭載する新しいゴールドフェザーにも、やはりお家芸の彫金が採用された。しかし、「ゴールドフェザー U.T.D.」の限定版には、シャープな彫金に加えて、立体感をもふんだんに盛り込んだ。ゴールドフェザーの企画を担当した浅山智弘氏は「ムーブメントの繊細な彫金と飾り板の羽根とのコントラストを強調したかった」と語る。

 もっとも、薄い68系に立体的な彫金を施すのはかなり難しい。そこでセイコーは彫金モデル向けに、一からケースを新造した。具体的にはムーブメントと裏蓋の間に中枠と一体化した飾り板を被せ、そこに立体的な彫金を加えたのだ。彫金のためだけに、あえてケースをあつらえたモデルは希少である。

小川恒

羽根の彫金を手掛けた小川恒氏。2007年、盛岡セイコーに入社。生産技術部でツールの設計に従事した後、彫金師の育成プロジェクトに参画した。09年から彫金のトレーニングを開始。クレドールの梅竹モデルに彫金を施したほか、「富嶽」の受けにも彫金で携わった。また、Cal.9ST1の仕上げに加わることで、研磨の技術を磨いた。

 計画が始まったのは2021年8月のこと。裏蓋にメダリオンで羽根を表現するというアイデアは、やがて飾り板に立体的な彫金を施す形に落ち着いた。飾り板への彫金を担当したのは彫金師の小川恒(ひさし)氏である。最初のプロトタイプは糸鋸で形を抜き、中央を凹ませたものだった。しかし、どうしても立体感を出しにくい。そこで小川氏は、羽根の外周に糸鋸でギザギザを加え、さらに側面を手作業で斜めにカットしたという。造形のヒントになったのは、公園で拾った本物の鳥の羽根だ。羽根上面の彫りはツヤ消しにし、羽根の柔らかさを表現。根元に立体的な鏡面仕上げを施す、コントラストを強調した彫金となった。しかし、厚さ0.6mmの飾り板に立体感を加えるのは根気のいる作業だ。「鋭角な羽根の側面は繊細に仕上げるほど雰囲気が出ます。でも強度が落ちてしまうんですよね」(小川氏)。

羽根のプロトタイプ

小川氏の手掛けた羽根のプロトタイプ。製品版と異なるが、ピンとした緊張感のある造形を持つ。なお小川氏は、プロトタイプを自分の目指す仕上がりと思ったので、あえて名前を伏せて見せたとのこと。

彫金のためのツール

設立されてから30年を経たセイコーの彫金工房。狙うべき意図を満たすために、わざわざツールも自製する。ゴールドフェザーの彫金モデルは、企画の途中で中枠の飾り板に彫金を施すことになった。「そのため、道具を作り直さなければならなくなった」(小川氏)とのこと。左に見えるのは、彫り込んでもツヤの出ないツール。先端に筋目加工を施すことで、あえてツヤを抑えている。右はツールと磨くためのバフ。

 デザイン担当の和田実穂氏はこう語る。「羽根の造形は、ゴールドフェザーのコンセプトを表現したかった。軽くて柔らかくて、空気をはらみ、現代的で、凜としたもの。そこで羽根の繊細な表情に近づけたかったんです」。和田氏の意見を聞いた小川氏は、軸と羽根の間が0.1mm以下になるまで、羽根を彫り込んだ。「刃が軸に当たるというリスクがあるので、限界を狙って何度も試作を重ねました」(小川氏)。彫り込み方にも工夫が施された。具体的には、羽根に表情を与えるために、彫る向きを変えたのである。「ひとつの線を軸側から彫ったら、次の線は羽根の外側から彫ります。また、線の幅を変えてより羽根らしく見せました」。

兼﨑遼斗

ムーブメントの彫りに携わったのが兼﨑遼斗氏。専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジを卒業後、2016年にセイコーインスツル(現セイコーウオッチ)入社。「彫金師枠」で入社した第1号である。彫金師の照井清氏に師事し、5年かけてさまざまなテクニックを学んだとのこと。今までに手掛けた作品は6種類。簡単にできるものは作りたくない、と語る。

 野心的な試みとなる、立体的な彫金。併せてムーブメントの彫金も進化を遂げた。シャープな彫りは今までに同じ。しかし、羽根らしさを強調するため、今までにない技法が盛り込まれたのである。担当した兼﨑遼斗氏はこう語る。「最初のサンプルは繊細すぎたので、デザイナーに羽根の輪郭を強くして欲しいと言われました。そこで、羽根の彫りを0.25mmと0.1mmに分けました」。彼は簡単に語るが、0.25mmはシャープペンシルの芯の半分の太さしかない。また彼は羽根の軸を彫金するにあたって、袋彫りという手法にトライした。これは2本の隣り合った彫りを中央に傾けるという技法だ。小川氏が「ダイナミックな袋彫りは前例がない」と語るほど難しいテクニックに挑んだのは、羽根らしさを強調するためだ。

羽根模様の試作

受けには羽根の模様があしらわれている。写真2点は、兼﨑遼斗氏による試作。複数の試作を繰り返すことで、細かさと軸の動きを詰めていった。デザイナーである和田実穂氏の要望は、本物の羽根に近い、軸がまっすく伸び、先端が柔らかい羽根。結果として、線の太さを変え、彫り自体にもツヤありとツヤ消しを混在させるスタイルとなった。

羽根のスケッチ画

羽根のスケッチ画。青い線は幅0.25mmの線。仕上げは鏡面。赤い線は羽根軸。プロトタイプに比べて軸をギリギリまで伸ばしたとのこと。また、立体感を強調するため、中心を膨らませた袋彫りを採用した。ひとつの軸に対して4回から5回彫っている。

「軸をギリギリまで伸ばし、さらに袋彫りを採用しました。1回の彫りでは中心を膨らませられないので、ひとつの面に対して4〜5回彫りを加える必要があります」(兼﨑氏)。また、筋目仕上げと鏡面仕上げを混在させ、羽根の造形に動きを与えている。

 兼﨑氏が袋彫りと同じぐらい手間がかかると語ったのが、受けに施された「点」だ。これは正六角形に成形された鏨(たがね)を受けに打ち込んで施すもの。その数は500個以上、加えて、いろんな光り方がするよう、「点」の方向を変化させ、グラデーションを付けているとのこと。なるほど、光によってさまざまな表情を見せる土台は、本作に巧まぬ立体感を添えている。

ゴールドフェザー U.T.D.

薄さと立体感を両立させた本作は、文字盤にもユニークな仕上げが加えられた。機械彫りによるスパイラルパターンの文字盤は、いわゆるギヨシェの一種だ。立体的に見えるが、彫りの深さはわずか0.08mm。ツヤを落としたホーニング仕上げを加えている。

 ゴールドフェザー U.T.D.の見所は、彫金に限らない。文字盤に施されたのは、宙に舞う羽根をイメージしたスパイラル状のパターンである。これは型打ちでも電気鋳造でもなく、文字盤の5倍の直径を持つ原版を読み取った刃物を、わずかに振動させながら文字盤に当てて模様を彫り込んでいくもの。手法としてはギヨシェ彫りに近いが、施された模様は一般的なギヨシェより広い。もともと、文字盤の原盤を製造するための機械を、今回はあえて文字盤の加工に転用したという。

 彫金という手法を磨き上げ、さらに立体感を強調したゴールドフェザーU.T.D. 。唯一無二の仕上がりが示すのは、彫金工房を設立して30年を経た、クレドールの成熟なのである。


 薄型手巻きのキャリバー68系を搭載するゴールドフェザーは、単なる薄型時計ではなく、普段使える時計として企画された。相当な圧力を受けても変形しない風防、トルクで回せるギリギリまで伸ばされた時分針。そして、適度なケースの厚み。そういう美点をより強調したのが、ステンレススティール製ケースを持つふたつのレギュラーモデルだ。現行品の手巻き薄型時計で、ブレスレットを備えたものは、おそらく他にないだろう。

ゴールドフェザー U.T.D.

(上)ゴールドフェザー U.T.D. GCBE 989
使える薄型時計を打ち出したのが、SSケース版だ。ラグの裏を丸めたり、ブレスレットのコマを楕円状に成形したりするなど、装着感への細かな配慮が際立つ。手巻き(Cal.6898)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約37時間。SSケース(直径37.1mm、厚さ8.0mm)。日常生活防水。121万円(税込み)。11月10日よりクレドールサロン先行発売。
(下)ゴールドフェザー U.T.D. GCBE 991
実用性を重視したSS版だが、ラグやベゼルに施したザラツ研磨や、文字盤と見返しの狭いクリアランスが、高級時計らしい造形を与える。手巻き(Cal.6898)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約37時間。SSケース(直径37.1mm、厚さ8.0mm)。日常生活防水。121万円(税込み)。11月10日よりクレドールサロン先行発売。

 1969年に発表されたキャリバー68系は、95年にラウンド型で秒針付きのキャリバー6898を加えた。いずれも彫金やスケルトン化に対応するための仕様違いだが、スモールセコンド付きのキャリバー6898は、実用時計にも向いていた。以降クレドールは秒針付きの実用的なモデルを加え、その伝統はゴールドフェザーにも引き継がれた。

 本作で目を引くのは、薄型時計らしからぬ立体感だ。スモールセコンドを深く彫り込むため、文字盤には、通常とは異なる真鍮厚板が採用された。薄板をプレスするのではなく、厚板をくり抜くことで、スモールセコンドには、切り立った造形が与えられた。

郡山奏子

ゴールドフェザーのデザインを手掛けたのが、デザイナーの郡山奏子氏だ。2015年、セイコーウオッチ入社。「セイコー ルキア」などの国内向けレディスブランドを担当。18年からは高級品チームに加わり、主にクレドールのデザインに携わっている。代表作に「アストロン」3Xシリーズなど。

 ブレスレットもクレドールとしては珍しい試みだ。7連のブレスレットは、ドレスウォッチらしく適度にテーパーのかけられたもの。あえてコマとコマのすき間を与えることで、ソフトな装着感を加えた。また、時計部分との重さのバランスが良いため、腕なじみはかなり良好だ。

 好事家向けでありながら、万人に使える時計となった、ステンレススティール版のゴールドフェザー。裏蓋がシースルーになることで、歴史ある傑作機をいつでも眺められるようになったのも、時計好きたちへの朗報だろう。



Contact info: セイコーウオッチお客様相談室(クレドール) Tel.0120-302-617


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