近年、時計市場に普及する“新素材”。外装やムーブメントに従来にはなかった素材を用いることで、時計は形状や色といった意匠の面ではもちろん、性能面でも大きく変化した。『クロノス日本版』112号で「時計を変えた新素材」として、そんな“新素材”を特集した記事を、webChronosに転載する。第2回は、ウブロが開発した「18Kキングゴールド」と「18Kマジックゴールド」を例に、伝統的でありながらも新しいレシピによって独自性を備える18Kゴールドについて深掘りする。
Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas), Yu Mitamura
鈴木裕之:取材・文
Edited & Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2024年5月号掲載記事]
ウブロが独自開発する、新世代の18Kゴールドとは?
スイス時計産業と最も馴染みの深い、伝統的な素材であるにもかかわらず、今でも新しい合金のレシピが次々と生み出されている18Kゴールド。ウブロは18Kゴールドの組成開発に関する、オピニオンリーダーの一角にある。ここではウブロが開発した「18Kキングゴールド」と「18Kマジックゴールド」をサンプルに、新世代の18Kゴールドに求められる素材特性を探ってみよう。
ウブロ独自開発の「18Kキングゴールド」と「18Kマジックゴールド」
2022年に発表された4番目のケースシェイプ。ビッグ・バンのコンセプトとディテールを踏襲しつつ、端正なスクエア形状のプロポーションに仕上げている。自動巻き(Cal.HUB1280)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。18Kキングゴールド×セラミックケース(ケース径42mm、厚さ14.7mm)。
時計産業で用いられる外装用のマテリアルとして、最も一般的な18Kゴールド。そのベースである純金は、化学的に安定し、そのうえ加工性にも優れるため、遥か紀元前から装飾品として重用されてきた。しかしそのままでは素材が柔らかすぎるため、現在では他の金属と混ぜ合わせて合金化した18Kゴールドが多用される。素材に含まれる金の割合が、重量比で75%。つまり、割金と呼ばれる残り25%の銀や銅の成分が、18Kゴールドの色味や特性を左右する。
ちなみにISOには合金色に関する規定があって、銀の占める割合が、重量比で4.5〜5.5%のものが5N(レッド)となる。しかし、赤い色味を持つ5Nの18Kゴールドは、酸化/硫化しやすい銅を多く含むため、長く使ううちに赤みが抜けてゆく。これに対応したゴールド系の新合金が、少量のロジウムやプラチナを含有させた赤系の18Kゴールドだ。
ケースとベゼルに耐傷性に優れたマジックゴールドを使用。多孔質のセラミックスに純金を浸潤させる手法で、唯一無二の質感を生み出している。自動巻き(Cal.HUB1280)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。18Kマジックゴールドケース(直径44mm、厚さ14.5mm)。世界限定200本。
ウブロの独自素材として2010年に発表された「18Kキングゴールド」も、こうした含プラチナの赤系ゴールドのひとつ。従来の5Nよりも赤みの発色が鮮やかで、かつプラチナが銅の酸化や硫化を抑制するため、経年変化にも強い。ウブロが18Kキングゴールドで実現したものは、美しい色味のサステナビリティだ。
一方、従来の18Kゴールドは、割金によって硬度が高められているとはいえ、他の素材に比べれば圧倒的に柔らかな金属であることに変わりはない。この点を改善したものが、表面に特殊な硬化処理を施した18Kゴールドなのだが、ウブロの開発した「18Kマジックゴールド」だけは、他の素材と根本的に考え方が異なっている。EPFL(スイス連邦工科大学ローザンヌ校)との共同研究から生まれたこの新素材は11年に発表。割金をすべてセラミックスに置き換えることで、傷の付かないゴールドを実現させたのだ。

興味深いのはその製法で、他の新世代ゴールドがすべて冶金技術の応用なのに対し、18Kマジックゴールドでは、多孔質のセラミックケースに、純金を浸潤させるという方式を採っている。通常のセラミックケースの製法とも異なり、バインダーレスのまま円筒状に高圧成形し、原料の炭化ホウ素が融合しないギリギリの焼成温度(主に焼成時間で調整)で焼き上げる。その後、専用の容器に、多孔質セラミックスのケースエボーシュと少量のアルミニウム、そして純金を封じ込め、加圧しながら焼成することで、セラミックスの孔に純金が流れ込む。この際、容器に入れられる純金の重量は、セラミックケースと結合材のアルミを合わせた重量の約3倍。つまり重量比で75%の純金を用いるため、スイス貴金属管理局から正式な18Kゴールドと認められている。表面の濡れたような質感と、青みの強い独特な金色が大きな特徴で、原料的に酸化や硫化とも無縁だから、経年変化にも強い素材となる。