F.P.ジュルヌが3番目にオープンした直営ブティックが、ジュネーブの旧市街にある。F.P.ジュルヌ本社のお膝元にある店舗だが、世界中に顧客を持つだけあって、その間口は実に広い。ジュネーブに行く機会がある人は、ふらっと寄って時計を見るだけでも、F.P.ジュルヌの世界観に浸れるはずだ。

Photographs by Eiichi Okuyama, Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年3月号掲載記事]
ロンジュマール広場に面した「F.P.ジュルヌ ジュネーブ ブティック」

「F.P. ジュルヌのジュネーブ ブティックとは、ミラノにおけるスカラ座のようなものです」
こう語るのは、マネージャーのトニー・タンコフだ。ジュネーブの歴史的な中心地であるロンジュマール広場に面したこのブティックが開設されたのは2007年4月。


「ここにブティックを置いたのは私たちが初でした。その後、各社が店を展開するようになり、今や時計通りのようになりましたね」(タンコフ)
規模こそ大きくはないが、F.P. ジュルヌのブティックは顧客の厚さと広さでよく知られている。「このブティックはお客様のレベルが高いのです。というのも、全世界からお見えになるからですね。中には信じられないようなお客様も、20から30名ほどいらっしゃいますよ」。確かに、F.P. ジュルヌの時計を買うなら、お膝元のジュネーブで、と考える人がいるのは分かる。


このブティックのスタンスは、良いお客様との出会いを広げていくこと、だという。「私たちは、時計を投資価値ではなく、本当に好きな人たちに販売したいのです。ですから、顧客の友人という方は大いに歓迎ですね。そして、古いお客様と新しいお客様が分かり合えればいい」。ジュネーブのブティックが、気軽に入れる佇まいを維持し続ける理由だ。
正直、日本に住むコレクターであれば、東京ブティックという選択肢がある。世界で初めてオープンした日本のブティックは、他のブティックとは扱いがもうひとつ異なる。しかし、F.P. ジュルヌの本社があるジュネーブに立ち寄る機会があれば、このブティックは訪問する価値は大いにあるだろう。

2005年にリリースされたクロノメーター・スヴランは、F.P.ジュルヌのアイコンにして、永遠の定番である。もちろん、すぐに買える腕時計ではないが、触ると人気の理由は分かるはず。装着感に優れるF.P.ジュルヌのコレクションにあって、本作は頭ひとつ抜きんでている。手巻き(Cal.1304)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約56時間。Ptケース(直径40mm、厚さ8.6mm)。3気圧防水。参考商品。
トゥールビヨン・スヴランをベースに合計93個、ケースに22.59ctのバゲットカットのダイヤモンドをあしらった超大作。文字盤に対して垂直になるように配されたトゥールビヨンキャリッジの回転速度は、前作の倍である30秒に速められた。手巻き(Cal.1519)。32石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。Ptケース(直径44mm、厚さ13.76mm)。3気圧防水。参考商品。
こちらはタイタリットケースのモデル。バゲットセッティングに見える石留めは、爪を使ったもの。軟らかいチタン系素材だと強固に支えられないためだが、飛び出した爪をデザイン上のアクセントとしている。新開発の黒く光る夜光塗料を文字盤全面に塗布して、実用性を高めている。クォーツ(Cal.1210)。Titalytケース(縦48×横40mm、厚さ7.35mm)。3気圧防水。参考商品。
フランソワ-ポール・ジュルヌの盟友にして、ビジネスパートナーだった“ジーノ”の名で皆に親しまれたセルジュ・キュクロヴィッチ。彼を追悼して作られたのが、エレガントのいわゆるレインボーカラーだ。その鮮やかな色味は、カラフルな服装を好んだジーノの姿を彷彿とさせる。ベゼルにはあえて貴石や半貴石ではなく、彩色したサファイアクリスタルを採用。色味を安定させただけでなく、価格も抑えている。参考商品。
ドミニク・ゴーティエがシェフを務める「F.P.ジュルヌ レストラン」

ウォッチメーカーとして大きな成功を収めたフランソワ-ポール・ジュルヌ。しかし彼の趣味は一貫して変わっていない。時計、お酒、そして食だ。かつてレストランを所有していた彼は、自分の好みを実現できる店を、ジュネーブの旧市街にオープンさせた。

2023年11月1日、スイス・ジュネーブのローヌ通り49番地に、F.P.ジュルヌのレストランがオープンした。パートナーに選んだのは、スイスきっての名シェフであるドミニク・ゴーティエだ。14歳で料理学校の門を叩いた彼は、25歳でジュネーブの名門ホテルであるボー・リヴァージュに入り、副料理長として10年、料理長を22年務めた。コロナ禍で経営母体が変わったのを機に、声をかけたのはフランソワ-ポール・ジュルヌである。


「常に給仕が後ろに立っているような感じではなく、格式張らない環境で美食を楽しめる場所が作りたかった。それに、格式張った雰囲気は今の時代に合っていないしね」。15分の会話で意気投合した彼らは、1912年建築のレストランの雰囲気を生かしつつ、全く新しい店をオープンさせた。


「私は調理場にいるのが好きだし、フランソワ-ポールは常に工房にいるのを好んでいるといった共通点もあるしね」(ゴーティエ)。時計にちなんだ装飾や時計師の名前を冠したテーブルが置かれたレストランだが、その狙いは時計好きではない。「観光客ではなく、地元の顧客のためのレストランだよ。ジュネーブの人は金曜日の夜になると山の方に行くので、月曜日にならないとレストランに帰ってこない。だから金曜日はランチ営業のみなんだ」。

地中海料理をベースに、ゴーティエの経験と地元の食材を組み合わせた料理は、ベースがしっかりしていながら、どこにも似ていないもの。ジュルヌが彼をパートナーに選んだのも納得だ。
このレストラン、開設1年目にしてミシュランの星付きだ。訪問希望の方にはぜひ事前予約をお勧めしたい。





