1791年から未来へ――本社工房で見たジラール・ペルゴ、ウォッチメイキングの真価

FEATURE その他
2026.08.28

スイス時計産業の中心地のひとつ、ラ・ショー・ド・フォン。ジラール・ペルゴの本社を訪ね、その歴史を収めたミュージアムからオート・オロロジー工房、そしてR&D部門までを巡ると、この老舗を「マニュファクチュール」たらしめてきたものが見えてくる。それは単にムーブメントを自社開発・製造できるという意味ではない。230年以上にわたって蓄積してきた技術を絶えず検証し、現代の時計製造へと翻訳する力である。

オート・オロロジー工房が入る建物

現在、ジラール・ペルゴの複雑時計を扱う「オート・オロロジー工房」が入るラ・ショー・ド・フォンの歴史的建造物。この建物は、20世紀初頭から時計産業で使われてきたもので、2000年代初頭、ソーウインドグループによって取得・改修され、ジラール・ペルゴの本社マニュファクチュールとして整備された。ここではミニッツリピーターやトゥールビヨンをはじめとする複雑時計の組み立てと調整が行われている。
奥田高文:写真
Photographs by Takafumi Okuda
鈴木幸也(本誌):取材・文
Edited & Text by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[2026年8月22日公開記事]


現在まで脈々と続くジラール・ペルゴのDNAとは?

 その歴史は1791年、ジャン=フランソワ・ボットがジュネーブで工房を開いたことに始まる。1856年にはコンスタン・ジラールと時計師の家系に生まれたマリー・ペルゴの結婚を背景に、現在につながるジラール・ペルゴの名が誕生した。 現在の公式ヒストリーも1791年をメゾンの起源と位置付け、ボットが時計師のみならず彫金、宝飾、金細工など複数の専門技巧をひとつ屋根の下に集めたことを、後の統合型マニュファクチュールにつながる原点としている。

 この歴史で重要なのは、ジラール・ペルゴが精度と美観を別々のものとして扱ってこなかったことだ。

スリー・ブリッジ トゥールビヨン

ジラール・ペルゴ本社に隣接する歴史的な建築物である「GPヴィラ」に置かれるジラール・ペルゴのミュージアム内にディスプレイされる1867年発表のスリー・ブリッジ トゥールビヨン。

 象徴が1867年のスリー・ブリッジ トゥールビヨンである。コンスタン・ジラールは本来、輪列などを固定するための機能部品にすぎなかったブリッジを矢印型に整え、3本を平行に配置した。つまり、ムーブメントの構造そのものをデザインへと転化したのである。公式資料によれば1867年にヌーシャテル天文台とパリ万国博覧会で発表されたこのクロノメーター・トゥールビヨンは、天文台でも優れた成績を残した。さらに1889年には、その思想を極めた「ラ・エスメラルダ」がパリ万国博覧会で金賞を獲得する。

 そして、この「機構を美しく見せる」という考え方こそ、後述する最新のCal.GP4800にまで続くジラール・ペルゴのDNAなのである。


過去を保存するのではなく、未来のために使うミュージアム

 その歴史を最も雄弁に物語る場所が、本社に隣接する歴史的建造物、GPヴィラだ。

 1918年に建てられたこの邸宅は、もともとラ・ショー・ド・フォンの時計産業に携わる事業家の住居だった。ジラール・ペルゴが購入し、1999年にミュージアムとして改装。現在はブランドの歴史を伝えると同時に、ゲストを迎える施設としても活用されている。取材時の説明では、ここには約600点もの歴史的な収蔵品が保管されているという。現在もジラール・ペルゴは、このヴィラを、単なる展示施設ではなく、歴史と現代のウォッチメイキングを同時に体験する場所として位置付けている。

GPヴィラ

1918年に建てられた「GPヴィラ」。かつてラ・ショー・ド・フォンの時計産業に携わる事業家が暮らした邸宅であったが、ジラール・ペルゴが取得し、1999年にミュージアムとして改修された。現在は約600点に及ぶ歴史的な時計や資料を収蔵するとともに、ゲストを迎える場としても、建物を保存しつつ、活用されている。

 ここで重要なのは、アーカイブが過去を顕彰するだけの存在ではないことだ。

 例えば、スリー・ブリッジ。ジラール・ペルゴは1884年、まずアメリカで特徴的なブリッジ形状の特許を取得したという。140年以上前の意匠でありながら、その考え方は現在のトゥールビヨンはもちろん、2025年発表の基幹ムーブメントGP4800にさえ再解釈されている。

 つまり、ヴィラに収められているのは、過去の「完成品」だけではない。現在のデザイナーやエンジニアが引き出すことのできる、230年以上に及ぶ巨大な技術とデザインのデータベースなのである。


6~8週間を費やす、オート・オロロジー工房の実力

 そこから本社のオート・オロロジー工房へ移ると、ジラール・ペルゴのもうひとつの顔が現れる。

 ここでは、トゥールビヨンやミニッツリピーターをはじめとする複雑時計の組み立て、調整、仕上げが行われる。同社のオート・オロロジー工房では基本的にひとりの時計師が組み立てから調整までを一貫して担当する。3軸トゥールビヨンからミニッツリピーターのハンマーとゴングの調整までを担える、多能工としての時計師の力量が要求される世界だ。

 取材で目を引いたのがトゥールビヨンの調整だった。そのキャリッジは、直径わずか10mmで72個の部品から構成され、重量はわずか0.3g。テンワの片重りを取る際には薄いテンワ自体を削るのではなく、取り付けられたチラネジを削りながら重心を追い込んでいく。

オート・オロロジー工房で調整されるトゥールビヨン

オート・オロロジー工房で調整されるトゥールビヨン。(左)ひと目でジラール・ペルゴのトゥールビヨンキャリッジと認識できる特徴的な形状は、今や、ジラール・ペルゴのアイコンのひとつと言える。(右)トゥールビヨンキャリッジの精度を大きく左右するテンワの片重りを取る装置。付属の水平器で装置の水平を取った後、薄いテンワに取り付けられたチラネジを削りながら重心を調整する。

 さらに時計師の経験値がものをいうのがミニッツリピーターである。

 ゴングには伝統的なスティールを用いるが、その固定部である「かかと」は溶接ではなく、ダイスで延ばして一体成形したものを使用する。その側面にヘアラインを施し、エッジを面取りする。しかも装飾して終わりではない。「かかと」の付け根を削って微細なくぼみを設け、音をよりクリアに整えるという。ゴングの長さも音程を左右するため、装飾を終えてから慎重に切り詰めていく。

ミニッツリピーターのゴング

ミニッツリピーターのゴング。素材は伝統的なスティールを使用する。他社では、ゴングをケースやムーブメントに固定する直方体の「かかと」部と、長く延びたゴングは溶接されることが多いが、オート・オロロジー工房では「かかと」部とゴングを一体成形して、音質を高めている。

 1回目の組み立てだけで4~5週間。仮組みしてゴングを調整した後、いったん分解、洗浄、注油し、再び本組みして最終調整と検査を行う。完成までには実に6~8週間を要する。

Cal.GP09500のゴング固定部

ジラール・ペルゴを象徴する3本のブリッジとトゥールビヨン、そしてミニッツリピーターを搭載した複雑ムーブメントCal.GP09500(Cal.9500)のゴング固定部「かかと」のアップ。かかと部の上面と側面はヘアライン仕上げの後、エッジには面取りが施される。ゴングはかかと部の装飾後に適切な長さにカットされる。ゴングは切りすぎるとオクターブ音が変わってしまうほど繊細なため、カットには熟練した職人技が要求される。さらに注目すべきは、ゴングとかかと部の付け根である。よく見ると、付け根が少し削られているのが分かるだろうか? このように付け根を削ってくぼみを設けることで音色を調整し、よりクリアな音を得ているという。これもオート・オロロジー工房の驚くべきサヴォアフェール(ノウハウ)のひとつである。

 効率とは対極にある工程だ。しかし、ここにオート・オロロジー工房の価値がある。

 スリー・ブリッジ系のモデルも同様で、「ロレアート スリー・ブリッジ トゥールビヨン」では装飾だけで約1週間を要するという。取材時の「付加価値は、職人がひとつひとつ手作業で装飾を与えることで生み出される」という説明は、この工房の本質を端的に示している。


コンスタント エスケープメントが示す「伝統だけではない」強さ

 一方で、ジラール・ペルゴを伝統工芸だけで語ることもできない。

 1965年には毎時3万6000振動の高振動ムーブメントを開発し、翌1966年にはヌーシャテル天文台100周年記念賞を受賞。1971年には現在までクォーツ時計の世界標準である3万2768Hzの周波数確立にも貢献した。そして2013年には、シリコン製ブレードの弾性を利用してテンプへ一定のエネルギーを供給する「コンスタント エスケープメント L.M.」がGPHGの最高賞「金の針賞」を受賞した。

 オート・オロロジー工房では、このコンスタント エスケープメントの実物に近い模型を見ることができた。

コンスタント エスケープメント L.M.

2013年のジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)の最高賞である「金の針賞」を受賞した「コンスタント エスケープメント L.M.」。オート・オロロジー工房には、そのモデル名にも採用された革新的な脱進機「コンスタント エスケープメント」の巨大な模型が誇らしげに展示されていた。実物はシリコン製だが、模型では一定の力を生み出す核心部分であるブレードが分かりやすく強調されていた。

 核心となるシリコン製ブレードの厚さはわずか14ミクロン。時計師が両側の偏心カムを回してブレードをたわませ、適切な張力へ追い込んでいく。単結晶シリコンの弾性を単なる素材置換ではなく、脱進機そのものの原理に利用するこの機構は、ジラール・ペルゴのR&D(研究開発)能力を象徴するものだ。

コンスタント エスケープメント

写真は「コンスタント エスケープメント」の実物。中心分を横一直線に走るブレードを含め、すべてシリコン製。厚さわずか14ミクロンのシリコン製ブレードの弾性を利用してテンプへ一定のエネルギーを供給するのが、このコンスタント エスケープメントの基本的な原理である。コンスタント エスケープメントは、シリコン部品の開発・製造を専門とするシガテック(Sigatec)製だが、シリコンの弾性を利用した張力によって一定の力をテンプに与えられるように、オート・オロロジー工房の時計師が調整するという。

 そして、その研究開発力を特殊なコンプリケーションではなく、日常的に使われる基幹ムーブメントへ還元したものが、2025年に発表されたCal.GP4800なのである。


約30年ぶりの基幹ムーブメント、Cal.GP4800

 GP4800は、名機GP3300以来、約30年ぶりに完全新規開発された自動巻き基幹キャリバーだ。プレス資料は、これを既存設計の改良ではなく「白紙の状態」から開発したムーブメントと説明する。

 直径25.60mm、厚さ4.28mmというコンパクトなサイズは、現在の小径化した時計への対応だけでなく、将来的にベースムーブメント上へ複雑機構を展開する余地も考慮したものだ。

 その中身は極めて現代的である。

Cal.GP4800

完全に新規開発され、2025年に発表されたCal.GP4800。シリコン製脱進機とフリースプラングテンプなどの現代的な素材や性能に加え、ローター、受け、地板には10種類以上の仕上げが施され、高い審美性も兼ね備える。ジラール・ペルゴが長年採用するCal.GP3300系同様、基幹ムーブメントにふさわしい高い信頼性が期待できる。自動巻き。19石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。

 ガンギ車、アンクル、ローラーには軽量、非磁性、低摩擦で耐摩耗性に優れるシリコンを採用。調速機は緩急針を廃したフリースプラング式とし、テンワに設けた4個のホワイトゴールド製マスロットで慣性を調整する。加えて、テンプを両側から支持する構造によって耐衝撃性と安定性を高めた。約55時間のパワーリザーブと秒針停止機能も備える。

 自動巻き機構にも手が入った。セラミックス製ボールを使ったベアリングにショックアブソーバーを組み込み、騒音や衝撃を抑えながら、片方向巻き上げによって効率と耐久性を高めている。

 しかし、工房取材から見えてきたGP4800の面白さは、スペックシートには表れにくい部分にある。

 R&Dではリュウズの巻き真がポジション「0→1」「1→2」と移動するときに必要な操作力にあえて差を設け、誤ってポジション0からポジション2へ飛ばないよう指先の感覚まで最適化した。加えて、時刻・カレンダー調整の切り替え時に分針が不用意に動かないことまで検討・改善されている。そして完成した新型ムーブメントCal.GP4800には、ラボラトリーで合計80項目にも及ぶテストが課せられたという。

Cal.GP4800

Cal.GP4800

2025年に自社開発されたCal.GP4800は、ジラール・ペルゴの基幹ムーブメントとして要求される要件を満たすのはもちろん、日常使いのムーブメントとして、リュウズ回りの構造も最適化された。(上)リュウズの3つのポジション、すなわちリュウズを引かない主ゼンマイ巻き上げ位置(ポジション0)から、日付と時刻を調整する1段引き(ポジション1)と2段引き(ポジション2)へリュウズを引き出す際、ポジション0からポジション1を飛ばして、いきなりポジション2へ飛ばないように、各ポジション移動時の力に差を付け、リュウズ(巻き真)の3つポジション移動を最適化した。(下)加えて、リュウズの引き出し位置によるカレンダー調整から時刻調整への切り替えの際、歯車と歯車の歯がぶつかることで生じる分針飛びを抑えるために、カンヌキ(下図中央のグリーンの三角形の部品)、日付を調整する歯車(下図中央上のブラウンの歯車)、そして時刻調整の歯車(下図左のグレーの歯車)の位置と形状を最適化した。

 つまりGP4800の進化とは、シリコンやフリースプラングといった分かりやすい新技術だけではない。ユーザーがリュウズに触れた瞬間から、数十年に及ぶ耐久性までをひとつのシステムとして設計することにある。

 そして外観には、1867年以来の歴史が明確に刻み込まれた。テンプ受け、輪列受け、香箱受けを3本のブリッジとして構成し、スリー・ブリッジのシンメトリーを現代的に再解釈。18Kゴールド製ローターの下にこの構造を見せることで、機能部品を意匠へ昇華するコンスタン・ジラールの思想を受け継いだ。さらに、ブリッジや地板、ローターには10種類以上の仕上げを与え、表から見えない地板裏にもペルラージュ装飾を施す。既報のwebChronosにおいても、GP4800を「実用性と審美性を兼ね備えた」新世代の基幹キャリバーとして評価している。


歴史を「現在形」にするマニュファクチュール

 GPヴィラからオート・オロロジー工房、そしてR&Dまでを巡って気付くのは、これらが決して独立した部署ではないということだ。

 ミュージアムに残る1867年のスリー・ブリッジは、オート・オロロジー工房で今なお職人の手によって組み立て、装飾され、その思想は最新の量産基幹ムーブメントGP4800にまで姿を変えて受け継がれる。一方、コンスタント エスケープメントで培ったシリコンへの知見や精度への執念は、GP4800では実用的なシリコン製脱進機へと落とし込まれた。

ルイジ・マカルーソのサイン

ジラール・ペルゴの本社工房の壁には、ジラール・ペルゴ中興の祖である、故ルイジ・マカルーソ(愛称ジーノ・マカルーソ/1948-2010)のサイン「Gino Macaluso」とともに、彼の生き方を表現した言葉「for whom time was the currency of perfection」(時間は完璧さを手に入れるための通貨だった)が飾られる。これは、モータースポーツから高級時計の世界へ飛び込み、当時、クォーツショックの影響で衰退しかけていたスイス時計産業において、自社で一貫生産する「マニュファクチュール」の意義深さにいち早く気付き、1992年にジラール・ペルゴCEOに就任後、実際に「スリー・ゴールド・ブリッジ トゥールビヨン」をよみがえらせるなど、マニュファクチュールという概念を現実化することでスイス高級時計復活の先駆けとなった彼の生き方そのものが、「時間を通貨として、完璧さを追求した」と言われる様を的確に表現したものだ。

 歴史を保存する。手仕事によって継承する。R&Dによって進化させる。そして、その成果を次世代の量産ムーブメントへ還元する。

 この循環こそ、ラ・ショー・ド・フォンの本社工房で見たジラール・ペルゴ最大の強みではないだろうか。

 1791年から続く同社にとって、マニュファクチュールとは単に「自社で作る」ことを意味しない。1867年のスリー・ブリッジが機構をデザインへ変えたように、そして2025年のGP4800がその思想を現代の精度、信頼性、耐久性へと翻訳したように、過去から受け継いだ時計製造の知識を、その時代に必要な技術へと作り替え続ける能力そのものなのである。そこにこそ、230年以上を経てもなおジラール・ペルゴがオート・オロロジーの第一線に立ち続ける理由があるのだ。

ジラール・ペルゴ「ロレアート フィフティ」

ジラール・ペルゴ「ロレアート フィフティ」
2025年発表。18KYG×SSケース(直径39.00mm、厚さ9.80mm)。15気圧防水。世界限定200本。400万4000円(税込み)。



Contact info:ソーウインド ジャパン Tel.03-5211-1791


ジラール・ペルゴの新作コンプリケーション「ミニッツリピーター フライング ブリッジ」。チタン製パーツがもたらす音色

FEATURES

ジラール・ペルゴの「ロレアート」38mmモデル、実は“ラグスポ ”の最適解なのでは?

FEATURES

ジラール・ペルゴ「ロレアート スリー・ゴールド ブリッジ」の真の見どころとは?

FEATURES