クレドール ゴールドフェザー その薄さ、羽根の如く。

FEATURE本誌記事
2023.06.06

1960年代に、機械式時計の分野でも世界をリードしたセイコー。その象徴のひとつが、「ゴールドフェザー」だった。羽根のように薄くて軽やかなことから命名された「ゴールドフェザー」は、2023年に再びリバイバルを遂げた。単なる薄型時計に留まらないユニークな仕立ては、クレドールの考えるドレスウォッチの理想を示している。

ゴールドフェザー

岡村昌宏:写真 Photographs by Masahiro Okamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年7月号掲載記事]


ゴールドフェザーの帰還

 第二精工舎(現セイコーウオッチ)が1960年に完成させたセイコー ゴールドフェザーは、中3針の手巻きの量産機としては当時世界最薄モデルだった。それから半世紀。セイコーはこの輝かしい名前をクレドールに復活させた。「クレドール ゴールドフェザー」。搭載するのは、今や伝説的な存在となった極薄手巻きのCal.68系だ。

ゴールドフェザー

ケース厚7.7mmの新しいゴールドフェザー。開発チームが目指したのは、薄さと優美さに、実用性と機械式時計らしい造形を盛り込むことだった。

「叡智Ⅱ」や「ソヌリ」などで世界的な注目を集めるクレドール。しかし、はるか以前から、傑出したムーブメントで時計好きたちに知られていた。それが1969年に完成したキャリバー68系である。クレドールはこのムーブメントを彫金やスケルトンのベースに使ってきたが、2023年、「ゴールドフェザー」という名前とともに、ベーシックな2針モデルとしてよみがえらせた。今や珍しいシンプルなドレスウォッチ。あえて王道に取り組んだのには理由があった。

ゴールドフェザー

今風のシンプルなデザインを持つラグ。ラグの上面と斜面にザラツ研磨を施すことで、時計が引き締まって見える。

 企画を担当した浅山智弘氏はこう語る。「1960年発表のセイコー ゴールドフェザーは、薄型時計の原点です。セイコーの薄型化への挑戦をクレドールが受け継ぎ、次世代につなげていきたかったのです」。とはいえ開発陣は、新しいゴールドフェザーを、ありきたりな極薄時計にしなかった。理由は「すべてを薄くフラットにすると、機械式時計らしさがなくなる」(浅山氏)ため。理論上はケースの厚みを5.8mmまで絞れたが、あえて7.7mmに留めた。立体感を増すために採用されたのが、盛り上がったボンベ状の文字盤と風防だ。中心を盛り上げ、周囲を絞ることで、時計を薄く見せつつ立体感を加える。またケースに厚みを持たせられるため、強度的にも優位だ。

浅山智弘

ゴールドフェザーを企画したのが、長年、クレドールのデザインから商品企画を担ってきた浅山智弘氏だ。「企画が始まったのは2020年です。最初から、時計を薄く見せるためにケースは絞りました」。彼の狙いが、優れたパッケージングをもたらした。

 風防の厚みは、セイコーのボックス型風防の中で最も薄い1.2mm。しかし、相当な圧力を受けても変形しないとのこと。また、強いショックでも歪まないよう、ベゼルの設計も変更された。ラグも同様である。もともとは腕に沿うよう下方向に曲げられていたが、衝撃テストの結果を受けて、やや水平に起こされた。

ゴールドフェザー

ゴールドフェザーが平たく見えない理由が、立体的な造形にある。風防をドーム状に成形し、ミドルケースを絞る手法は、時計に強度を持たせる点でも有効だ。

 立体的な文字盤は、厚さ0.5mmの真鍮板をプレスで丸く打ち抜いたもの。普通の時計に比べてやや厚いのは、歪みを抑えるため。37mmのケースに32.5mmもの大きな文字盤を合わせることで、ゴールドフェザーは時間がかなり読み取りやすくなった。併せて時分針も見直された。薄型2針のキャリバー68系は、時分針を動かす動力に限界がある。しかしデザインを手掛けた郡山奏子氏は「回せるギリギリまで針を伸ばしました」と語る。ゴールドフェザーがレトロな薄型時計でなく、使える今のドレスウォッチとなった理由は、短針9mm、長針14.75mmという長い針のおかげだ。

 もっとも、本作の魅力は薄くて使えることに限らない。例えば細いラグ。上面と側面にザラツ研磨を施すことで、ケースの造形が締まって見える。また、分を示すインデックスには、丸いカボション状の「もみ付け」仕上げが施された。これは文字盤にバイトで丸く目盛りを付ける手法である。かつての高級時計によく見られたディテールだが、手間がかかるため今や採用例は少ない。対してクレドールはそれを再現しただけでなく、作業のしにくい曲がりの強い文字盤に施したのである。加えて18KYGモデルの文字盤は、インデックスやロゴも彫り込みだ。これらも60年代に一部の高級機が採用した、手間のかかるディテールである。

 細部への配慮は、ストラップの幅にも見て取れる。ゴールドフェザーのストラップ幅は、ケース側が19mm、バックル側が15mmと、現行品としては珍しいほど絞られている。強いテーパーを施すことで、本作は、ドレスウォッチならではの、メリハリの付いた意匠を得た。

 なぜセイコーは、ゴールドフェザーにこれほど豊かなディテールを与えようとしたのか。理由は簡単だ。採用するムーブメントが伝説の68系だから、である。

ゴールドフェザー U.T.D. GBBY982

ゴールドフェザー U.T.D. GBBY982
18KYGケースの限定版。往年の高級機に同じく、インデックスやロゴは文字盤に彫り込まれている。また、文字盤の筋目仕上げも、かつてのフェザー調放射仕上げだ。放射を羽根のように曲げるため、文字盤を担当する技術者に頼んで、仕上げをスパイラルにした。18KYGケース(直径37.1mm、厚さ7.7mm)。日常生活防水。限定30本。7月8日よりクレドールサロン先行発売。341万円(税込み)。

ゴールドフェザー U.T.D. GBBY980

ゴールドフェザー U.T.D. GBBY980
アプライドインデックスを持つレギュラーモデル。18KPGというドレスウォッチらしい素材に、強いテーパーを施した竹斑のクロコダイルストラップを合わせてある。手巻き(Cal.6890)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約37時間。18KPGケース(直径37.1mm、厚さ7.7mm)。日常生活防水。8月11日よりクレドールサロン先行発売。330万円(税込み)。

セイコーとクレドール 機械式薄型時計の歩み

1960年 センターセコンドとして当時世界最薄ムーブメント(2.95mm)、Cal.60を搭載した「セイコー ゴールドフェザー」が登場。
1969年 ムーブメント厚1.98mmの極薄ムーブメント、Cal.6800を開発。また、同ムーブメントを搭載した「セイコー U.T.D.」(※)が登場。
1970年 クレドールの前身となる「セイコー特選腕時計」に、Cal.6810を搭載したモデルが登場。
1992年 創業110周年を記念し、機械式時計の復活が1991年に企画される。翌年、Cal.6810を搭載した「セイコー創業110周年記念限定モデル」が登場。
1993年 セイコー内での機械式時計の復活を受け、クレドールでもCal.68系を搭載したモデルの発売が再開される。
2023年 セイコーの薄型メカニカルウォッチの象徴だった「ゴールドフェザー」がクレドールで復活。U.T.D.という輝かしい名を冠し、再登場を果たした。

※U.T.D. : Ultra Thin Dressの略称。


キャリバー68系

 1969年に登場したキャリバー68系は、第二精工舎(現セイコーウオッチ)が総力を投じた極薄手巻きムーブメントだった。初代キャリバー6800の厚みはわずか1.98mm。

Cal.6890

Cal.6890
1992年に復活したCal.68系は、96年にラウンド型のCal.6898(小秒針付き)と、Cal.6899(スケルトン)、2009年にCal.6890(2針)を加えた。これらの設計を行ったのは重城幸一郎氏。基本設計は初代のCal.6800に同じだが、スケルトン化や彫金が施しやすいようサイズが拡大されている。ユニークな緩急針は、強いショックを受けてもヒゲゼンマイが飛び出しにくい。

 設計を監修した故・藤平肇は、日本初の極薄ムーブメントとなるCal.68系に、新しい工夫を盛り込んだ。そのひとつが、蓋のない香箱である。水平は保ちにくくなるが、厚みは大きく減らせる。加えて平たいアンクルを段状に改め、振り座は天真と一体成形された。

 セイコーウオッチでムーブメントの開発に携わる重城幸一郎氏はこう語る。「セイコーが機械式時計を復活できたのは、Cal.68系を復元する際のノウハウが役立ったためです。正直、コストを考えたら68系の製造は割に合いません。しかし、過去の技術を未来につなげるため、私たちは68系を作り続けています」。

重城幸一郎

Cal.68系のムーブメントに携わってきた重城幸一郎氏。「低振動でテンプの小さなCal.68系で高い精度を出すには、非常に高度なスキルが必要です。現在組み立てられるのは特別な技能を持った数人だけですね」。

 聞けば、組み立てには5年もの経験がいる、と言われるのも納得だ。わずかな力で地板や受けが曲がってしまうため、組み立てには細心の注意を払う必要がある。また、ビートエラーを調整するには、昔の高級なムーブメント同様、ドテピンを手作業で曲げる必要がある。穴石と歯車の軸の隙間(アガキという)も、量産品よりはるかに厳しい、約100分の2mm程度だ。しかも部品の製造も、量産ラインではなく、雫石にある特別なラインが行うというから、68系は独立時計師が作るムーブメントのようなものなのである。

 もっとも、そんな68系も中身はアップデートされている。精度のばらつきを抑え、調整時間を減らすため、ガンギ車は鋼からMEMSで成形したニッケル製に、主ゼンマイに使われるスプロンもより上級のグレードに改められた。薄く、組み立ても大変だが、実用性は増したのである。この傑作を収めるケースを仕立てたのが、外装を開発した石田正浩氏だ。

石田正浩

外装設計を行った石田正浩氏。昔のゴールドフェザーを集めていた彼は、グランドセイコーのデザインを手掛けた小杉修弘氏に誘われて、薄型時計のプロジェクトに参画した。本人曰く「クレドールに駆り出された」とのこと。

 セイコーウオッチで外装設計に携わる彼は、入社後、個人的にゴールドフェザーを集めていたという。そんな彼が新しいゴールドフェザーのプロジェクトに抜擢されたのは当然だろう。「昔のゴールドフェザーは、ケースが非防水でした。ケースにパッキンを加えると防水性は持たせられますが、厚みは増えます。ではどうやって、厚みを抑えた使える時計にできるのか」。その解のひとつが、風防の固定方法だ。石田氏は風防やベゼルパッキンを再度見直し、1/100mm単位で薄くする調整を行った。また、強い衝撃を受けてもベゼルと文字盤が接触しないよう、両者にはわずかにクリアランスが取られた。

新しいゴールドフェザーのケース構造

薄さと堅牢さを両立した新しいゴールドフェザー。可能にしたのは、中枠と一体化したケース構造である。ムーブメントを直接ケースに固定することで、ケースの裏側に厚みを持たせられるようになった。薄型らしからぬ頑強さは、リュウズのガタのなさが示す通りだ。
60年代のゴールドフェザー

ケース設計の参考にしたと言って石田正浩氏が見せてくれたのが、彼の所有する60年代のゴールドフェザーだった。「同じケースでも、いろんな種類があるんですね。設計に当たっては、この個体のラグ裏や、面と面の当たる部分の角などを参考にしました」。

 薄くても使える時計を可能にしたのが、今までにないケース構造である。普通の時計はムーブメントを枠で支え、それをケースに据え付ける。対して本作では、ケースと中枠を一体成形し、ムーブメントをケースにしっかりと固定している。ケース全体をモノコックにしたため、新しいゴールドフェザーは、薄さと剛性の両立に成功した。設計が確かなことは、リュウズの感触が示す通り。薄型時計にもかかわらず、ゴールドフェザーのリュウズは、引っ張ってもガタがない。

 傑作68系の採用に甘んじることなく、実用性とディテールを磨き上げた新しいゴールドフェザー。その非凡な完成度が示すのは、68系に対する、セイコーの熱い想いなのである。

Cal.68系

Cal.68系には、4番車やガンギ車の上に、組み合わせ軸受けが加えられている。これは平らな受け石で歯車の軸先端を支持することで、摩擦を減らすため。また上から蓋をするため、油切れも起こりにくい。
番車、ガンギ車、アンクル、テンプの図

Cal.68系の4番車、ガンギ車、アンクル、テンプの図。ガンギ車は軽量なMEMS製に変更されたが、段の付いたアンクルは従来に同じ。「技術を伝承するために、あえて設計は変えませんでした」。(重城幸一郎氏)


Contact info: セイコーウオッチお客様相談室 Tel.0120-302-617


クレドール「叡智Ⅱ」シンプルウォッチの頂点へ

https://www.webchronos.net/features/90685/
【アイコニックピースの肖像】クレドール/マイクロアーティスト工房編

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【動画で解説】なぜクレドール「叡智Ⅱ」がシンプルウォッチの最高峰と称されるのか

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