スイス時計産業の中心地のひとつ、ラ・ショー・ド・フォン。ジラール・ペルゴの本社を訪ね、その歴史を収めたミュージアムからオート・オロロジー工房、そしてR&D部門までを巡ると、この老舗を「マニュファクチュール」たらしめてきたものが見えてくる。それは単にムーブメントを自社開発・製造できるという意味ではない。230年以上にわたって蓄積してきた技術を絶えず検証し、現代の時計製造へと翻訳する力である。

Photographs by Takafumi Okuda
鈴木幸也(本誌):取材・文
Edited & Text by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[2026年8月22日公開記事]
現在まで脈々と続くジラール・ペルゴのDNAとは?
その歴史は1791年、ジャン=フランソワ・ボットがジュネーブで工房を開いたことに始まる。1856年にはコンスタン・ジラールと時計師の家系に生まれたマリー・ペルゴの結婚を背景に、現在につながるジラール・ペルゴの名が誕生した。 現在の公式ヒストリーも1791年をメゾンの起源と位置付け、ボットが時計師のみならず彫金、宝飾、金細工など複数の専門技巧をひとつ屋根の下に集めたことを、後の統合型マニュファクチュールにつながる原点としている。
この歴史で重要なのは、ジラール・ペルゴが精度と美観を別々のものとして扱ってこなかったことだ。

象徴が1867年のスリー・ブリッジ トゥールビヨンである。コンスタン・ジラールは本来、輪列などを固定するための機能部品にすぎなかったブリッジを矢印型に整え、3本を平行に配置した。つまり、ムーブメントの構造そのものをデザインへと転化したのである。公式資料によれば1867年にヌーシャテル天文台とパリ万国博覧会で発表されたこのクロノメーター・トゥールビヨンは、天文台でも優れた成績を残した。さらに1889年には、その思想を極めた「ラ・エスメラルダ」がパリ万国博覧会で金賞を獲得する。
そして、この「機構を美しく見せる」という考え方こそ、後述する最新のCal.GP4800にまで続くジラール・ペルゴのDNAなのである。
過去を保存するのではなく、未来のために使うミュージアム
その歴史を最も雄弁に物語る場所が、本社に隣接する歴史的建造物、GPヴィラだ。
1918年に建てられたこの邸宅は、もともとラ・ショー・ド・フォンの時計産業に携わる事業家の住居だった。ジラール・ペルゴが購入し、1999年にミュージアムとして改装。現在はブランドの歴史を伝えると同時に、ゲストを迎える施設としても活用されている。取材時の説明では、ここには約600点もの歴史的な収蔵品が保管されているという。現在もジラール・ペルゴは、このヴィラを、単なる展示施設ではなく、歴史と現代のウォッチメイキングを同時に体験する場所として位置付けている。

ここで重要なのは、アーカイブが過去を顕彰するだけの存在ではないことだ。
例えば、スリー・ブリッジ。ジラール・ペルゴは1884年、まずアメリカで特徴的なブリッジ形状の特許を取得したという。140年以上前の意匠でありながら、その考え方は現在のトゥールビヨンはもちろん、2025年発表の基幹ムーブメントGP4800にさえ再解釈されている。
つまり、ヴィラに収められているのは、過去の「完成品」だけではない。現在のデザイナーやエンジニアが引き出すことのできる、230年以上に及ぶ巨大な技術とデザインのデータベースなのである。
6~8週間を費やす、オート・オロロジー工房の実力
そこから本社のオート・オロロジー工房へ移ると、ジラール・ペルゴのもうひとつの顔が現れる。
ここでは、トゥールビヨンやミニッツリピーターをはじめとする複雑時計の組み立て、調整、仕上げが行われる。同社のオート・オロロジー工房では基本的にひとりの時計師が組み立てから調整までを一貫して担当する。3軸トゥールビヨンからミニッツリピーターのハンマーとゴングの調整までを担える、多能工としての時計師の力量が要求される世界だ。
取材で目を引いたのがトゥールビヨンの調整だった。そのキャリッジは、直径わずか10mmで72個の部品から構成され、重量はわずか0.3g。テンワの片重りを取る際には薄いテンワ自体を削るのではなく、取り付けられたチラネジを削りながら重心を追い込んでいく。

さらに時計師の経験値がものをいうのがミニッツリピーターである。
ゴングには伝統的なスティールを用いるが、その固定部である「かかと」は溶接ではなく、ダイスで延ばして一体成形したものを使用する。その側面にヘアラインを施し、エッジを面取りする。しかも装飾して終わりではない。「かかと」の付け根を削って微細なくぼみを設け、音をよりクリアに整えるという。ゴングの長さも音程を左右するため、装飾を終えてから慎重に切り詰めていく。

1回目の組み立てだけで4~5週間。仮組みしてゴングを調整した後、いったん分解、洗浄、注油し、再び本組みして最終調整と検査を行う。完成までには実に6~8週間を要する。

効率とは対極にある工程だ。しかし、ここにオート・オロロジー工房の価値がある。
スリー・ブリッジ系のモデルも同様で、「ロレアート スリー・ブリッジ トゥールビヨン」では装飾だけで約1週間を要するという。取材時の「付加価値は、職人がひとつひとつ手作業で装飾を与えることで生み出される」という説明は、この工房の本質を端的に示している。
コンスタント エスケープメントが示す「伝統だけではない」強さ
一方で、ジラール・ペルゴを伝統工芸だけで語ることもできない。
1965年には毎時3万6000振動の高振動ムーブメントを開発し、翌1966年にはヌーシャテル天文台100周年記念賞を受賞。1971年には現在までクォーツ時計の世界標準である3万2768Hzの周波数確立にも貢献した。そして2013年には、シリコン製ブレードの弾性を利用してテンプへ一定のエネルギーを供給する「コンスタント エスケープメント L.M.」がGPHGの最高賞「金の針賞」を受賞した。
オート・オロロジー工房では、このコンスタント エスケープメントの実物に近い模型を見ることができた。

核心となるシリコン製ブレードの厚さはわずか14ミクロン。時計師が両側の偏心カムを回してブレードをたわませ、適切な張力へ追い込んでいく。単結晶シリコンの弾性を単なる素材置換ではなく、脱進機そのものの原理に利用するこの機構は、ジラール・ペルゴのR&D(研究開発)能力を象徴するものだ。

そして、その研究開発力を特殊なコンプリケーションではなく、日常的に使われる基幹ムーブメントへ還元したものが、2025年に発表されたCal.GP4800なのである。
約30年ぶりの基幹ムーブメント、Cal.GP4800
GP4800は、名機GP3300以来、約30年ぶりに完全新規開発された自動巻き基幹キャリバーだ。プレス資料は、これを既存設計の改良ではなく「白紙の状態」から開発したムーブメントと説明する。
直径25.60mm、厚さ4.28mmというコンパクトなサイズは、現在の小径化した時計への対応だけでなく、将来的にベースムーブメント上へ複雑機構を展開する余地も考慮したものだ。
その中身は極めて現代的である。

ガンギ車、アンクル、ローラーには軽量、非磁性、低摩擦で耐摩耗性に優れるシリコンを採用。調速機は緩急針を廃したフリースプラング式とし、テンワに設けた4個のホワイトゴールド製マスロットで慣性を調整する。加えて、テンプを両側から支持する構造によって耐衝撃性と安定性を高めた。約55時間のパワーリザーブと秒針停止機能も備える。
自動巻き機構にも手が入った。セラミックス製ボールを使ったベアリングにショックアブソーバーを組み込み、騒音や衝撃を抑えながら、片方向巻き上げによって効率と耐久性を高めている。
しかし、工房取材から見えてきたGP4800の面白さは、スペックシートには表れにくい部分にある。
R&Dではリュウズの巻き真がポジション「0→1」「1→2」と移動するときに必要な操作力にあえて差を設け、誤ってポジション0からポジション2へ飛ばないよう指先の感覚まで最適化した。加えて、時刻・カレンダー調整の切り替え時に分針が不用意に動かないことまで検討・改善されている。そして完成した新型ムーブメントCal.GP4800には、ラボラトリーで合計80項目にも及ぶテストが課せられたという。


つまりGP4800の進化とは、シリコンやフリースプラングといった分かりやすい新技術だけではない。ユーザーがリュウズに触れた瞬間から、数十年に及ぶ耐久性までをひとつのシステムとして設計することにある。
そして外観には、1867年以来の歴史が明確に刻み込まれた。テンプ受け、輪列受け、香箱受けを3本のブリッジとして構成し、スリー・ブリッジのシンメトリーを現代的に再解釈。18Kゴールド製ローターの下にこの構造を見せることで、機能部品を意匠へ昇華するコンスタン・ジラールの思想を受け継いだ。さらに、ブリッジや地板、ローターには10種類以上の仕上げを与え、表から見えない地板裏にもペルラージュ装飾を施す。既報のwebChronosにおいても、GP4800を「実用性と審美性を兼ね備えた」新世代の基幹キャリバーとして評価している。
歴史を「現在形」にするマニュファクチュール
GPヴィラからオート・オロロジー工房、そしてR&Dまでを巡って気付くのは、これらが決して独立した部署ではないということだ。
ミュージアムに残る1867年のスリー・ブリッジは、オート・オロロジー工房で今なお職人の手によって組み立て、装飾され、その思想は最新の量産基幹ムーブメントGP4800にまで姿を変えて受け継がれる。一方、コンスタント エスケープメントで培ったシリコンへの知見や精度への執念は、GP4800では実用的なシリコン製脱進機へと落とし込まれた。

歴史を保存する。手仕事によって継承する。R&Dによって進化させる。そして、その成果を次世代の量産ムーブメントへ還元する。
この循環こそ、ラ・ショー・ド・フォンの本社工房で見たジラール・ペルゴ最大の強みではないだろうか。
1791年から続く同社にとって、マニュファクチュールとは単に「自社で作る」ことを意味しない。1867年のスリー・ブリッジが機構をデザインへ変えたように、そして2025年のGP4800がその思想を現代の精度、信頼性、耐久性へと翻訳したように、過去から受け継いだ時計製造の知識を、その時代に必要な技術へと作り替え続ける能力そのものなのである。そこにこそ、230年以上を経てもなおジラール・ペルゴがオート・オロロジーの第一線に立ち続ける理由があるのだ。

2025年発表。18KYG×SSケース(直径39.00mm、厚さ9.80mm)。15気圧防水。世界限定200本。400万4000円(税込み)。



