IWC “JUBILEE” REVIEW

FEATURE本誌記事
2018.04.06

IWCの集大成とも言うべき頑強で高精度な新型自動巻き

 2000年代ほどではないが、アッパーミドルレンジに位置する各社は、次世代の自社製ムーブメント開発に注力している。グランドセイコー、オメガ、ロレックスにゼニス。そこにIWCも、既存のキャリバー80000系に置き換える新型機として、キャリバー82000系を投入した。

 05年に発表されたキャリバー80000系は極めて高い基礎体力を持っていた。自動巻き機構は摩耗しにくく、巻き上げ効率が高いペラトン式、緩急針は微調整可能でショックにも強いトリオビスタイプが採用されたほか、重いローターに伝わるショックを遮るため、ローター受けには重厚なサスペンションを備えていた。加えてこのムーブメントの輪列と日の裏側の設計は、熟成されたETA7750、つまりIWCの79000系から転用され、かなりの信頼性が期待できた。そのことは、初搭載モデルに頑強さを謳った「インヂュニア」が選ばれたことからも理解できよう。

 しかし、このムーブメントにはいささか弱点もあった。約46時間という駆動時間は、発表当初は問題なかったが、各社がパワーリザーブを延ばすにつれて見劣りするようになった。また輪列や日の裏側の設計をETA7750から転用した結果、その寸法は7750とほぼ同じになった。直径30㎜、厚さ8㎜というサイズは、新しい自動巻きに比類ない頑強さをもたらしたが、これほど巨大なムーブメントを搭載できるコレクションは、決して多くなかった。後にIWCのインヂュニアが、厚みを増す耐磁ケースを省くようになった一因だ。80110はいかにもIWCらしい堅牢な自動巻きだったが、汎用性は期待できなかったのである。

 その反省から生まれた新しい自動巻きが、2017年にお披露目なった82110だった。直径は80110と同じく30㎜。しかし厚さは5・95㎜と、(IWCとしては)薄く仕立てられた。またパワーリザーブは約60時間に延ばされたほか、緩急装置はショックに強く、等時性の高いフリースプラングに改められた。

 このムーブメントに先立って、IWCはさまざまな自社製ムーブメントをリリースした。ムーブメントの信頼性を重視する同社が、これらの設計(とりわけ輪列の設計)を転用しようと考えたのは当然だろう。新しい82000系も、輪列などは89000系から、自動巻き機構は52000系から流用している。枯れた設計を使うことで、ムーブメントに信頼性を与える手法は、80110で初めて採用されたが、それを今回は自社製ムーブメントで行ったわけだ。


Cal.82200

Cal.82200
満を持して発表されたIWCの次世代ムーブメント。耐摩耗性を高めたペラトン自動巻きや、フリースプラングテンプ、そしてヒゲゼンマイの変形防止ガードなどを採用する。自動巻き(直径30mm、厚さ6.6mm)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。

 今年発表されたキャリバー82200は、スペックだけを見れば82110をスモールセコンド化したムーブメントである(スモールセコンド化に伴い、厚さは6.6㎜に増えた)。しかし仔細に見ると、発表時の82110とは細部が異なる。例えばペラトン自動巻き。設計や寸法は1950年発表のキャリバー85にほぼ同じだが、キャリバー82110では巻き上げるための〝爪〞とローターを支えるベアリングが硬いセラミックス製となり、最新の82200では、爪が噛み合う中間車もセラミックス製に変更されている。簡潔な設計を持つペラトン自動巻きは、自動巻きと手巻きの連結をカットするデクラッチを持たない。手巻きの際は爪が歯車を逃げて、自動巻きとの連結をカットするが、これはしばしば中間車と爪を摩耗させた。対して82200は、爪だけでなく、中間車も硬い素材に置き換えることで、理論上はほぼ摩耗しない巻き上げ機構を完成させたのだ。

 また香箱と巻き上げ車を結ぶ中間車の素材も、おそらくは鋼から、硬くて粘り気のあるベリリウム合金に改められた。IWCは、82110の弱点をつぶし、完成形として本作を発表したわけだ。

 またこのムーブメントは80110の美点である非凡な耐衝撃性も受け継いだ。好例がテンプから伸びた2本のアームだ。先端は、ヒゲゼンマイを囲む壁のように90度曲げられている。時計が強い衝撃を受けるとヒゲゼンマイは変形し、しばしば故障の原因となるが、82000系では壁が変形防止ガードの役目を果たす。12年の89000系で採用したこのガードを、IWCは二重にすることでさらに耐衝撃性を高めたのである。フリースプラング化された緩急装置とあわせて、十分以上の耐衝撃性が期待できるだろう。

 発表時の82200は爪石付きの標準的なアンクルと、一般的な脱進機を持っていた。しかし製品版ではLIGAで成形されたニッケル-リン製の脱進機に置き換わるとのこと。IWCは詳細を明かさないが、この新しい脱進機は、理論上高い耐磁性を備えるうえ、製造上のばらつきもないため、優れた精度をもたらすはずだ。またニッケル-リンは既存の脱進機に使われるダルニコ材より硬いため、耐久性も期待できるだろう。正直に言うと、このニッケル-リン製脱進機が、キャリバー82200最大の見所かもしれない。

 一見地味だが、IWCの底力を感じさせるキャリバー82000系。傑作パルウェーバーの陰に隠れて目立たないが、これこそIWCにしか作りえないムーブメントであり、創業150周年を飾るにふさわしい名機なのである。

Cal.82200の自動巻き機構。驚くべきことに基本設計は60年以上不変。しかし、巻き上げ車と爪がセラミックス製に置き換えられている。理論上は数十年の耐久性を持つだろう。また、今までは別体だったローター真が、ローターを支えるプレートと一体化された。結果、製造コストが下がっただけでなく、ローター真の精度も向上した。なお、Cal.52000系には、別体のセラミックス製ローター真の取り付けが難しいという問題があった。一体型のローター真はその優れた解決策である。


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後編:https://www.webchronos.net/features/22093/